02 悪魔付き令嬢と攻略キャラクター


 魔法学園の初日、クラスでは担任が自己紹介を始めていた。


 私、クリスティーナ・セレスチアルは上機嫌で私の右隣に座るジェットを横目で見やった。


 私の視線に気づいたジェットはにんまりと笑い、私はすぐに視線を逸らした。


「おい、クリスティーナ」


 私の左隣に座るヴィンセントが小声で言う。


「あまり失礼な態度を取るなよ?」

「……分かっています」


 私はいつも通りのすまし顔で答えたが、ヴィンセントは「あのなぁ……」と肩をすくめた。


 顔には出していないが、私は今、すごく怒っている。しかし、隣の悪魔は私の気持ちを知っていて嬉しそうにしている事に腹が立って仕方なかった。


 私はさっきの出来事を思い出した。





「貴方……悪魔じゃなかったわけぇえええええええっ⁉」


 会えた嬉しさと、騙された怒りと悲しみ。ありったけの思いを全て声量に乗せて、ジェットにぶつける。


「なぁにが悪魔よ! 大人になったら見えないよ! あのお別れは何だったわけ⁉ というか、本当に王子かどうかも怪しいわよ!」

「ク、クリス……落ち着いて……」


 涙をボロボロと零しながら感情をぶつける私に気圧され、ジェットは私から1歩退く。


「落ち着いていられるわけないでしょ! この2年、私がどんな気持ちで過ごしていたと思っているの⁉」


 ジェットが消えてしまったのは自分のせいではないか。ずっとそんな後悔を抱え、まるで天に祈りを捧げる聖女のように毎夜毎夜、彼を思い続けていたのだ。


「おまけに私のファーストキスまで奪って!」


政略結婚が多いこの世界で、私はファーストキスに特に憧れはなかったが、好きな人や結婚相手としたかったのが本音である。


 しかし、彼は眩しいばかりの笑みを浮かべる。


「奪っちゃった~っ!」


 悪びれるようすもなく投げキッスまでしてくる悪魔に、私は本当の本当に怒った。


「行きなさい、5号!」


 私に抱きかかえられていた5号が飛び出して、ジェットに向かって素早いジャブを繰り出す。


 ジェットの頭に乗りポカポカと間抜けな音を立てながら叩く5号。そんな拳をジェットは笑いながら受ける。


「え~、ちゅーなら今までたくさんしたじゃん……ね?」


 暴れる5号をひっぺ剥がしたジェットはあざとく笑って見せた。


「ね、じゃないわよ!」

「クリスティーナ!」


 背後から私を呼ぶ声が聞こえて振り返ると、こちらに慌てて駆け寄ってくるヴィンセントの姿があった。


「お前の声が校舎まで聞こえたぞ! 一体何が……」


 彼は私とジェットを見て言葉を失う。そして、みるみると顔が青ざめていき、すぐさま礼をする。


 ジェットはわざとらしく「君は?」と訊ねた。


「レッドスピネル公爵の嫡男、ヴィンセントと申します」

「ああ、確か王族の直系の家だね?」

「はい。私の友人が大変な失礼を致しました」


 ヴィンセントはちらりと私に目を向ける。


『おい、お前。王族相手に何やってんだ?』


 そう無言で訴えてくる。


 ジェットはそんなヴィンセントを面白いものを見た顔で「顔を上げて」と言った。


「ボクが彼女を怒らせてしまったんだ。彼女に非はないよ、ね?」


 彼が私に同意を求める。正直、全力で首を縦に振りたいところだったが、殊勝な私は「いえ、私こそ大声を出してしまってすみません」と頭を下げた。


 彼はそんな私の態度が不満なのか唇と尖らせた後、ヴィンセントに向き直った。


「もしかしたら、シヴァルラス様から聞いているかもしれないけど、ボクはジェット・アンバー。良かったら、ごく普通の友人として接してくれると嬉しい」


 そう言ってヴィンセントに手を差し出した。


「そんな恐れ多い……」

「いいの、いいの! 確かにボクは王族だけど、将来的には公爵になるし。そうなったら、ボクと君は同じ公爵家だ。敬語は抜きで、ジェットって呼んでよ?」


 彼は人懐っこい笑みを浮かべ、ヴィンセントは緊張しながらもジェットの手を取った。


「よ、よろしくお願いします」

「敬語」


 ジェットが圧をかけ、ヴィンセントは無言で私に助けを求める。


 相手は王族だ。口が悪くて素直になれないヴィンセントが敬語無しで話せば、口を滑らせて変なことを言いかねない。きっとそれを心配しているのだろう。


(まぁ、ジェットはなんだかんだ言って、ヴィンセントの事を気に入ってるのよね……)


