第59話 家族の絆で勝利します。

 私が鈍器を叩きつけたのはミラさん――ではなく、ガレちゃんです。


 大ハンマーの一撃を食らい、ガレちゃんの頭部からはドロリと血が流れ出します。


「う、嘘っスよね、ご主人様……。ガ、ガレちゃんを叩くなんて……」


 よろめきながら言いますが、同情したり心配したりする気は全く起きません。


 なぜなら私はもう確信していたからです。こっちが偽者だって。


「いつまでガレちゃんを演じてるつもりですか……。気持ち悪いのでさっさと正体を現してください!」


「うう、ガレちゃんが本物なのに――と、これ以上やっても無理そうですねえ……」


 唐突に口調が変わり、ガレちゃんの身体がぐにゃり、とスライムのようにうねります。


 正体を現したのは、白い仮面で顔の上半分を覆った魔人。


 中肉中背の身体には黒いマントを羽織り、露出した唇だけでは、男なのか、女なのかもわかりません。


 全く特徴のない外見。それこそがあらゆる者に変われる魔人に相応しい姿なのでしょう。


「私の本気の変身を見破るとは、褒めて差し上げますよ。この手で同士討ちをさせるのが私の趣味なんですがねえ……」


「魔人ダウト。いい加減、観念する気になりました?」

「観念? あなた、まだご自分の立場がわかっていないようですね。正体が見破られても、まだこっちには人質がいるんですよ!」


 ダウトは懐から一枚のカードを取り出します。その真っ平らな表面に描かれているのは――

 

「ガレちゃん!」

 

 描かれている――と言っても決して、絵ではありません。まるでカードが異次元と繋がる窓であるかのように、こちらへなんとか抜け出してこようと頑張っているガレちゃん。


 でも、叩いても、ぶつかってみても、透明な壁でもあるかのように弾き返されてしまいます。


「おっと、近寄らないでくださいね」


 ダウトは右手にカードを持ったまま、左手で魔法の炎を生み出しました。肌に感じる熱から、カードをあっという間に灰にするだけの火力を感じます。


「ふふふ。このカードを燃やされたくなかったら、手にしている鈍器を捨てるのです!」

「卑怯ですよ! 今に始まったことじゃないですけど!」

「なんとでも言ってください! 卑怯こそが私の主義ですので!」


 笑うダウトの横で、カードの中からガレちゃんが叫びます。

 

『ご主人様! 鈍器を捨てたらダメっス! 鈍器のないご主人様なんて、なんの役にも立たないんスから!』


「どちらかと言うとハンナは、鈍器のほうが本体。鈍器がないと動けなくなる……」


 追随するミラさん。

 

 あのお……、ふたりとも心配して言ってくれているのはわかるんですが、いくら私が鈍感でも傷つきますよ?


 こんなとき、セシルのようなスピードが売りの冒険者なら、相手よりも素早く動いて攻撃するなり、カードを取り返すなりできるんでしょうけど――私ののろさでは勝算が高くないです。とても無理する気にはなれません。

 

「鈍器を手放したら、あなたはどうするつもりなんですか?」

「安心してください。命までは取りませんよ。ただ、みなさんしばらくカードにはなってもらいますけどね」


 みなさん、ということは、私だけでなくミラさんも含まれていますね。まあ、ダウトにとってはむしろミラさんのほうが脅威ですよね。なんせ、自分の正体を見破ったんですから。


「私はあなた――ハンナ・ファルセットに成り代わり、難度Aのクエストに参加します。そして頃合いを見て【七本槍】のスラッド、それに護衛対象のを殺すとしましょう」

「王女、ですって?」

「ああ、あなたは知らないんでしたよね。スラッドの受けた難度Aのクエストとは、このグラン王国の王女、マリアン・グランフレートの護衛なんですよ」


 ……は?


 なんですか、それ! 


 王女マリアン・グランフレートといえば【聖なる双星】のひとり、しかも第一王位継承権者ですよ?


 ――詳しくは話せねーが、難度Aのクエストは『ある人』を『ある場所』へ送り届けるって内容だ。


 どうやら、スラッドさんの言っていた『ある人』というのは、マリアン王女のことみたいです。難度Aに指定されるのも納得ですよ。そんなの、失敗したら国が揺らぎますし、責任をとらされても文句言えないやつじゃないですか!

 

 わざわざ【魔の大地】から特Aランクが帰ってくるくらいです。きっとすごいクエストなんだろうとは思っていましたが、予想を超えてきましたね……。


「さあ、武器を捨てなさい! ここで親しい人を殺されるよりはマシでしょう?」


 そりゃあ、ガレちゃんを見捨てるなんて選択肢は、最初からありません。


 ですが、くっ、王女の殺害にみすみす加担するわけにもいかないじゃないですか!


