04 悪夢に沈んだ悪魔は夢から目覚める。(2)
「あー、終わった。ようやく終わったぞぉ~……」
シヴァルラスと自分の姉の婚約式の翌日、雑用を済ませたボク、ジェット・アンバーは寮の自室のベッドに倒れこんだ。ここ1か月、色々なことで駆けずり回り、シヴァルラスと姉の婚約式も無事終わって、色んなものから解放されたのだ。
何度もやり直してようやく手に入れた世界線は、ボクが想定していた未来よりも満足いくものだった。
ラピスラズリ侯爵を引退に追い込み、イヴ・ラピスラズリの心を操作する魔法もどうにかできた。
姉は無事にシヴァルラスと婚約して、ヴィンセントとクリスは喧嘩別れもしないし、セレスチアル家の秘密が漏洩することがないため、クリスの心が歪むこともない。
文句なしの大団円である。
(あとは、ボクとクリスが婚約する未来があるだけ……)
ヴィンセントには悪いが、これはずっと前から確定されていた未来だ。婚約式で両親に彼女をやんわりと紹介したり、その後のパーティーで彼女をエスコートしたりもした。あとは徐々に外堀を埋めるだけだ。シヴァルラスの援護射撃があったとしても、ボクは勝てる自信がある。
(そういえば……)
せっかくクリスと同じ学び舎に通っているというのに、ボクは彼女とデートに誘ったりしたことがない。彼女はシヴァルラスの婚約者候補というのもあって、誘えなかったというのもあるが、悪魔と名乗っていた時も、彼女と街へ出かけたことがないのだ。
(もう彼女は婚約者候補じゃないもんね!)
幼馴染の特権を利用してヴィンセントはデートをしていたが、シヴァルラスの婚約式が終わった今、彼女はフリーである。誘わない手はない。
たしか今日、彼女はセレスチアル侯爵に呼び出されて実家に帰っている。セレスチアル家へ向かう足がないボクはいいことを思いつき、部屋の姿見の前に立った。
鏡に映るには16歳のボクだが、鏡の前でくるりと一回りすると、悪魔と名乗っていた頃のボクの姿に変わった。
「うわ~、懐かしいなぁ~」
子どもの頃の低い目線も、ヒール付きブーツも、何もかもが懐かしい。世界をやり直す必要がなくなった今、もう滅多にこの目線の低さに戻ることはないだろう。
ボクの姿をクリスにしか見えないようにし、部屋の鏡とセレスチアル家の物置にある姿見との通路を開ける。
いつもだったら分身を彼女の家に送っているのだが、ボクの部屋に尋ねてくる相手もいないので大丈夫だろう。
ボクは鏡の中を通って、セレスチアル家の物置に到着する。昔より物が増えており、部屋全体がとても埃っぽい。ボクはカバー下から出ると、勝手知ったるセレスチアル家に足を踏み入れた。
「うわ~、2年ぶりとはいえ懐かしい!」
ボクは久しぶりのセレスチアル家にはしゃぎながらクリスの部屋に突撃した。
「やっほー、クリス!」
勢いよくドアを開けると、小さなソファに腰掛けていた彼女がいた。彼女は深紫の瞳を大きく見開き、まさにギョッとした顔でボクを見ていた。
「じぇ、ジェット⁉」
「やぁ、この姿も懐かしいでしょう? 何やってるの~?」
ボクはソファに座る彼女を後ろから抱きしめると、彼女がテーブルに広げていたものに目が入った。
それはいくつもの便箋と肖像画だった。ボクはそれを見て思わず固まる。
(え、これってもしや……?)
ボクがいうよりも先に、クリスが呆れた様子で口を開いた。
「婚約の申し込みとその相手の肖像画よ」
(やっぱり!)
そうこれもあれも全て釣書と肖像画、それも国内外からたくさん送られてきていた。彼女はシヴァルラスの婚約者候補に外れてフリーとなった。社交界でも完璧な淑女を演じてきた彼女を知らない男はいない。しかも、彼女の父親は国王とレッドスピネル公爵の使い走りだが、立派な侯爵家の当主。そして兄は第1王子の片腕。超超超優良物件である。そんな彼女がフリーとなった今、婚約の申し込みが殺到しないわけがない。
(いや、それでもおかしいって!)
今までの世界線で彼女は誰も婚約はしなかった。姉がシヴァルラスと婚約して2年経った後に、ボクに彼女との婚約の打診があったくらいだ。前の世界線でも婚約の申し込みがあったのだろうか。
(あ……そうか!)
今までの世界線では、セレスチアル家の秘密が社交界中に広がっていた。だから、彼女は誰とも婚約できずにいたのだ。そして、2年経ってボクの兄の子どもがみんな女の子であることを理由にボクとの婚約が話に上がる。
つまり、ボクと彼女の婚約が確定された未来は、皮肉にもセレスチアル家の秘密がバレることで成り立っていたことになる。
(そうだよ、完璧な淑女のクリスが婚約の打診がない方がおかしいんだ!)
そうなると、ボクは自分の未来を潰すために必死で動いていたことになる。
まずい、非常にまずい。このままではまだ見ぬ息子達の未来が危うい!
何も知らない彼女は「好みの顔がいないな~」と呑気なことを言いながら肖像画を見ていた。ボクはぎゅっと彼女を抱きしめた。
「どうしたの、ジェット?」
「………………憑りついてやる」
「急に怖いこと言わないで」
ボクを慰めるように頭を撫でる彼女。その手つきはとても優しい。
確定されていた未来が消えても、彼女に婚約を申し込む馬の骨どもと蹴散らすくらいの自信がボクにはある。セレスチアル家の変態達だって、変な家に彼女を嫁がせるつもりはない。
しかし、彼女が婚約するにあたって、最も有力な位置にいるのはボクじゃない。
「おい、クリスティーナ。入るぞー?」
部屋のドアをノックされ、聞き覚えがある声が聞こえた。
その声の主がドアを開けた時、ボクは姿眩ましの魔法を解いて、そいつに向かって突撃した。
「ヴィンセントォ!」
「ぐわぁっ⁉」
ボクの体当たりが綺麗に決まったが、悪魔と名乗っていた頃の体格では大柄のヴィンセントに与えたのは衝撃だけだった。
「な、なんだっ……って、ジェット⁉」
子どもの頃のボクの姿を知らないヴィンセントは、この姿を見てさぞかし驚いたであろう。しかし、今はそれどころではない。
「お前……今晩の夕食覚えてろよォーーーーっ!」
「一体何の話だ……うわぁああああ、バカやめろ!」
「コラーッ! 人の部屋で暴れないの!」
彼女と婚約できる未来が確定されるまで
【悪役令嬢は悪魔付きっ! Extra Episode:悪夢に沈んだ悪魔は夢から目覚める。完】
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