02 モテない悪魔の社交界事情



 ボク、ジェット・アンバーはモテない。


 なんでそんなにモテないのと家族が首を傾げるレベルでモテない。



(おかしいな……親の容姿を良いとこ取りした顔だと自負しているんだけど……)



 自室でドラゴンのセピアとお茶をしていたボクは、鏡を見て自分の顔を確認する。


 柔らかな癖のある金髪、雪のような白い肌。ややつり目の赤い瞳はきつ過ぎず、愛嬌がある……とボクは思う。


(兄さんと姉さんはすごいモテたのになぁ……)


 王族というブランドを抜きにしても、家族の欲目を除いても兄も姉もモテる容姿と性格をしている。

 話を聞けば、毎回登下校のたびに、靴箱から溢れんばかりのラブレターやらファンレター、贈り物をもらっているらしい。


(羨ましいなぁ~っ!)


 いくらボクが世界をやり直して、まじめに授業を受けて主席をとっても、社交界で誠実に振舞っても、何1つモテることはなかった。


 将来ボクの部下になる子爵の息子、ウォルター・モルガナイトは『赤い目だからしょうがない』とボクを慰めるばかりだ。この国では、赤い目は悪魔の目だという言い伝えが広まっているのもあって、大人たちも敬遠するほどである。


(まあ、別にこの国ではモテなくても、クリスの国ではどうなるか分からないな。この世界線は、彼女の国に遊学する予定だし)


 今の世界線はクリスの頭がおかしくなった世界線。そして今のボクは15歳。自国の魔法学院に通い、現在はクリスが未来で通う学園へ遊学する布石を打っている最中だ。


(布石といっても登校拒否して最低限の単位とって昼行灯ひるあんどんを決めてるだけだけど……)


 この世界線では、彼女の国に遊学するため、ギリギリ及第点を取らないレベルで成績を保っている。

 この国は、魔法に関しての学問がクリスの国よりも進んでいる。それでボンクラを演じて「この国の勉強についていけませーん。隣国で勉強し直します~」と言えば、なんとかなるだろう。いや、なんとかする。



(でも、どうしようかなぁ……)



 そろそろ、社交界の時期だ。ある程度の年齢になれば、ボクも社交界に参加せざるを得ない。

 子どもでも表舞台に立つ公務は、『赤い目をした子どもで何か粗相を起こせば、風当たりが強くなる』という理由で周囲を納得させて逃げ回っていた。しかし、ボクももう15歳。そろそろ、その言い訳も通用しなくなる。事実、次の社交界は出席するように言われていた。


(出てもいいけど……パートナーがいないんだよなぁ~っ!)


 ボクは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


 何度も言おう、何度だって言ってやる。

 ボクはモテない。


 自分で言っていて悲しくなる。


 何度世界線をやり直したところで、ラブレターもファンレターももらったことはないし、告白なんてもっての外。社交界の時期になってパートナーを探そうと思うと、こぞって周りから人が消えていることだってあった。


(そろそろ、みんな外見じゃなくて中身を見てくれてもいいじゃないかな?)


 今のボクはボンクラを演じているが、魔法の勉強の息抜きに料理にまで手を出してしまっている人畜無害な男だ。


 そんなことはさておき、ボクは早急にパートナーを見繕わないとならない。


 大体の家は身内をパートナーとして連れて行くが兄には姉がいる。妹のルビーはまだ9歳。社交界に参加する年齢ではない。


(我が妹を見て思うけど、クリスは本当に小さな淑女リトルレディだったんだなぁ……)


 クリスの兄、クォーツはどの世界線でも知人のパーティーではクリスを連れて歩いていた。正直、ボクはクリス兄妹と同じ年齢差だとしても、パーティーで自分の妹を連れて歩く自信はない。


 ボクは鏡に魔法をかけると、鏡面が水面のように波打ち、隣国にいるクリスの様子が映し出された。

 彼女は今、ヴィンセントと彼の妹ダリア、そしてシヴァルラスと一緒に楽し気にお茶会をしているようだった。


(ヴィンセントが羨ましいなぁ……)


