13 作戦コード:PvE こんにちは、世界。


 義妹であり、ヒロインであるイヴと悪役令嬢、クリスティーナの料理対決が始まり、オレは他の攻略キャラにバレないように小さくため息をついた。


(ようやく、衝突イベントまできたか……)


 オレ、ブルース・ラピスラズリはいわゆる異世界転生者である。



 新しく生を受けたラピスラズリ家は下積みを重ね、祖父の代で大出世を遂げて侯爵家まで上り詰めた貴族だ。父親は優秀な人だが、根性が薄汚く、オレの実母がなくなった後は他の女にフラフラしている。まあ、そんな我が家の恥は置いておく。


 昔からオレは言葉で表現できないような既視感を抱いてして、ずっとそれが何なのか分からないままだった。


 しかし、その既視感の正体が分かったのは8歳で参加した第3王子のお茶会だった。


 お茶会に現れた金髪に赤い目の人形を抱えている少女に、たまたま目が留まった。オレはなぜか、彼女が持つその人形から目が離せず、脳裏で見たことがないはずの光景が見えた気がした。


『やあ、クリスティーナ! 初めまして!』


 頭の中で誰かの声が聞こえた時、数々の映像が走馬灯のように脳裏で再生されたのだ。


 その時、オレは前世の記憶を思い出した。前世では双子の姉とゲームや漫画にどっぷりハマっていた男子高校生だったが、不慮な事故で17歳という若さで生を終えた。


 目の前で第三王子シヴァルラスとクリスティーナが対面する光景は、前世の姉と死ぬその日までやっていた乙女ゲーム『センチメンタル・マジック』の1枚絵スチルと合致したのだ。


 特にクリスティーナ・セレスチアルは、隠しキャラであり、前世のオレを散々苦しめた男、ジェット・アンバー出現の引き金トリガーとなる人物である。


 全てを思い出したオレはもう発狂寸前だった。きっとクリスティーナもシヴァルラスも他人の空似だ。そうオレは思い込もうとした。


「おい、お前」


 そう背後からいかにも生意気そうなチビに話しかけられ、それがヴィンセントだと分かったオレは全力で屋敷へ逃げ帰った。もちろん、オレは父親にしこたま怒られた。


 なんで殿下と友達にならなかったと。


(そんな命知らずなことできませんて……)


 ジェット・アンバーが出現しないにしても、8年後に学園で起こる事件と我が家の真っ黒な裏事情を知るオレは、正直ラピスラズリ家から逃げ出したい気持ちしかなかった。


 ゲーム本編が始まるまでに屋敷を出て行くための手段や魔法の技術、手助けしてもらえる人脈を集めなければならない。しかし、ラピスラズリ家はゲームのヒロインを養女として迎えることになる。つまり、ゲーム本編の参加は不可避。いや、それでもオレ1人なら何とかなっただろう。


 あらかた準備が整った13歳の時、さらにオレを追い詰める出来事が起こったのだった。


 目の前の現実に意識を戻し、生地を混ぜているイヴと目が合う。

 オレが手を振るとイヴは恥じらうような笑みを浮かべて手を振り返した。



 ヒロイン補正がばっちり掛かった強い魔力と人の心を癒す特別な力を持ち、男達の庇護欲ひごよくを掻き立てるドジな一面と家庭的な趣味を持つ典型的なヒロイン。



(可愛いだろう……でもあれ、前世のオレの姉なんだぜ……)



 双子というのはなぜか直感的に互いの位置を感知することがある。別々に下校した時、何となくここにいると感じがして、通りかかった店に入ると本当にいたりする。


 初めて養女として連れて来られた彼女を見て、その直感が働いた。偶然にも彼女はこの世界に転生し、何の廻り合わせか再会してしまったのである。


 幸か不幸か、彼女は前世の記憶がない。オレが前世の話を持ち出させば、初めは彼女も不審者のような目を向けてきた。しかし、イヴは前世の姉の癖や味の好みまで完全に一致しており、それをオレに指摘されてオレの話を半信半疑に聞いてくれるようになった。


(ブルースの未来エンディングは、真っ黒なラピスラズリ家を切り捨てイヴと駆け落ちをする。でも、ヒロインに転生した姉には、幸せな未来を掴んでもらいたい)


 シヴァルラスルートはやべぇヤツが2人もいる。ヴィンセントは良い奴だが、オレはあれを義兄(現世では義弟?)とは呼びたくない。それなら、グレイムルートを進めばそれなりに幸せになってくれるのではないか。そう思っていたら。さらなる苦悩がオレを襲った。



 隠し攻略キャラ、ジェット・アンバーの参戦である。



(お前ぇえええっ! 前世でオレを散々苦しめたくせに、現世でもオレを苦しめるのか!)


 ゲーム本編が開始し、悪魔の妨害やクリスティーナの謎の暴走には手を焼いたが、この衝突イベントまで来ればもう一安心だ。イヴがグレイムルートに入っているかどうか知ることができる。


(まあ、各ルートの取り巻き達や攻略キャラが勢ぞろいしたせいで、正直どのルートに入ったか分からなかったがな……)


 それでもこの勝負に勝てば、イヴに対する風当たりも少しは和らぐだろう。それだけでも有難い。

 幸い、あの悪魔がクリスティーナの手料理を食べたいと言い出したおかげで、料理勝負を持ち掛けることもできた。あれだけ煽れば彼女も断れない。


 オレはチラリとジェットに目を向ける。彼は呑気に鼻歌を歌いながら、クリスティーナが料理する様子を眺めていた。


(幼馴染であんなに仲がいいのに、あの悪魔はクリスティーナを破滅へ導く存在なんだよな?)


 正直、クリスティーナの追放フラグを立ててしまうのは心苦しいが、グレイムルートに入れば関係ない。問題は毒見である。



(でも、クリスティーナはただのメシマズ系女子じゃないからな……毒見しなくても何とかなるだろ)


 前世で見た昼食会イベントの1枚絵スチルは今思い出しても笑ってしまうくらい衝撃的なものだった。あんなものを出されたら、食べなくても危険だと分かるだろう。


(……時間か)


 ちょうどイヴが出来上がったパンケーキを持ってきた。薄く焼いたものを何枚も重ねて、イチゴジャムと生クリーム、そして見栄えを出す為に小さなミントが乗っている。


「はい、ブルース」

「ありがとう。相変わらず、美味しそうだね」


 イヴから皿を受け取り、オレは1口食べる。いつもと変わらず、ほっとするような家庭的な味。冷めに冷め切った家庭で育ったゲームのブルースが、イヴの料理を好きになるのが分かる。


「うん、いつも通り美味しい。さすがだ」

「えへへ、ありがとう」


 イヴのはにかんだ笑みが前世の姉と重なり、オレは胸が締め付けられた。

 前世では不慮な事故で失くしてしまった命。せめて姉だけでも、現世で幸せになって欲しい。


「お、意外に美味いな」


 パンケーキを口に運んだヴィンセントがそう口にし、同じく食べたシヴァルラスやグレイムも頷いていたのを見て、オレは安堵した。


 これでイヴの勝利は確定しただろう。


 勝った気でいたオレの前に、トン、と1枚の皿が置かれる。



「はい、できましたよブルース様」

「──なっ」


 目の前に置かれたパンケーキを見て、オレは絶句した。


 そこにあったのはクリスティーナの料理イベントで見たような黒い瘴気が漂う物体ではなく、



──まるでお手本のような厚みのあるパンケーキがあった。


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