第76話 社交界デビューは遠いです。
「そ、そんな……」
私の【月を見る会】への参加は、セシルにとって相当ショッキングだったようです。
「ありえない。だって鈍器だぞ鈍器……。品性の欠片もない下劣な鈍器!」
「ひどい言われようですね……」
鈍器に親でも殺されたんですか? いえ、これからあなたの親が鈍器でタコ殴りにされる可能性は大いにあるんですけどね?
「ルドレー橋の一件が評価されたのか? それとも、このあいだボクから奪っていった、難度Aのクエスト?」
「人聞き悪いですよ。別に奪ってなんかないでしょ。むしろセシルがしゃしゃり出てきたせいで、やらなくてもいい勝負をする羽目になったんじゃなかったでしたっけ?」
「あはは。それは言えてるカモー」
同意したローゼリアを、セシルがキッと睨みつけます。
「セシルー、怒っちゃヤダヤダ。アタシは味方だって、いつも言ってるじゃん?」
「それならいいんだけどさ……」
「もー、ヤキモチやいちゃって、セシルかわゆいー☆」
セシルにしなだれかかるローゼリア。
ううん。ギルドで再会したときには、ローゼリアがセシルを追っかけているものだとばかり思ってたんですけど、最近はもしかして逆なのかな、という気がしてきました。
セシルって、ローゼリアが私の味方をするとすごく不機嫌になるんですよね。
うわ。ローゼリアが私の味方、とか、ちょっとぞわっとする響きですね。口に出すのはやめときましょう……。
「ふん。それで? ひとりじゃ心許ないから店番を一緒に連れてきたわけか。ミラ、とか言ったっけ? ……まあ、そこのちんちくりんと違って、キミはそれなりにドレスが似合いそうだね」
「そうでしょうとも! ミラさんは月下美人のように綺麗ですからね! ……ん、途中で私へのディスりが入ってませんでした?」
「安心しなよ。気のせいじゃないから」
「でしょうね!」
いちいちムカつきますが、ミラさんのことを褒められるのは悪い気しません。今回はそこまで目くじらを立てないであげましょう。
と思ってたら、ミラさんがすすいと前に歩み出ました。おお、こないだまで人見知りだったのに、積極的です。
「なんだい? キミもボクに文句でもあるのかな?」
「あなた、ハンナのこと好きなの?」
真剣な眼差しでセシルを見つめるミラさん。
なに言ってるんでしょう……。
セシルもきょとんとしてますが、毎日顔を合わせている私でも、今のは解読不能です。
「見ての通り、犬猿の仲なんだが……」
「でも、ハンナの作った剣を持ってる」
「ぐっ!」
「あと、鎧も。ツンデレ?」
ああ、なるほど。ミラさんに言ってませんでしたっけ。勝負に勝ったとき、セシルに突きつけた要求のことを。
「こ、これはハンナとの賭けに負けて使わされているだけだ! 断じてボクの意思じゃない!」
メイドイン私の傑作に対して、なんて言いぐさでしょう。
……まあ、律儀に約束を守っているのには感心ですね。今日なんて、私には絶対会わないだろうと思っていただろうに、ちゃんと剣と鎧を装備しているんですから。
「そうなんだ。嫌いなのにありがとう。うちの宣伝になる」
「ぐはっ」
悪気のないミラさんの言葉が、セシルの心を抉ります。
度が過ぎた天然は、たまに恐ろしい凶器と化します。
「お、覚えてろよ、ハンナ。今度、勝負するときは絶対に泣かせてやるからな!」
とか言いながら、セシルの瞳にはこぼれんばかりの涙が浮かんでいました。
意外とミラさんって、セシルにとっての天敵になりうるのでは? 今度から冒険者ギルドに連れて行くことを真剣に検討してもいいかもです。不快な会話を少なくできそう。
立ち去っていくセシルを追いかけながら、ローゼリアがこちらを振り返ります。
「ハンナ、ミラちゃん。次はパーティで会おうね。あはっ、ヤダヤダ。ふたりと踊るの、今からチョー楽しみー☆」
「……ん? 踊る?」
「そーだよー。【月を見る会】では男女のペアじゃなくて、女の子同士でペアを組んで踊ってもいいんだよ☆ アタシは女の子としか踊らないけど!」
「いや、男女だとか、女の子同士だとか、そういうことではなくて、ですね」
さらに詳しく訊ねようとしましたが、ローゼリアは私に背を向け、すたたっとセシルのほうへ走り去ってしまいました。
「………………踊る?」
踊るとは、ダンスという意味ですか?
