03 悪夢に沈んだ悪魔は夢から目覚める。(1)
ボク、ジェット・アンバーが彼女、クリスティーナ・セレスチアルとそういう運命であることを知ったのは、彼女と2度目の出会いをした世界線だった。
現国王であり父にお茶の席に呼び出され、今ボクは父と向かい合って座っている。
父親と2人きりのお茶会だなんて、初めてではないだろうか。ボクの父は厳格とは縁遠い性格だが、その優しさゆえに最初の世界線では心が見えるボクをどう接すればいいのか分からず、遠ざけていた。
(さて、何の用かな?)
兄は無事結婚し、姉は隣国の第3王子と婚約した。順調にボクが知る最悪の未来とは全く違う世界線を進んでいる。ボクが知る未来で、危険なことはないはずだ。
ボクはクッキーを口に運びながら父が話を切り出すのを待っていると、父はテーブルに肘をついて手を組み、重々しく口を開いた。
「お前に頼みがあるんだ……」
「頼み?」
珍しい。父がボクに頼み事だなんて。
ボクはクッキーを食べる手を止めて、真剣にこちらを見つめる青い瞳を見つめ返した。
「ジェット………………結婚してくれ」
「…………」
長い沈黙が流れる。
それはもう長い沈黙だった。
一応、人払いをしており、唯一傍で控えていたのは父の腹心でもある騎士団長。その彼の目玉が飛び出してしまうのではないかと思うほど、目をかっ開いて父を見ていた。
ボクは一度、紅茶を口に運び、ソーサーに戻した。
「やだなぁ~、父さん! 父さんはもう母さんと結婚してるじゃないか~?」
「違う! パパとじゃない! お前が結婚するんだ! 18歳にもなって婚約者もいないだろう!」
今のボクは18歳。学院の高等部3年生だ。兄や姉が学院に通っていた時はラブレターやらプレゼントが靴箱から雪崩れ出るほどもらっていたというのに、容姿のせいかボクはラブレターも受け取ったことがない。
「パパとママの容姿を良いところ取りしたというのに! パパ、お前が独身で終わらないか将来が不安でしょうがない!」
「ボクだって、好きでモテないんじゃないんだよ……?」
両親の良いところだけを取った容姿は、一時メイドや家臣たちからもてはやされていたが、魔力が覚醒してから遠巻きにされている。正直、目が赤いだけでこんなにも人を遠ざけるとは思わなかった。実際独身で終わっている未来があるので、なんとも言えない。
「それにボクはまだ18歳で学生だよ?」
この国では魔力を持つ子どもは20歳まで学院に通う義務がある。婚約はしても学生婚をしている人は少ない。結婚相手を探すのも20歳過ぎても問題はない。
(それに、魔法を研究しなきゃだしね……この世界線は独身かな?)
前の世界線はクリスティーナと婚約したが、すぐに世界をやり直してしまっている。この世界線では、あの女は別の相手と婚約を果たしており、ボクはそれを観察することしかできなかった。早急に、ボクはあの女の魔法に対抗する術を探らなくてはならない。この国まであの女の力が及んでしまえばおしまいだ。
「まだまだボクには結婚なんて早い話でしょ?」
ボクがそういうと、父は首を小さく振りながら嘆くようなため息をついた。
「ジェット。オニキスに先日子どもが生まれただろう?」
「え? うん、そうだね?」
ボクの兄であり王太子であるオニキスは結婚し、すでに2人子どもを
それが一体どうしたのだろう。ボクが父の意図が読めずに首を傾げていると、父は躊躇いがちに言った。
「2人とも、女の子だ」
「……あ」
そう、王太子である兄の子どもは2人とも女児だ。そして、ボクは次に生まれる兄の子どもが女児であることも分かっていた。次期王である彼の子どもに男児がいないのは大問題である。側室を迎えるか、義姉に男児を生むまで頑張ってもらうか。他の貴族なら養子を迎える方法もあるが、王族として簡単に養子を迎えるわけにはいかない。
ボクがその事実に気付いたのを察して、父は口元で手を組んでボクを見つめる。
「もし次も女児だった場合、側室も視野にいれるが……」
父が言わんとしていることは分かる。兄の嫁は貿易などに力を入れている有力貴族の娘だ。相手の親も気性が穏やかな人であるが、他の貴族たちはそうもいかない。一応、父には兄弟がいるが、どれも野心家だ。最初の世界線で反逆を起こした父の弟は、この世界線ではすでに貴族社会から退場している。
そうなると、兄妹のボク達から養子をとった方がいい。しかし、これからシヴァルラスの下へ嫁いでいく姉に頼むわけにもいかない。妹は歳が離れすぎている。
「と、父さん。ボクが結婚しても男が生まれるとは限らないんだよ?」
前の世界線ではクリスティーナと婚約しただけで、結婚までは至っていない。だから確実に男児が生まれるとは限らないのだ。
「大丈夫だ。実は隣国でとある話を聞いてな」
「とある話?」
聞けば姉の婚約者の父親である隣国の国王が、もし男児が欲しいならツテがあると教えてくれた。なんでも男児を生むための魔法を扱える家があるらしい。しかし、タダでは教えられないので、その家の娘を嫁がせたいという話だった。
(へー、そんな魔法があるなんて初めて知った)
前の世界線はすぐにクリスティーナと婚約してしまったので、そんな話は上がってこなかったが……
(なるほど、彼女を選ばなかったらボクはこういう未来が待っているのか……)
政略結婚なんてよくある話だが、こうなるのなら早々に彼女と婚約すればよかった。この世界線は早めに切り上げようかとボクは父親にバレないように息を吐きだした。
「それで、どんな相手なの?」
名前くらいは聞いておいて損はないだろう。父は「お前も1度顔を見たことがあるぞ」と言い、ボクはきょとんとしてしまう。クリスティーナと過ごした記憶の中でもそんな奇特な魔法を扱う一族にボクは会った記憶がない。ましてや、彼女と別れてから隣国へはまだ2度しか足を運んでいないのだ。
そんなボクに、父はあっさりと言った。
「セレスチアル侯爵令嬢、クリスティーナ嬢だ」
「…………は?」
この時、ボクは彼女の一族の秘密と彼女の心が歪む原因を知ると同時に、彼女と結婚することが確定された未来であることを知った瞬間だった。
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