第58話 痴情のもつれじゃありません。

 魔人ダウトがミラさんに入れ替わるだけの時間は――充分にありました。なぜなら私達はダウトを見失ったあと、すぐに店へ向かったわけではないからです。

 

 ダウトの潜伏していた家へ戻り、おばあさんを起こして事情を説明し、散らかった部屋の片付けを手伝って、本物のお孫さんの救出を誓ってから戻ってきたのです。移動の時間も含めると、二時間近くかかっています。

 

 鈍器なんて珍しい武器を使う私がどこの誰かなんて、そこらを歩いている冒険者に聞けば一発。共同経営しているお店にたどり着くのだって、そう難しいことじゃありません。

 

 自分を見つけ出す術を持つ冒険者を排除したい――魔人ダウトのような人を欺くスキルに特化した者であれば、当然の望みでしょう。そのためになら、どんな労力も惜しまないはずです。


 いつものミラさんの無表情が、今はやたらと怖く感じます。背後で震えるガレちゃん。ハンマーに手をかける私。


 本物のミラさんがダウトによってカードにされたのだとしたら、その記憶までもが全て共有されてしまっていることになります。彼女自身しか知り得ないような質問をしても、全くの無意味。

 

 本物か偽者か、確認する術は、鈍器で叩いてみる他ありません。


 けれども、どうしても躊躇してしまいます。なぜなら、目の前にいるミラさんが、やはり本物にしか見えないからです。


 そんななか、ミラさんがすっと右手を上げ、私の後ろに隠れているガレちゃんを指差しました。


「――ハンナ。その子、誰?」

「だ、誰って、ガレちゃんですよ? まさか忘れたんですか?」


 そんなはずありません。だって朝まで一緒にいたんですよ?


 魔人ダウトだから知らない? それもなんか変です。ガレちゃんの記憶だけ抜けてしまってるなんて。


 ど、どういうことでしょう。完全に混乱した私に、ミラさんは続けます。


「ガレちゃんじゃない。それ、別人」

「……え?」

「多分、ハンナが言ってた魔人ダウト」

「えええええ!」


 思わず飛び退く私。図らずもガレちゃんとミラさんのあいだに立つ格好になってしまいます。


 ガレちゃんが、魔人ダウト?

 

 いつの間に……って、入れ替わったとしたら、角を曲がって見えなくなった時ですよね! それ以外はずっと一緒にいた訳ですし!


「ガレちゃんが別人? なに言ってるんスか、この偽ミラさん!」


 犬っぽく、歯をむき出して威嚇するガレちゃん。


「ご主人様、騙されちゃダメっスよ。この偽ミラさんは、ガレちゃんに気づかれたもんだから苦しまぎれに嘘をついてるんス。ここでガレちゃんを叩いたりしたら、相手の思うつぼっス!」


「た、確かに!」


 疑いの目を再びミラさんに向ける私。


「騙されたらダメ。ミラを叩いてる隙に、偽ガレちゃんに攻撃されちゃう」


「あ、ありえます!」


 もう一度、ガレちゃんに視線を移す私。


「もう、ご主人様! 優柔不断っスね! ガレちゃんとミラさん、どっちを信用するんスか!」

「もちろんミラを信用する。付き合いの長さが違う」

「たった数日の差じゃないっスか! ご主人様の愛はガレちゃんのものっス!」

「ハンナはミラの女」

「むきーっ! ご主人様はガレちゃんの女っス! 誰にも譲ったりなんかしないっス!」


 ……おかしいです。


 これ、さっきまでどっちが魔人なのかを明らかにするための論戦でしたよね?


 いつのまにか三角関係、痴情のもつれみたいになってるんですけど……。


 そ、それはともかく、口にすることが全部ふたりっぽい! どちらも全然偽者くささがありません!


 さすがは特A冒険者すら騙すダウトの演技力。

 

 一体、レイニーはどうやって見破ったんでしょう。改めて尊敬の念を禁じ得ません。


「あ、そういえばどうしてミラさんは、ガレちゃんが別人だと思ったんですか?」


 ふとそんな疑問が湧きました。ガレちゃんが偽者をにおいで判別できるのはいいとして、ミラさんは特に五感が優れているとか、第六感がすごいなんてこともなかったはず。


 魔力感知でも発見できない擬態っぷりを誇る魔人ダウトを相手に、なぜ別人と思えたのか。


 ここで微妙な回答しか返ってこないようなら、疑うべきはやはりミラさんということになるでしょう。


「そんなの簡単。本物のガレちゃんなら、ミラを見たときに尻尾をパタパタしたりしない」


 自信満々といった様子でミラさんが言います。


「あー……」


 確かにガレちゃんが尻尾をパタつかせるのは、機嫌がいいときです。私と話している時は常に動いてますが、ミラさんに話しかけられたときはピクリともしてないかも……。


 しかし、それが本当ならすごくかわいそうな気づき方です……。


「そんなことっスか。ふん、ガレちゃんは驚いたり、怖かったりするときにも尻尾が立つんスよ! だからそんなの言いがかりっス!」


 ガレちゃんの言い分もそれらしいです。もし私が尻尾を持ってたら、確かにビックリしたときにも動いてしまいそうです。


「うーむ……」


 どちらの主張も納得性があります。ちなみにガレちゃんの尻尾ですが、今はピクリともしてません。ミラさんの言う「パタパタしていた」瞬間をちゃんと見れていたらわかることもあったのかもしれあませんが、私はガレちゃんの前に立ってましたしね……。

 

「――それに、においが違う」


 悩んでいる私に、ミラさんがぽつりと言いました。

 

「え、におい?」

「そう、におい」


 いきなりガレちゃんが言いそうなことを主張しはじめるミラさん。

 わけがわからず、私はさらに混乱しました。


「あはは! ついにボロを出したっスね!」


 鬼の首をとったようにガレちゃんが笑います。


「ミラさんには偽者を暴けるような嗅覚はないっスよ。鼻がいいのは、あくまでガレちゃんだけなんスから!」

「……」


 ミラさんは黙りこみ、もはや語るべきことはない、といった様子でじっと私を見つめてきます。


 ……ああ、そういうことだったんですね。


「ふふん、嘘をつくにしても、もうちょっと信じられるものにすべきだと思うっス。さあ、ご主人様、魔人を倒して、はやく本物のミラさんを助け出すっス!」


 高らかに勝利宣言するガレちゃんに対し、私は頷きを返しました。


「そうですね。いつまでも魔人に本物ヅラされているのは気に食わないですし」


「思いっきり、ドンッと思い知らせてやるのがいいっス!」


 鼻息を荒らげるガレちゃん。


 完全に確信しました。どちらが本物で、どちらが偽者なのか。


 全く、自分の鈍感さにはほとほと呆れます。あとで本物のふたりから、ちゃんと叱ってもらわないといけません。


 そのためには、まずは魔人をこらしめないと、ね。もう徹底的に、ぐうの音も出ないほどに。


「全てわかりました。――あなたが偽者、魔人ダウトです!」


 ズッォォォーンッ!


 私は『偽者』の頭めがけ、ありったけのパワーを込めてハンマーを振り下ろしました!

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