 この世界線に限らず、彼女の幼馴染として一緒にいられる彼が羨ましかった。彼がその気になれば、パーティーで彼女をパートナーとして連れて歩けるだろうに。


(それに、ボクは女の子の幼馴染もいないんだよね……)


 将来、ボクの部下になるウォルターは一応幼馴染という立ち位置になるが、正直、今のボクは彼を友達と呼べるほど、彼との仲を踏み込んでいない……はずだ。


 ちなみに、先日ボクが社交界のことをぼやくと、ウォルターは真顔で言った。



『安心してください、殿下。もし誰もパートナーがいなかったら、オレが女装をします』

『やめてくれ』

『冗談です』



 真顔で冗談をいうウォルターだが、ボクが「じゃあ、よろしく」と冗談でも返したら本当にやりかねない。ヤツはそういう男だ。


(本当……どうしようかな……)


 ため息をつくボクに、クッキーを齧っていたセピアが肩に飛び乗ってきた。

 綺麗な白い鱗にクリスと同じ深紫色の瞳を持つドラゴンのセピアは、長い尻尾でボクの頭を小突いた。


 セピアの首にあるチョーカーから『何ため息をついてるのよ?』と彼女の感情が送られてくる。


「何でもないよ」


 ボクは彼女の首を撫でながら言い、再び鏡に目を落とした。


 鏡の中でお茶会をしているクリス達は楽し気に笑っている。一体どんな話をしているのだろうか。


 6年の夢を終えたボクは、その会話に入ることも聞くことも叶わない。

 近い未来にこの世界線の彼女の笑顔だって、もう見られないかもしれない。


 鏡の向こうで淑女の顔を忘れて笑う彼女に、ボクもつられて笑ってしまう。



「かわいいな……」



 ボクがそう呟いた時だった。

 ずしん、と両肩に不自然な重みがのしかかった。


(またセピアがふざけてるなぁ~)


 彼女は変化と得意とする種類のドラゴンだ。体を大きくしたり小さくしたりするのはお手の物。


 そんな彼女は、たまにふざけて肩に乗っている最中に大きさを変えている時がある。正直、圧し潰されたらたまらないので、飼い始めた当初からチョーカーには制御がかけてあるが、これはちゃんと躾けなければ。



「こらっ! セピア! 急に大きくなったらボクが死んじゃうで…………」



 ボクがそう言って振り向いた時、言葉を失う。


 それは、少女とおぼしきだった。


 真っ先に目に入ったのは、セピアと同じ深紫の瞳。そして、雪のように白い肌。さらりと流れ落ちてきた髪は白く、無造作に伸ばされているせいで顔が半分隠れてしまっていた。


 ボクの背後にいたは、鬱陶うっとうしそうにその髪をかき上げた。


「ク……クリス⁉」


 そう、髪色は違うものの、顔の造形はクリスティーナ・セレスチアルそのものだった。この場にいないはずの彼女の登場にボクが声を上げると、それは勢いよく首を横に振った。


『違うっ! セピアはセピア!』

「へっ……?」


 ボクがそれの首に目を落とすと、セピアがつけていたチョーカーが首元で輝いていた。


「え、ええっ……えええええっ⁉」


 どの世界線でも人の姿を真似ることをしなかったセピアが、人の姿に化けている。しかも、クリスの姿にだ。


(いや、まさかセピアがクリスの姿を真似るなんて……真似るなん……?)


 ボクはまじまじとセピアを見つめて気づいた。そして、さっと頭から血の気が引いたのがわかった。



「服ぅうううううううううううううっ!」



 ボクの叫び声を聞いて、城内が騒然としたのは無理もなかった。



 ◇



「きゃ~っ! セピアちゃん可愛い!」

「こっちのドレスも着ない? どう?」


 セピアが人型の姿をするようになって数日、さっそく彼女は母と姉の着せ替え人形として遊ばれていた。セピアも人の生活に興味があったのか、ドレスを着ることも苦でないようで、おまけに妹と一緒にお茶会ごっこやダンスの練習もしているという。


