Extra Episode
01 心優しき王子は狸に化ける。
私、シヴァルラス・ヘリオライトは、この国の第3王子だ。
私には2人の兄がおり、どれも人より頭が1つ出る才能を持つ天才(変態)である。
そんな兄達と違い、私は凡人で特別頭がいいわけでもなく、運動ができるわけでも、魔法ができるわけでもない。実に平凡な男だ。だから、何もかも有能な兄達と比べられているような気がして、勉強も、剣術も、魔法も、あまり好きになれなかった。とある少女に出会うまでは。
それは10歳の時、国王である父が唐突に「お茶会を開くか!」と言い出した。なんでも私がもてなす側になり、お友達を作ってこいと意図のものだ。
兄達の友人達もそういったお茶会などで仲良くなったらしい。
私はさっそく従兄弟であるヴィンセントを誘った。私も友人が多い方ではないが、ヴィンセントは口下手でなかなか友達ができない。そんな彼にも友達ができると嬉しいと思い、私は彼に招待状を渡した。
そして、ヴィンセントに新しい友達ができた。
クリスティーナ・セレスチアル。
私の上の兄、ウィズダムの親友、クォーツの妹である。
彼女の父や兄は「うちの子はなんでもできる
そう思っていたが、実際の彼女はとても変わっている。
たしかに勉強も、マナーも、魔法も、彼女の兄が言うようにできた子なのだが、彼女はあまりにも純粋である。
やってみたいこと、思いついたこと、何もかも楽しそうに目を輝かせてやっている。特に私や彼女の兄、そしてヴィンセントを交えて魔法の勉強をする時は特に楽しそうだった。
なんでも楽しそうに物事ができる彼女に、嫉妬に似た羨望を覚えたこともあった。しかし、実のところ、彼女は努力家である。
ニンジン嫌いの彼女がピーマン嫌いのヴィンセントと一緒に「どうやったらおいしく食べられるか」と秘密会議を開いたり(最後には、味の濃いものと食べると結論を出す)、ヒールを履いた女の脚力に男が負けるはずがないと言ったヴィンセントとかけっこをしたり(ちなみにクリスティーナが勝った)と彼女は常に向上心を忘れない。
そして、ヴィンセントと一緒にお茶会に参加した時もジェット人形で謎の大暴れをしていた。あとで聞いたらヴィンセントの悪口を言っていた相手を粛正していたらしい。大変勇ましい淑女である。
完璧な淑女になる為に努力は惜しまない彼女だが、その努力がどこか斜め上だ。完璧な淑女になるべく研鑽を積むために私の下の兄、マーシャルと急に筋トレを始めた時は、ヴィンセントと共に止めた。
『止めないでください、シヴァルラス様、ヴィンセント様! あと私に足りないのは筋力と鋼の精神力です!』
私はあの時の彼女の笑顔を忘れない。
彼女は物理的に強い女性=完璧な淑女だと思っていないだろうか。
彼女の奇抜な発想と行動力で、ヴィンセントとはまた違う手のかかる弟妹を得た気分だった。そして、そんな彼女を見ていると、優秀な兄のことで悩んでいる自分が次第に馬鹿らしくなってきた。
時が流れて、私が魔法学園を入学した年。全寮制だが、公務の関係で城に戻っていた時に、ヴィンセントとクリスティーナが私の下へやってきた。
「シヴァルラス様、見てください! 私、とうとうやりましたよ!」
そう興奮気味に言ったクリスティーナの手には、小さな袋が握られていた。綺麗なリボンと透明な袋に入ったそれは、手作りのクッキー。プレーンとココアの色をしたクッキーは可愛らしいクローバー型だ。
「それは……?」
首を傾げる私に、彼女は外面の淑女の笑みでなく、本当に嬉しそうに頬を赤く染めて笑っていた。
「私が作ったクッキーです。頑張って作りました! ぜひ食べてください!」
「え、クリスティーナ嬢が?」
以前、ヴィンセントから「クリスティーナは料理で世界を征服できる」と聞かされ、さらに彼女の兄からは「絶対に受け取らないでください」と念を押されていた。
一体どんな腕前なのか気になったが、案外普通で私は気が抜けてしまう。ヴィンセントに目を向けると、「大丈夫だ、何も問題ない」と言わんばかりに頷いている。
何より、淑女の顔ではない笑みを浮かべた彼女が眩しくてたまらない。
「ありがとう」
私は礼を言って彼女からクッキーを受け取ると、彼女はヴィンセントと一緒に期待の眼差しを向けてきた。
(今、食べろ……と?)