 躊躇っていると、ハンマーに宿っている鈍器の神様達がささやくのが聞こえました。


『あえて鈍器を捨てるっちゅうんは、悪くない手やな』

『せやで。相手は必ず油断するさかい』


 ……なるほど。神様達が言わんとしていること、なんとなくわかりましたよ。


 ほんと、こういうときは神頼みが一番ですね。


「わかりました。捨てればいいんでしょう? 捨てれば」

「ええ、ようやくわかってくれましたか。往生際のいい子は嫌いではありませんよ?」

「それはどうもです」


 構えをとき、大ハンマーをぱっと手から離します。それを見たダウトが、ほっと息を吐くのがわかりました。


 ――が、捨てた大ハンマーが落下し、ヘッドが地面に触れる瞬間、私は口を開きます。


「――鈍器スキル【床板返し】」


 ゴゥッ! 細い床板が円を描くように立ち上がり、カードを持っていたダウトの手を打ちます。

 

「うおっ!」


 ダメージ自体は大したことありません。でも完全に油断していた魔人は、を手から零してしまいます。私は前へ踏み込んで、それをしっかりとキャッチしました。

 

『ご主人様!』


 カードの中にいるガレちゃんの表情が、ぱああと輝きます。

 

 ふう、初めての試みでしたけど、なんとかなりましたね。

 

 手に持っていようが、手から離そうが『鈍器が地面を叩く』という点は同じ。ならば鈍器スキルも使えるのでは、と思ったのですが、いやはや、挑戦って大事です。


「これ、カードから解放するにはどうしたらいいんですか? あなたをぶっ叩いて倒したら戻ります?」


「ふ、ふふ……。こうなったら逃げるが勝ちですね!」


 再び、恥も外聞もなく駆け出すダウト。まあ、そう来るだろうとは思っていました。

 

 ですが、エッグタルトにやってきたのが間違いでしたね。大ハンマーを拾うと、私は鈍、と床を叩きます。


「――鈍器スキル【鎖の檻】」

「ぐ、ぐわあああああ!?」


 飛び出したダウトの前に立ちふさがったのは、地面から隆起した鎖の檻。


 かつて、スレーン川でヒュドラを拘束するのに使用した【鎖の水槽】の陸バージョンです。

 

「な、なんでこんなものが仕掛けてあるんですか!」

「そんなの決まってるじゃないですか。万引き、窃盗対策です。私、足が遅いのだけはどうしようもないので」


 鎖は大人の背よりも高く、ダウトの行く手を完全に阻んでいます。頭上は空いていますが、そこから逃げる暇なんて与えたりはしません。すぐさま距離を詰めると、大ハンマーを振りかぶります。


「ま、待ってください!」


 ひいい、と悲鳴を上げんばかりのダウト。魔人としての威厳はもはや欠片も残っていません。


「すみませんでした! もう二度と、誰かに化けて人を騙すようなことはいたしません! 本当です! 信じてください!」

「――って、言ってますけど、どうですか? ガレちゃん」


 手にしたカードに呼びかけると、その中でガレちゃんが首を大きく横に振ります。


「嘘っス。その魔人から嘘をついているにおいがするっス!」

「だ、そうです。覚悟を決めてください」

「そ、そんなぁー!」


 ドンドンドン

 ドンドンドン

 ドンドンドンドンドンドンドン!!

 

 リズミカルに、一発、一発を地面にめり込ます勢いで叩き込みます。

 

「へ、へぎょ……」


 仮面どころか、中身の顔まで変形してしまったダウト。


 ボフッと煙を発しながら消滅すると、残されたのはカード袋と、ダウト自身を作り上げていたと思われる一枚のカードでした。

 

 偽者を生み出していたカードとよく似ていますが、描かれている文様が金色で、一目で違いがわかるようになっています。


 カード袋も拾い上げてみると、まあまあの厚みを感じます。かなりの枚数が期待できそうですね。セシルも多少はカードを増やしているでしょうから、最終的な勝敗はギルドに戻ってみないとわかりませんが……。


「ご主人様ー! 無事でよかったっス!」


 ボンッ、とカードから解放されたガレちゃんは、その勢いのまま私に抱きついてきます。


「でも、ひどいっスよぉー! 全然ガレちゃんが偽者だって気づかないんスもん!」

「ご、ごめんなさい。でも、しょうがないと思いません? ダウトはガレちゃんの記憶まで使ってたんですから」

「それでも、愛があれば見抜けたはずっス!」


 ぷんすかと頬を膨らませるガレちゃん。うーん、そう言われると苦しいです。

 

 しかし、そのときピンと閃きました。これ、ガレちゃんとミラさんの仲を取り持つ、絶好のチャンスなんじゃないですか!?


