第7章 鈍器結成

第89話 人生初のモテ期です。

 ざわ……ざわ……。


 冒険者ギルドの扉を開けた瞬間、私は異様な空気を察知しました。


「な、なんですかこれ……」


 妙にみんな、目が血走っています。その割に喋り声は内緒話をしているかのように小さく、よく聞き取れません。


 鈍感な私が気づくくらいなのでよほどですよ、この重苦しさは……。


 【月を見る会】の後からエッグタルトに特需が発生していたので、ここへ来るのは実に二週間ぶり。状況がまるで掴めません。


 この近辺になにか強い魔物でも現れて、みんな臨戦態勢になっているとか?


 それとも、すごく好条件な依頼が張り出されでもしたんでしょうか?


 だとしたら、私も参戦したいところなのですが。


「あら、いらっしゃい。ハンナちゃん、このあいだは大活躍だったみたいね」


 カウンターの受付嬢、マーチさんが声をかけてくれたので、これ幸いと訊いてみることにします。


「お久しぶりです。あのう……、なにかあったんですか? なんだかみなさんギラギラしてません?」

「ああ、気にしないで。別にトラブルじゃないから。ていうか、さっきハンナちゃんが入ってくるまでは、いつもと変わりなかったし」

「え、じゃあ私のせいですか?」

「そうそう。ハンナちゃん、今や時の人だしね」


 時の人?

 はて……。王宮での話がギルド内でも広まってるんですかね。


 だとしても、時の人は言い過ぎじゃないでしょうか。私はいち冒険者として当然のことをしたまでですし。


「鈍器姫だ……」


 椅子に腰掛けると、ひそっと近くで話している内容が聞こえてきました。


「デビューから三ヶ月も経たずにランクCになったらしいぜ」

「特例ランクアップだって」

「けっ、そんなランクあてになるかよ」


 ああ。なるほど。どうせまた、セシルあたりが私の悪い噂を流してるんでしょ?

 王女様にとりいることでランクアップを勝ち取ったズルい女だとか、そういう感じで。


 はー、危ない。時の人だとか言われて調子に乗るところでしたよ。


「そうだぞ。ランクなんてあてにならん」

「だって特Aのスラッドに勝ったんだぜ? 実際には特A以上の実力があるってことじゃないか?」

「でも勝ったのは操られているスラッドに、でしょ?」

「にしたってすごいことに変わりはないだろ。魔人を倒したんだからな」

「た、確かに」


 ん? んん? なんだか想像した流れと違うような……。


「じゃ、なに? あの子がティアレット最強……?」

「ああ。その称号は彼女にこそふさわしいだろう」


 あっれー?


 お、おかしいですね。なんか普通に高評価じゃないですか、今日の私。

 いつもなら情報操作が得意な誰かさんのせいで絶対にねじ曲がって伝わってるところでしょ?


「あ、あの!」

「はい?」


 そこでおずおずとそばに近づいてきたのは、歳の近そうな女の子三人組。

 

 面識は……多分なし。学園出身じゃなく、別の街から来た冒険者パーティみたいですね。


 身につけている装備は本格的。鍛冶師の私にはそれらが安物でないことは一目でわかりました。多分ランクはD。早々に実績を積みあげようとしている期待のルーキーといった雰囲気です。


「ハンナさんって、おひとりなんですよね?」


 どうやらリーダーらしい魔術師装束の女の子が、顔を赤らめて言います。


 な、なんですか。愛の告白でもあるまいし……。


 魔術師の女の子はぎゅっと拳を握りしめると、意を決したように次の言葉をつむぎます。


「もし、もしよかったら私達とパーティを組んでもらえませんか?」

「へ? パーティ?」


 それは青天の霹靂でした。とろい、ダサい、カッコ悪い。三拍子揃った鈍器使いの私が、お誘いを受けている?

 こんなキラキラした女子パーティに?


「ちょっ、新参が抜け駆けするなよ!」

「それが許されるなら俺達だってパーティ組みたいわ!」


 カッと歯をむきだして怒りを露わにする男性陣。いや、あなた達にパーティ誘われたことなんて一度もなかったですけど……ええ?


