05 悪魔付き令嬢の不満
学園に入学して1週間が経った。私、クリスティーナ・セレスチアルは、今とても怒っている。
「ねぇ~、クリス。まだ怒ってるの?」
「ちょっとイタズラしただけじゃないか~」
ジェットは猫撫で声を出してそう言い、私はようやく彼に目を向ける。私は怒っているんだぞと態度に出しているが、彼はそれが嬉しくてたまらない様子だった。
「ちょっとイタズラって……っ!」
図書室での出来事は噂にならずに済んだが、彼は他にも数々の珍騒動を起こしていた。
ある時には生物室の人体模型と白骨標本を操り、放課後の薄暗い廊下を全力疾走させ。
またある時には飼育小屋にいるウサギとニワトリを巨大化し、飼育委員対巨大生物という大乱闘をさせ。
極めつけは、学年別になっている寮の枕を全てイエスとノーが書かれた枕に変えるというアホなことまでして見せた。
なお、枕カバーが変わった珍騒動の夜、犯人がすぐ特定できた私とヴィンセントはジェットを正座させた。弁明はあるかと問えば「ボクは毎日イエスだよ」と笑顔で答えたてきたので、悪魔の顔に2人分の枕が飛んできたのは言うまでもない。
そして今日は私の大事な5号を勝手にカスタマイズしたのだ。可愛い癖っ毛がグリグリの縦ロールになり、新しく作った5号の制服は金色のポンチョの代わり、悪趣味なてるてる坊主のようになっていた。
「今度5号にイタズラしたら、もう口を利いてあげないから……あと、ちゃんと5号を直してよね?」
私がそういうと、ジェットは風船のように頬を膨らませた。
「分かったよ~……もう、ボクより5号を可愛がるなんて……原型はボクなのに~」
不満を漏らしながら私の横に座り、悪趣味なてるてる坊主を魔法で直していく。
そんな彼を横目で見た後、私は別の問題を思い出し、静かにため息を漏らした。
それは、学園に入学して1週間経つのに、シヴァルラスのイベントが起きてないのである。
私は中庭で起きるイベントを見る為にこの1週間こっそりとこの場所で待機をしていた。
(おかしい。これは昼休みに必ず発生するイベントのはず……なのになんで来ないの?)
私は作りかけの人形に針を通しながら考えを巡らせる。
このイベントは、プレイヤーが中庭に移動すると必ず発生するのだ。ここ数日、イヴが現れてもシヴァルラスが来なかったり、シヴァルラスが現れてもイヴがいなかったりとゲームとは違う事が起きている。
(うーん、この世界はゲームだけど必ずしもゲームと同じ事が起きるんじゃないのかしら……?)
確かにジェットの登場は予想外だった上に、ヴィンセントの
(あー、前世の私! なんでもっとやり込まなかったのよ~っ!)
このままでは私の長年の夢である最推しとヒロインのイチャイチャ見学ができない。せっかく人が完璧な淑女として自分を磨いたというのに、このままでは努力が水の泡だ。
(これはイヴを観察した方が良さそうね……)
私は糸を切って出来上がった人形を見下ろす。
「よし、完璧っ!」
新作の人形の出来に満足した私がそういうと、ジェットが私の手元を見た。
「もしかして……それヴィンセント?」
「そうよ、可愛いでしょう?」
私が作っていたのはヴィンセント人形だ。私が屋敷から持ってきた人形は5号だけ。5号1人だけでは寂しいと思ってお友達を作ってあげたのだ。
ジェットはヴィンセント人形と5号を見比べて、頬を膨らませる。
「ズルい。ヴィンセントの方が可愛いじゃないか! 5号はこんな凶悪面してるのに!」
「それは日頃の自分の行いを恨んで」
「むぅ~、羨ましいなぁ~」
唇を尖らせてヴィンセント人形の顔を突くジェット。
ジェットはヴィンセントがお気に入りのようで何かとヴィンセントを連れ回しているようだった。時々夕食に出てくるピーマンを食べても減らない呪いをかけたり、居眠りしているヴィンセントの髪を三つ編みにしたりと昔と変わらない悪戯を仕掛けていた。
「そういえば、クリス。次の授業は実技の授業だよ?」
「え、ああ……もうこんな時間か」
魔法の実技訓練の授業は前世でいう体育の授業に近い。よく見ればジェットも制服ではなく、実技訓練用のジャージを着ていた。まだ時間はあるがそろそろ着替えないと間に合わないかもしれない。
「ありがとう、ジェット」
「うん、ボク先に行ってるからね」
こちらに手を振るジェットを尻目に、私は更衣室へ急いでいった。
◇
「これより身体強化の授業を行う」
校庭に集まった私達に教師がこれから行う魔法について説明をする。
身体強化は読んで字の如く、魔力で身体能力を向上させる魔法だ。人によっては向き不向きがある。ちなみに私は得意な方だ。
今日は身体強化を使い、長距離走をする。身体強化は基礎中の基礎だ。貴族出身なら出来ない人はいないだろう。
「それでは、まず女子から始める」
教師の指示で女子生徒達がスタートラインに並ぶ。
小柄な私はあえて最後尾へ移動すると、イヴの後ろ姿が見えた。少しウキウキした気持ちで彼女の斜め後ろで止まる。
(ふふ、イヴったら緊張してる)
「位置について、よーい……」
ピッ!
笛の合図に女子生徒が一斉に走り出した。それは長距離走をするようなペースではない。夜中の首都高を爆走する車のように走って行き、あっという間に先頭列が見えなくなった。そして、スタートラインに残されたのは私──と、他の女子生徒の勢いに負けて地面に倒れているイヴだった。
実はイヴは、強い魔力を持っているのだが、上手く扱えないのである。
(そこはゲームの設定通りね……)
少し安心した私は持っていた5号を肩に乗せ、魔力を全身に巡らせて走り出した。
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