受け取るなと言われていたのに、受け取ってしまった自分も自分だが、可愛い弟分と妹分が頑張って作ったと聞いて受け取らないわけにいかない。
私が袋を開けると、甘い香りが鼻をくすぐる。見た目通り、美味しそうな匂いだ。
ヴィンセントとクリスティーナが毒見をさせろと片手を出して待っていた。仮にも公爵家嫡男と侯爵令嬢だというのに。そんな彼らに私は苦笑しながら、クッキーを適当に渡す。
真っ先にクッキーを口にしたのはヴィンセントだった。
「うん、まずくはないな」
(そこは美味しいと言ってあげなさい、ヴィンセント。だから、婚約を蹴られるんだぞ)
そして次に口を開いたのはクリスティーナ。
「うん、味は悪くないですね。味は……悪くない」
(何故、2回言ったんだい、クリスティーナ嬢)
2人は互いに無言で見つめ合い、親指を立てた拳を合わせていた。
こんなにも息の合った動きができるのに、なぜ婚約をしていなかったのか、誠に不思議である。
私はそんな2人を見て、もらったクッキーを口に運んだ。サクサクで甘すぎず、とても食べやすい。プレーンは特にバターがたっぷり入っていて、アクセントに塩も入っているようだった。これは初めて食べる味だ。2人はる固唾を飲んで食べている私を見守っている。
「うん、美味しい…………?」
確かに美味しい。味も見た目も何も問題ない。しかし、何だろうか。胸の奥でもやもやした感じがあった。その感覚に私は覚えがある。
そう、胸やけである。
「ゔっ……!」
その胸やけが徐々に悪化してきた時、2人の顔が真っ青になった。
「わぁああああっ! シヴァルラス様!」
「ええっ! オレが食った時には何もなかったのに! しっかり、シヴァ兄!」
その後、私は倒れるまではいかなかったが、クリスティーナとヴィンセント、そして私含め、彼女の兄、クォーツにお叱りを受けることになった。
「受け取らないでと言ったでしょうに!」
なんでもセレスチアル家は胸やけを起こす料理しか作れないらしい。しかし、ヴィンセントもクリスティーナも食べて平気だったので油断していた。本人はまだしも、クリスティーナのお菓子作りを手伝っていたヴィンセントは耐性がついてしまったようだ。
しかし、それを聞いて私は笑ってしまった。本当にクリスティーナもヴィンセントも私の考えの範疇を越えることをする。
その場にいた私の兄達が彼女のクッキーをかじり「胸やけやべーっ!」とゲラゲラ笑いながら転げまわっているカオスな状況にクォーツは頭を抑えていた。
「クォーツ! お前も何か作れ! そして研究させろ!」
そういったのは、私の上の兄、ウィズダムだ。
「だから、食べさせたくなかったんですよ! 嫌に決まってるでしょ!」
「なぁに、ヴィンセントのように耐性ができるなら今後、毒殺や魔力に対する抵抗力ができるかもしれないぞ! 面白い!」
「ダメです! クリスティーナもお菓子作りは禁止です!」
「お兄様、あともうちょっと頑張ったら、人体に無害なものを作れると思います!」
「ダメだって! お兄様の言うことを聞きなさい!」
それでも彼の妹は食い下がった。
「そうしたら、お兄様も私の手料理が食べられますよ!」
「許す!」
即答だった。本当にこの兄は妹に甘い。
しかし、彼女がいくら料理を作っても毒見をする人間がいない。今まで犠牲になっていたヴィンセントは耐性がついてしまっているのだ。
クリスティーナとヴィンセントが「どうします?」「うちのダリアは?」「小さい子には刺激が強すぎるわ」と秘密会議を始めたので、私は2人の話し合いに割り込んだ。
「クリスティーナ嬢、良かったら私にまたお菓子を作ってくれないか?」
「えっ、シヴァルラス様が⁉」
「シヴァ兄は王族だぞ!」
確かに2人が言うのは最もなのだが、2人と2つも年が離れているし、さらに全寮制の学園に通っているのもあって、2人だけ仲がいいのも少し寂しい気持ちになる。まるで小さな子どもが仲間の輪に入りたがるような心情だった。
「次第に慣れるものなのだろう? それにクリスティーナ嬢も努力を惜しまない人だから、期待しているよ」
私がそういうと、誰よりも早くウィズダムが「許す」と頷く。
まあ、彼は私を研究の材料として観察したいだけなので放っておこう。それに、私がさっきのクッキーを食べて短時間で回復するようなものだ。すぐに耐性がついてしまうかもしれない。
試しに残ったクッキーを口に運ぶ。
「ゔっ……」
やはり胸やけがする。
(まさか、こんなのをずっと付き合っていたのか、ヴィンセント……)
いつも彼女のお菓子作りに付き合い、胸やけで倒れているヴィンセントもなかなか健気である。
(しかし、こんなに仲がいいのに婚約を跳ね除けられるんだ?)
正直、不思議でしょうがない。週3のペースで会いに行き、互いの家を行き来してお茶会をし、さらにはお菓子作りまでしている。普通ここまで仲が良ければ、親同士も納得な上で婚約しているものだが。どうやら彼女はヴィンセントと婚約はしたくないらしい。ヴィンセントは、彼女は私が好きだと言うが、彼女が私に向ける視線は敬愛に等しい。実際彼女も「憧れです」と口にしているので間違いではなさそうだ。
今は私の婚約者候補として、他の貴族に取られる心配はないがヴィンセントには頑張ってもらわねば。
(しかし、このクッキーは案外クセになるな……)
私は無言でもう1枚齧ることにした。
【優しき王子は狸に化ける。完】
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