「ザけんな! こういうのは早い者勝ちだ!」

「そうですよ! ちょっとハンナさんと付き合いがあるからって古参を気取らないでください!」


 女子パーティの剣士と神官が負けじと応戦。にらみ合いに発展したではありませんか。


「ま、まあまあまあ……!」


 突如勃発した争いをなだめながら、私は顔のにやけをとめられませんでした。


 ちょっとちょっと、モテモテじゃないですか……!

 苦節十五年。ついに私にも春が到来したのです。


「私を奪い合って、争うのはやめてくださーい」


 とか言ってみたかった……!

 学園では誰も班に入れてくれなかったのに、ついに、ついに夢が叶いましたよ!


 ……さて、浮かれるのはこのくらいにして。


 実際、困りました。私、あんまりパーティを組む気はないんですよねー。いや、求められるのは嬉しいんですけど、戦闘はひとりで充分こなせますから。


 それにソロのほうが特例ランクアップにも繋がりやすい気がするんですよね。パーティだとどうしても誰が活躍したのかわかりずらいですし、功績も分散してしまいます。


 でもなあ……、今の理由をここでぶっぱなすのって、相当感じ悪いですよね。暗に足手まといはいらないって言ってるようなものです。


「ハンナさん、いえ、ハンナ先生!俺達のパーティに!」

「いいえ、私達のパーティに!」

「あっ、なにハンナ先生の腕を掴んでるんだ!」

「そっちこそ、ハンナさんの手を離してください。セクハラですよセクハラ!」


「お、落ち着いて。痛い痛い。みなさん、話せばわかります。ちゃんと話しましょう。ね。話して。は、離してくださーい!」


 悩んでいるあいだに、気づけば私は見るも無残な有様になっていました。両腕を引っ張られるだけならともかく、私は胴上げ状態で両脚まで掴まれ、四方からバラバラに裂かれようとしていたのです!


 拷問ですか! それともこれは、調子に乗った罰ですか!

 

 もう強めに誰とも組まないって宣言しなきゃ、騒ぎは収まりそうにありません。


 でも、狂戦士と化したみんなが納得してくれますかねぇ……。ヒステリーが加速して手足がもぎ取られたりしないでしょうか……。


 と思っていたら――いきなり頭上にボウッと炎が生じました。


「うわ、あっち!」

「な、なんだなんだ!」


 生物に刷り込まれた本能でしょうか。なにもないところに急に立ち上がった炎を見て、私を引っ張っていた手が離れます。


「ぎゃん!」


 そのせいで尻餅をついてしまいましたが、痛みよりも解放された喜びのほうが勝りました。


「ヤダヤダ、ヤッバーい☆ みんなダメだよぉ。ハンナが困ってるじゃん」


 現れたのはローゼリア。相変わらず軽薄な笑みをまわりに振りまいてます。どうやらさっきの炎は、彼女の魔法によるものみたいですね。

 

「ほ、ほっといてくれ。これは大事な話なんだ!」

「そうですよ、外野は出てこないでください!」


 古参と新参が一斉にローゼリアへ抗議します。が、彼女は全く動じず私を抱き起こすと、頬を近づけ飄々と言うのです。


「外野じゃないよ。だってハンナ、もうアタシとパーティ組んでるから」


 ……は? なにありえないこと口走ってるんですかこの人。そんなこと、天と地がひっくり返ってもありえないんですけど。

 

 でも、意外や意外。その台詞は周囲には効果てきめんでした。


「そ、そうか。ローゼリアはハンナさんと同級生だったか」

「もうパーティ組んでるんじゃ仕方ないですね。残念……」


 さあああ、と人の波が引いていきます。ほほー、最初はとち狂ったのかと思いましたけど、ローゼリアの狙いはこれでしたか。誰も傷つけない、優しい嘘です。


「いや、助かりました。たまにはあなたの嘘も役に立つんですね」


 ほっと胸を撫で下ろしお礼を言うと、ローゼリアはきょとんとした顔で首を傾げます。


「ん? 嘘じゃないよ? アタシ、ハンナとパーティ組むから」


 ……組むから? 聞き間違いでしょうか。すでに決定事項みたいな響きが混じってません?


