第72話 姫を救ってこそ冒険者です。

 目を背けたい現実が、そこにはありました。


 何百年ものあいだ、人々を守り続けてきた魔石。


 グラン王家がひたすらに結界を維持してきた歴史。


 そんなエモさの極みとも言える代物が、パッカーンと真っ二つに割れてしまっているのです。


「とりあえず、くっつけてみるか……」


 呆然としつつもスラッドさんが言うので、私、ウォードさんを含む前衛三人で魔石を押し、ぴったりと隙間をなくしてみます。


 しかし、ふたつの魔石は明滅を繰り返し、少しずつ輝きを失っていきます。


 ええ。そりゃそうです。ふたつになったものは、くっつけてもひとつにはなりません。元の大きな魔石には決して戻らないのです。


 現在、結界の維持に使われている魔力量は、元の半分しかありません。


 崩壊は時間の問題でした。


「ああああ、ヤベー! これ、俺っちが責任とらされるやつだよ……!」


 さすがの特Aランク冒険者、スラッドさんも頭を抱えます。


 依頼が達成できなかった、どころの騒ぎではありません。結界の大きさが半分に縮小してしまったとしたら、王都やティアレットは守られても、王国はかなりの領土を失います。


 魔物から逃げるため、人々はかろうじて残された結界内に駆け込むでしょう。多くの農地は放棄され、次にやって来るのは食糧難……。


 ご飯が満足に食べられなくなるかもしれないのです。それだけはなんとしても避けなければ!


 ……すみません。もちろん食べ物よりも人命です。あまりにことが重大すぎて、ちょっと現実逃避しちゃいました。許してください。


「おい、スラッド! どうすんだこれ!」

「こ、このままでは……。神よ、魔石を元に戻したまえー!」

「みんな、一回落ち着こう。そうだ、ひとまず寝よう!」

「そ、そうだな。これは夢かもしれんからな!」


 護衛の御三方、ウォードさん、クレアさん、スニフさんが完全に理性を失っています。人って、冷静さを失うとここまでおかしくなってしまうんですね……。


 私は、彼らに比べれば大分マシな思考力を維持できてます。多分、人よりも鈍感だからでしょう……。こんなところで鈍さが活きるなんて、短所も捨てたものじゃありませんね。


「どいてろ」


 慌てふためいているクレアさん達を押しのけ、王女様が魔石の前へ立ちます。


 そしてふたつの魔石それぞれに手を添えると、長い呪文を口ずさみました。


「――【破邪結界】」


 すると、どうでしょう。王女様の言葉とともに、魔石の光が安定していくではありませんか!


「え……。更新、できたんですか?」

「当然だろ」

「結界の大きさも、元のままで?」

「たりめーだ。なんのためにオレがいると思ってんだ?」


 自信たっぷりに王女様が言います。これは、危機を脱せたと思ってよいのでしょうか。


 でも、魔石はふたつに割れたままなのに、どうやって魔力量を確保したんでしょう?


「王女様、すごいっスー!」


 尻尾をフリフリ、王女様の背中に抱きつくガレちゃん。うむむ、ちょっと嫉妬してしまいます。


 久々の再会なんで大目に見ますけど、私の前であんまりイチャイチャしないでほしいんですよね……!


 ところが、王女様はそんなかわいいガレちゃんを全然見ようともしません。なぜか、ずうっと背中を向けたままなのです。


「王女様? どうしてこっち向いてくれないんスか?」


 ガレちゃんの口にした疑問が、私に気づきを与えてくれました。


「王女様――もしかしてあなたが割れた魔石を繋いでいるんじゃないですか?」

「……バレたか」


 やっぱりそうです。王女様は自らの身体をつなぎにして、ふたつの魔石のなかに貯蔵されている魔力を結びつけ、ひとつにしているのです。それなら結界を大きいまま維持できたのも納得です。


