14 セレスチアル家の呪い


(──ははっ、見たか、ブルース!)



 私、クリスティーナ・セレスチアルは淑女の顔を浮かべながらも、内心でほくそ笑んでいた。


 ただの令嬢であればパンケーキを焦がしたり、中身が生焼けだったりしただろう。しかし、この2年で研鑽を積んだ私のパンケーキは喫茶店で出されても何ら問題のない見栄えである。目の前にある完璧なパンケーキを見て驚いていたのは、もちろんブルースだけではない。あのジェットさえも目を丸くして、パンケーキを凝視している。



 社交界デビューの日に1度別れた彼は知らないだろう。私がジェットの為にどれだけ頑張ったのかを。


 2年前、ジェットと涙のお別れ(笑)をした日以来、私は悲しみのあまり、思い出のクッキーはちゃんと作れるようになって歴代のジェット人形たちにお供えしてやろうと、毎日謎の物体Xを精製し続けた。

 しかし、どんなに頑張ってもお菓子作りが上手くいかず、それでも狂ったようにお菓子作りを続ける私に、とうとう父が止めに入ったのだ。



「クリス、実は君に話さなければならないことがある……」



 そう重々しく告げられたのは、ゲームでは語られていないセレスチアル家の秘密。


 セレスチアル家の血を引く人間には2つの呪いがかかっている。呪いと言っても命に係わるようなものではない。俗にいう遺伝というヤツだ。



 1つは面食いの呪い。


 好みの顔を見つけると、どこまでも追い求める習性がある。だから、うちの父は母や母似の息子と娘にゾッコンだし、兄は22歳にもなってまだ恋人すらいない。


 そして、もう1つはメシマズの呪いである。


 正確にはメシマズの呪いではなく、作った料理を他人が食べると倒れる呪いである。なんでもセレスチアル家は身体に流れる魔力の巡りが凄まじく良い。そのせいで微量ながら体外に魔力が漏れ出てしまい、魔力が手料理に入ってしまう。そして、謎の科学変化を起こして謎の物体Xを生み出してしまうらしい。

 ちゃんと作れば味も良し。自分が食べる分には問題ないのだが、他人が食べると謎の胸やけ症状に襲われるようだ。



(なら、魔力を制御すれば普通に食べられるものができるのでは?)



 そういう考えに至った私は、この2年でヴィンセントを犠牲にしながら努力を積み重ね、とうとう生み出したのだ。



 ──



 魔力を最小限まで抑えた結果、謎の科学反応は起きずに済んだ。しかし、まだ微量の魔力が入っているらしく食べたら謎の胸やけを起こす。


 ただ、毒というのは少しずつ耐性が付いていくもので、魔力もそれに然りな所もあるらしい。


 最大の被害者、ヴィンセント。そして面白半分で付き合っていたシヴァルラスは私の手料理を食べても平気になった。



「さあ、ブルース様。私のパンケーキ、食べてみてください」



 淑女の顔をしっかりと貼りつけた私は、ナイフでパンケーキを切り分け、フォークを彼に差し出す。

 ブルースの背後ではシヴァルラスが必死に肩を震わせながら笑いを堪えており、ヴィンセントは憐みの目を向けていた。


 私が見栄えだけ完璧なパンケーキを作るとは思ってなかったのかブルースが必死に目を泳がせ、最後にヴィンセントに目で助けを求める。


 しかし、ヴィンセントは盛大に顔を逸らした。



「ブルース、オレは止めたぞ?」

「そ、そうだぞ……ふふっ……毒見役を自ら……ふ、買って出たんだから、役目はふふ、まっとう……してもらわねば、はは……」



 既に笑い声が漏れてしまっているシヴァルラスの背中を擦りながらヴィンセントも「シヴァ兄、オレもつられるから」と口元を隠していた。


 事情を全て知っている幼馴染2人からすれば、この料理対決は茶番でしかない。元々無茶ぶりの喧嘩を吹っ掛けてきたのはブルースなのだ。それなら少しは痛い目を見てもらわねば困る。



「嫌ですわ、ブルース様ったら……あんなに意気揚々と試食してくださるって言っていたのに」

「いや、それは……その……」



 なぜ彼がこんなに食べることを拒むのだろう。まあ、どこかで私がヤバい料理を作ると小耳に挟んだのかもしれない。実際に被害者が約2名ほどいるわけだし。


 私は自分でパンケーキを食べて見せる。


(うん、味もパンケーキの柔らかさも完璧ね)


 こんな完璧な見た目と味なのに、他人(幼馴染2人は除く)が食べられないとは残念だ。

 私は新しく切り分けたパンケーキをフォークに刺した。


「はい、ブルース様。特別に私が食べさせてあげますね」

「ええっ⁉ そ、そんなっ、シヴァルラス様やヴィンセント様に悪いですよ!」

「そう遠慮なさらず」

「ブルース、私に気にせず食べるといい」

「ああ、あまりの美味さに天国が見えるかもしれないな」


 シヴァルラスとヴィンセントの援護射撃もあり、今度こそブルースは逃げられない。


(さあ、あまりの美味しさと謎の胸やけで悲鳴を上げるがいいっ!)


 私がフォークをブルースの口元へ近づけた時だった。後ろから手首を掴まれ、そのまま後ろへ引っ張られた。


「へっ?」


 驚いて振り向くと、私の手首を掴んだジェットが自分の口にパンケーキを入れていた。

 もぐもぐと口を動かすジェットを見た私は、頭からさーっと血の気が引いていく音が聞こえた。一気に周囲の音が遠ざかっていき、ジェットに掴まれている手の感覚すらも分からなかった。

 十分に咀嚼した後、彼はごくんとパンケーキを飲み込む。

 そして、そこにあったのは、2年前に紫色の物体を食べた時と同じ笑顔。



「うん、美味しいね。さすがクリ……ヴェ、ヴァァァー……」



 その言葉と共に胃袋から小さな悲鳴が上がり、それを聞いた私は我に返った。



「あぁああああああ保健室ぅうううううううっ⁉」

「このバカぁああああああっ!」



 私と同時にヴィンセントも悲鳴を上げ、2人でジェットを引き摺るように調理室から飛び出した。


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