「愛があれば見抜ける……。それは裏を返せば、ガレちゃんが別人だって見抜いたミラさんには、ガレちゃんへの愛があったってことですよね?」

「そっ、それは……!」


 言葉に窮して、ちらっとミラさんに視線を送るガレちゃん。


「ミラの、ガレちゃんへの愛は本物」


 ピースサインを作るミラさん。相変わらずの無表情に、ガレちゃんはどう言い返したらいいのかわからない様子です。


「で、でも、ミラさんはどうして偽者だってわかったんスか? さっきのやりとりは聞こえてたっスけど、ガレちゃんとにおいが違うとか、全然意味がわからなかったっス! ミラさんは別に鼻がよくないはずなのに、なんでなんスか?」

「あ、そこからですか」


 まあ、同じ記憶を持っているダウトがわからなかったのですから、当然かもしれませんね。それだけ、ガレちゃんにとっては意外な事実ということなんでしょうし。

 

「ミラさん、自分で薬、飲んでたんですよね?」


 訊ねると、ミラさんはこくりと頷きます。


 ガレちゃんの食事だけ入っていた『嗅覚がよくなる薬』。

 それをミラさんは自分で先に飲んでいたのです。


 もちろん、元々鼻のよいガレちゃんレベルの嗅覚にはなりません。


 しかし、昨夜の時点で覚えたガレちゃんのにおいと、偽ガレちゃんのにおいが変わっていることに気づけるくらいには、感度が上がっていたのでしょう。


 昨夜のやりとりが思い出されます。


『そんな得体の知れない薬なんて、まっぴらゴメンっス! お腹がきゅるるんになるかもしれないじゃないっスか!』

『ガレちゃんなら大丈夫』

『どんな根拠っスか! ……あ、さてはガレちゃんが半分魔物だと思って、強い薬を飲ませても平気だと思ってるんスね!』


 根拠は、あったのです。

 

『自分が先に試したから大丈夫』という意味が、あのときのミラさんの発言には込められていたのです。


「家族に飲ませる薬、先に試さないわけない」


 さも当然のことのように語るミラさんに、じーんとせずにはいられません。


「どうです、ガレちゃん。ミラさんがあなたを実験体扱いしているわけじゃないって、これでわかりましたか?」

「そ、そうならそうと最初から言ってほしいっス……」


 自分がいかに心ない言葉をぶつけていたのか気づいたらしく、ガレちゃんの獣耳が反省して垂れ下がります。

 

「ガレちゃん、いい子いい子」


 そんなガレちゃんの頭を、優しくなでるミラさん。


「や、やめてくださいっス! ガレちゃんはあくまで、ご主人様に褒められたいんス。ミラさんに褒められても嫌なだけっス!」


 微笑ましい光景に、私はニヤニヤが止められません。


「そんなこと言ってえ、ガレちゃん本当は嬉しいんじゃないですか?」

「う、嬉しくないっス! 嬉しくなんて、あるわけがないっス!」


 それが嘘なのくらい、鈍感な私でも丸わかりです。


 だってガレちゃん、頭をなでられて尻尾をパタパタさせているんですから。


 でも、同じものを見ているはずのミラさんは、さっと表情を曇らせます。

 どうしたんでしょう、と思っていたら――

 

「ガ、ガレちゃんが尻尾をパタパタさせてる……。これも、偽者?」

「誰が偽者っスか!」


 ミラさんの天然ボケに、顔を赤くしてツッコむガレちゃん。


「だって、本物はミラの前では機嫌よくなったりしない」

「当然っス! ミラさんに頭をなでられて、機嫌よくなんかなるわけないっス!」

「でも、まだ尻尾がパタついてる。つまり、本物が機嫌よくなってるか、偽者かのどっちかしかない」

「そ、それは……。ううううう、なんでガレちゃんに直接言わせようとするんスかー! もー、ミラさんなんて大・大・大嫌いっス!」

「が、がーん。ミラ、やっぱり嫌われてる……」


 うん……、さすがに今までの関係が一気に変わるなんてことはありませんか。


 まあ、それはそれでいいんじゃないですかね。ケンカするほど仲がいいとも言いますし、ね?

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