 さらに心臓が悪いことに、無造作に伸びていた髪は綺麗に整えられ、髪の色以外はほぼクリスと瓜二つだった。

 セピアに「もうちょっと顔の造形を変えない? もしくは髪型とか」と提案したが、全力で首を横に振られた。


 そして、鏡に映ったクリスを指さして、彼女はこう感情を飛ばしてきた。



『ジェット、この子、可愛いって言った! セピアの方が、可愛い!』



 どうやら、ボクが不用意に彼女の前で他の女性を褒めたことが原因らしい。元々嫉妬深いとは分かっていたが、もはやここまでとは。育て方を間違えたかもしれない。


 今日はボクと姉や妹、ウォルターも交えてお茶会をしている。人の真似をしているのが楽しいようでニコニコしながら紅茶を飲んでいた。クリスと同じ顔ではあるが、表情はどこか幼く、妹のルビーのような無邪気な笑みだった。


(まさか、この世界線で彼女が人型になるなんてな……)


 ウォルターも人型をしたセピアを見て驚愕していたが、今はだいぶ慣れている。ダンスの練習も、家庭教師とだけでなく、ボクやウォルターも一緒に付き合っていた。


(まあ、マナーもダンスもまだまだだけど、このまま彼女が飽きずにレッスンを続けていたら人と変わらなくなるだろうな…………ん? 人と変わらない?)


 ボクは飲んでいた紅茶をソーサーに戻して、じっとセピアを見つめる。


 彼女の変化はほぼ完璧だ。鱗もないし尻尾も角も生えていない。瞳は少し特徴的だが、瞳が深い色合いをしているので、そうそう目立たない。



(このままセピアを躾けたら、社交界に連れて歩けるのでは?)



 少々プライドが高いが、そのプライドを良い方向へ導けば彼女は人前で粗相はしないだろう。現に彼女はボクが「セピアさん、可愛いね。綺麗だね」と褒めると飛び上がるほど喜ぶのだ。


 ボクがじっと見つめるのに気づいたセピアが、きょとんとした顔でこちらを見つめる。



「ねぇ、セピアさん。ボクの彼女やらない?」



 ボクがそう切り出した時、姉がカップに砂糖を大量に零し、ウォルターは「ぶふっ!」と飲んでいた紅茶をむせた。



「ジェット……あ、貴方……何を言っているの?」

「ででででで、殿下っ⁉ ドラゴンを彼女にするって本気ですか⁉」



 あまりにもボクがモテなさ過ぎて気が狂ったと思ったのか、姉とウォルターの動揺が隠し切れていなかった。

 勘違いをされると困るから、ちゃんと言っておこう。


「恋人とかじゃなくて、パーティーとかそういうのでどうしてもパートナーが必要な時ってあるでしょ? そういう時に連れて行く彼女だよ」


 ボクはどう足掻いてもモテない。そのうち、兄や姉は自分の婚約者と連れ添うことになるだろう。そうなると、身内でパートナーを務めてくれる相手がいなくなる。もし、セピアが彼女になってくれたら、今後相手に困らない。



「どう、セピア。ボクの彼女になってよ!」



 ボクがそういってセピアがにっこりと笑った直後、ボクの頬に鋭い張り手が飛んできたのだった。



『乙女につがいの真似事をさせるとは何事か────っ!』



 そう、チョーカーから怒りの感情が飛んできて、その1日、セピアのご機嫌は斜めだった。


 その後、セピアがレッスンをする度に「セピアさん、可愛い!」「セピアさん、ダンス上手だよ!」「セピアさん、所作が綺麗! 素敵!」と褒めまくり、クリスほどとまではいかないが、素敵な淑女に仕上がった。


 ちなみにクリスと瓜二つだった顔は変化するたびに少々変わっていき、クリスに似ている程度の顔で安定している。


 そして両親からの許可も得て、無事にボクのパートナーとして社交界に参加することができた。


 ちなみに、嫉妬深いセピアは「ジェットのやべぇ彼女」と身内からも畏れられるようになり、セピアの事情を知る人間から「ジェット殿下は料理とドラゴンが恋人」と言われるのは無理もなかった。




【ExtraEpisode:モテない悪魔の社交界事情 完】

※次回、Extra Episodeは前編後編になります。

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