「あのー、なに言ってるかわからないです」

「嘘から出たまことってヤツ?」

「なにがまことですか。あなたとだけは絶対に組みません」


 腕を突っ張ってローゼリアを引きはがそうとしますが、彼女は諦めることなくグイグイ来ます。


「やーん☆ そんなに冷たくされたらアタシ傷ついちゃう。だから責任とってパーティ組も?」

「あなたが傷つくんだったら私にはメリットしかありません」

「わかった。お試しでいいから。一回組んでみて、相性が悪かったら捨てたらいいじゃん。ヤり逃げおっけー、ね?」

「ちょっと! 人聞きが悪い言い方しないでください!」

「やれやれ。こんな都合のいい女、他にいないんだからね?」

「なんで私のワガママに折れたみたいな格好になってるんですか! 絶対組みません!」


 ぶうう、と口を尖らせるローゼリア。いや、そういう表情したいのは私のほうですから!


「大体、セシルは? あなたのパーティ、どっちかというとセシルが主導権持ってるでしょ? 彼女のいないところで私とパーティ組むなんて、勝手に決めていいんですか?」


「セシル? セシルならさっきからそこにいるよ?」

「え? うわっ!」


 半信半疑でローゼリアの背後を確認したら、本当にいました!


 でも、そのセシルには普段の存在感がまるでなく、威厳も微塵も感じられません。

 それどころか俯き加減でめちゃめちゃ暗い! 目の下は腫れぼったく、凜としたオーラは陰すらなくなっていました。


「ふん……。どうせキミもボクのことを馬鹿にしているんだろ。決まりきったことさ……」


 いじけたようにブツブツと呟くセシル。普段ならこれでもかと大きい声で威圧してくるのに。彼女の口癖も、自信がなくなるとこうも被害妄想っぽく聞こえるんですね。新発見です。


「セシル、どうしたんですか……?」


 本人に直接は訊ねづらく、私は横にいたローゼリアに耳打ちします。


「こないだの一件でソルトラーク家、私財全部没収されちゃったんだよね。使用人も全員いなくなっちゃって、セシル独りぼっちになっちゃったんだあ」


「あ、そうなんですね。ということは学園も?」

「そーそー。ソルトラークの名前は外されて、グラン王立冒険者学園に改名。ま、理事長が邪神側に寝返ってたんじゃ、しょうがないよね。セシルが捕まらなかっただけよしとしなきゃ、だよ」


 あー……、ご愁傷さまとしか言いようがありません。私に関する悪い噂も、これじゃ流せないわけですね。自分の立場が危ういのに、他人を貶めている暇なんかないですから。


「うう……。ぐす……ぐす……」

「ほらぁ、泣かないの。みんないなくなっちゃったけど、アタシはここにいるんだからさ」

「ロ、ローじぇ……。ボク、もうどうしたらいいか……」

「よしよし、いい子いい子。お姉ちゃんに任せておけばいいんだよ。絶対悪いようにはしないから」

「ふにゅうー……」


 ええ……。ローゼリアの胸に顔をうずめて、思いっきり幼児退行しちゃってるんですけど……。これまでの凛々しいセシルは一体どこに……。父親に見捨てられたのがそんなにショックだったんですかね。


「ほら! こんなかわいそうなセシルが、ハンナとパーティを組みたいって言ってるの! まさかとは思うけど、断ったりしないよね?」


 うわぁ、さすがは身勝手の権化! ローゼリア、今度は過保護なモンスターペアレントみたいなこと言い出しましたよ!


「さっきから聞いていれば、全部そっちの都合じゃないですか! 大体、なんで私なんですか?」


 セシルと私、しょっちゅういがみあっていた犬猿の仲ですよ? なにか裏があるとしか思えないんですけど!

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