 しかし――


「でもそれじゃ、王女様はずっとここにいなきゃいけないんじゃないっスか!?」


 ガレちゃんの言うとおりです。王女様は今、魔石の一部になっているも同然。おそらく手を離せば、結界は再び崩壊へのカウントダウンを始めるでしょう。


 離していても平気なのは、数分ってとこじゃないでしょうか。


 つまり王女様は後継者が現れるまで、ずっとこの場所に留まり続けなければならないのです。


「別にそれで構わねェ。こんだけ魔力が身体に流れてくりゃ、飲まず食わずでも生きてられそうだしな。それに……、オレが帰らなきゃ、くだらねェ王位争いも終わるだろ」


 それが強がりなのは、火を見るより明らかです。封鎖された地下迷宮の十層目。冒険で訪れるならともかく、暮らすなんてありえません。


「そ、そんな……。王女様、ダメっス! こんな寂しいところに居続けたら、絶対に泣きたい気持ちになっちゃうっスよ!」


「そうかもしれねェな……、でも、国民を守ることこそ、王族のつとめなんだ。いざってときに使命を放棄するワケにゃいかねェだろ?」


 王族とは思えないほど雑な口調なのに……、その志は本当に素晴らしいものでした。


「ハンナ、さんざん疑って悪かったな」


 背を向けたまま、王女様は私に謝ります。


「ガレちゃんの命を救ってくれたこと、感謝してるぜ。どうかこの子を幸せにしてやってくれよ」


 それは、まるで新郎に向かって新婦の父親が言うようなセリフでした。


 任されました、と言いかけましたが、そういう場面ではないですね……。


 頷いてしまったら、王女様をここに置いていくのにも同意してしまうことになるんですから。


「ご主人様ぁ、鈍器スキルでなんとかならないんスか?」


 うるうると瞳を潤ませて、ガレちゃんが私のほうへやってきます。


「この割れた魔石、ご主人様なら叩き直したりできるんじゃないんスか? そうしたら、王女様も残らなくて済むっスよね……?」


「そう……ですね」


 この状況に対応できるスキルは――確かにあります。


 鈍器スキル、ずばり【魔石加工】。


 鈍器で叩くことで魔石の形を整え、より魔力を引き出せるようにするスキルです。


 そして【魔石加工】の上位スキルとして存在する【魔石結合】であれば、同質の魔石を叩き合わせ、ひとつにできます。


 けれど、このスキルはこれまで一度も成功したことがありません。


 そこらの低レベルな魔石だと、私の鈍器に込められた魔力に耐え切れず、粉々に壊れてしまうのです。


 私の鈍器レベルが、一気に上がりすぎちゃったせいもあるんですよね。加減を覚えるよりも先に、スキルばっかり強化しちゃったから、こんなことに……。


 この巨大魔石は間違いなく最上級の品。あるいは私の力にも耐えられるかも――とも思いますが、竜兵の【フレア・レイ】で破壊されているところを見るに、不安はどうしても残ります。


 もし下手に手を出して、魔石を完全に破壊してしまったら――王女様の覚悟を無駄にし、さらには人々を守る結界を、無に帰すことになるのです。


 いや、いくらなんでもダメでしょ、それは……。


『ええんか?』


 怖気づきそうになったそのとき、ハンマーに宿る熊さんが、私を見上げて言いました。


『まだやれることがあんのに、諦めるんか? 胸のなかの鈍器は、泣いとらんのか?』


 ……むかつく言い方、してくれるじゃないですか。


 王女様ひとりが犠牲になって、国民全員を助ける。


 確かに、とても美しい話かもしれません。


 けれど、そんなの私が望む結末じゃありません。


 バッドエンドも、ビターエンドもクソくらえです。


 冒険譚は、やっぱりハッピーエンドが最高です。


「――鈍器スキル【空気の杭】」


 私は透明の杭を空中に作り出し、階段がわりにして巨大魔石の上へと駆け上がります。


「お、おい、ハンナ! なにをするつもりだ!」


 驚いて私を見上げる王女様に、高らかに宣言してやります。


「なにって、囚われのお姫様を救って、自由にして差し上げるんです」

「バカ、やめろ! そんなこと頼んでねェぞ!」

「ええ。だからこれは自己満足。王女様に止められる筋合いはありません!」


 必要なのは度胸。あるいは、失敗をおそれない鈍感力。


 私はすうーっと息を吸うと、強くハンマーを握りしめます。


「鈍器スキル【魔石結合】!」


 ズ鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍ドドドドドドドドッ!


 ふたつに割れた魔石を、上から交互に叩いていきます。時折混じる、パキペキという嫌な音。


 力加減を間違えれば、その瞬間、魔石は粉微塵です。


 ズ鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍鈍ドドドドドドドドッ!


 けれど、私は手を止めたりはしません。一度やると決めたからには、最後までやり通す。棟梁や師匠から教わった、物作りの基本です。


 たとえ失敗したとしても、後悔しない。そうやって意地を貫き通した者だけが、成功を掴みとることができるのです!


「……【魔石結合】完了です」


 ハンマーを止めた私の下には――割れ目のない、綺麗にひとつになった魔石がありました。


「な、なにが起きたんだ……?」


 継ぎ目すら見当たらない魔石に、驚愕する王女様。おそるおそる両手を離しても、先ほどのような明滅は起こらず、魔石の輝きはそのままです。


「さすがご主人様っス! しゅきしゅき!」


 巨大魔石から飛び降りると、ガレちゃんが私に飛びついてきました。


 もー、さっきは王女様にさすがって言ってたのに、なんだか調子のいい子です。


 まあ……、そういうところがかわいいんですけどね!


「ハンナちんの鈍器スキル、マジですごいね。割れた魔石をひとつに戻しちゃう鍛冶師なんて、聞いたことないよ……!」


 スラッドさんがほっとした様子で声をかけてきます。そばにいるウォードさん達も似たようなもので、安堵と感謝の表情を浮かべていました。

 

「どうっスか、これがご主人様の鈍器パワーっス! ガレちゃんもこの鈍器の力に救われたんスよ! うらやましいでしょう!」

 

 なぜかドヤ顔のガレちゃんです。救われたことは別に自慢にはならないんですが……。


 なんて思っていたら、魔石を触っていなくてもよくなった王女様が近づいてきました。


「余計なお世話」とか「いい気になるなよ」的な憎まれ口を叩かれるかと思ったのですが――彼女はこれまでになく神妙な面持ちです。


「ハンナ……。いいえ、ハンナ様。これまでの数々の非礼をお許しください!」

「え、ええ!?」


 盛大に驚いてしまったのは、あれだけ横柄な態度をとっていた王女様が、まるで主従が逆転したかのように、私の前で跪いたからです。


 しかも、品性の欠片もなかった口調まで、突如として気品の溢れるものに変わっています。一人称も『オレ』から『私』になってますし……。


 そう言えばこの人、弟に王位を譲るために、あえてダメな姫を演じてたんでしたっけ?


 でも、わかっていても急に態度を変えられると、違和感がすごいんですよね。


「私は今の奇跡を目の当たりにして、確信いたしました。あなた様こそ、グラン王国を救う英雄。私が待ち望んでいたおかた……」


 キラキラした瞳。褒められて悪い気はしませんが、同時になんだか嫌な予感がしてきました。


 これはいつもの、無茶ぶられる流れでは……?


「どうか私とともに、王都へいらしてください。そして王国の未来のため、我が弟、エリオンの性根を叩き直してほしいのです!」

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