あれ? ダンスってなんでしたっけ?
イチ、ニー、サン、イチ、ニー、サンって言い続けるだけでいいんでしたっけ?
それなら私でもできますよ? でも、それに合わせて手を動かすとか? 足を動かすとか? さらには音楽に合わせるとか? しまいには誰かに合わせるとか?
そんなことが、ドンケツ鈍くさで名の通った私に出来るとでもお思い?
「貴族のパ―ティだから、舞踏会ってことなんじゃない?」
ミラさんまで、変なこと言い出しました。……いいえ、変なのは、私?
「会のタイトル的に、月を見て終わるんじゃないんですか……?」
「月明かりの下でダンスする、とか」
招待状を改めて見てみると――マジです。服装のところに『踊れるよう、極端に華美な飾りは避ける』との注釈がついてますよ。
マリアンちゃん、どうして教えてくれなかったんでしょう……って、彼女にとっては当たり前すぎて、あえて言うべきことだとは思わなかったのかも。
パーティに踊りはつきもの的な? そんな貴族的常識、もはや悪意にしか思えません。脳裏に、高いバルコニーから庶民を見下ろすマリアンちゃんの姿が浮かびます。
『パンがないなら、ダンスを踊ればいいじゃない』
わー、なんて痩せそうな金言でしょう。さすが王女様。健康的でいい……わけがありません!
「私、ダンスなんて踊れませんよ?」
ダンスは経験や練習に加え、靴レベルが関係してきます。靴スキルが加わると、ステップがすごく軽やかになったりするんですよ。私の靴レベルは、もちろんゼロですけどね。
「ミラもあんまり。年に一度の、商店街のお祭りで踊るくらい」
「それでも、踊れるだけいいじゃないですか! 私なんか学園の授業で『陸に打ち上げられた魚』『人に擬態したスライム』『太陽に焼かれる吸血鬼』と評されてたんですよ?」
「それは……見てみたい」
「絶対に嫌です!」
「でも、会に参加するなら、誰かに習わないと。ミラどころか、みんなに見られる」
「う、うう。確かに……」
今からでも欠席を決め込み、ティアレットに帰るわけにはいきませんか? いきませんよね? マリアンちゃん、王女様直々のお誘いですもんね?
とにかく、このままではセシルとローゼリアに馬鹿にされるのは火を見るよりも明らか!
『ヤダヤダ。ハンナって上手くなったのは鈍器だけで、ダンスは全然ダメじゃーん!』
『ふん。やっぱり鈍器使いが舞踏会に出席するなんて、百年早かったみたいだね』
くおおお、想像ができすぎて、幻聴まで聞こえてきましたよ。
こうなったら、五日間でマスターするしかありません。舞踏会の華……にはなれないまでも、お目汚しにならない程度のダンスを!
***
「……それで、なんで俺っちに教えを乞うの?」
「他に頼れる人がいないんです。さすがに王女様に教わるわけにもいきませんし」
私は食べ歩きもそこそこに王宮へ入ると、豪奢な一室を与えられ、国賓並みの扱いでもてなされていたスラッドさんを確保しました。
スラッドさんといえば、セシルの師匠。
あの強情っぱりな子に教えられたくらいですから、指導力、そして根気は一級品のはず。
それに――
「スラッドさんは槍をマスターするために、ありとあらゆる道具レベルを上げてるって話を聞きました。なら、ダンスだって上手ですよね!」
戦闘における身のこなしにも応用できるダンス。スラッドさんが目を着けてないはずがありません。
「まあ、俺っちよりもダンスの上手い男なんざ、見たことないねぇ」
お、まんざらでもなさそうです。これはあとひと押し。
私はミラさんに目配せし、用意しておいた台詞を言ってもらいます。
「ミラ、スラッドさんみたいなイケてるおじさんと踊りた――」
「よかろう!」
うわ、めっちゃ食い気味にオッケー出しましたよこの人。
私が頼んだときとの差、ありすぎません? 計算通りではありますが、ちょっと複雑な気分ですね……。
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