 子どもの頃『その口にピーマンをねじ込みたい』とか『あの嫌味みたいに長い足の膝裏を蹴り飛ばしたい』とか言ったり、からかい倒したりしていたが、それはジェットなりの愛情表現なのだ。


 私は「諦めろ」と静かに首を振り、ヴィンセントは観念したように頷いた。


「よ、よろしく」

「うん、よろしくヴィンセント」


 ジェットは天使のような笑顔をヴィンセントに向けているが、きっと彼は内心で「面白い玩具が手に入ったぞぉ~っ」と小躍りしている事だろう。


 そんなこんなで私たちは自分たちの教室へ向かった。


 そして教室は自由席だった為、ジェットは私の右隣に座り、ヴィンセントは私の左隣に座って現在に至る。


(というか、ジェットは本当に何者なの?)


 今もご機嫌な様子のジェットだが、本当に彼は得体が知れない。私に6年の間、悪魔だと嘘ついてきたのだ。正直、彼が隣国の王子という肩書も疑わしいことこの上ない。


「それでは、1年間共に勉強していく仲間だ。自己紹介をしてもらう。知っての通り、この学園は完全実力主義だ。身分で成績が左右されることはない。そして、差別をしないように」


 担任がそう言い、端から自己紹介をしていった。


 私は視線だけ動かして教室内を見回すと見知った顔ぶれがあった。


 次々と自己紹介をしていき、ジェット、私、ヴィンセントと順が回ってきた。


「隣国から遊学の為に来ました、ジェット・アンバーです。一応、第2王子ですが、あまり公の場には顔を出せなかったのもあり、この国の事情やルールに疎く、迷惑をかけると思います。この学園では身分はないようなものだと聞いているので、気軽にジェットと呼んでください」


 人懐っこい笑みを浮かべて自己紹介を終えたジェット。隣国の王族というのもあって女子生徒だけでなく、男子生徒達もざわついている。


(そりゃ、隣国の王族だもんね……)


 ジェットに続いて、私、ヴィンセントが自己紹介をした後、さらに他の生徒が挨拶をしていった。


 そして、やけに柄が悪い男子生徒の番になった。灰を頭から被ったようなくすんだ銀髪、ライムグリーンの瞳は三白眼でヴィンセント以上に目つきが悪い。耳にはピアスを大量に付け、着崩した制服から刺青が覗いている。


 いかにも不良。いや、実際彼は反抗期真っ最中でグレにグレまくっている少年である。


 彼は行儀悪く机の上に足を乗せ、いかにも「オレに構うな」という空気を醸し出していた。


「おい、次はお前の番だぞ!」


 担任がそう言うと、「ちっ」と盛大に舌打ちをする。


「グレイム。高貴な御方達と違って、こちとら孤児院育ちなんで姓はねぇよ」


 吐き捨てるように言って彼の自己紹介は終えた。


 彼は入学生で唯一の平民で、ヒロインの幼馴染である。


 そして、今度はプラチナブロンドに空色をした垂れ目の少年が立ち上がった。


「はーい、ブルース・ラピスラズリでーす。クラスの子猫ちゃん達~、よろしくね~っ!」


 ばっちりウィンクを決めて自己紹介をすると、女子生徒から黄色い声が飛んでくる。まるで前世でいうアイドルを目の前にしたファン達のようだ。


 彼は私の家とはあまり仲良くないラピスラズリ侯爵家の嫡男で、ヒロインの義理の兄だ。彼はこの乙女ゲームの色男枠である。


 ヴィンセントは「出た……ブルース」と忌まわしいものを見るように目をやり、グレイムも舌打ちを連発させる。


 ちなみに、私とヴィンセントは家関係なく、昔からブルースが苦手である。


「じゃあ、最後」

「はいっ!」


 担任に促され、1人の少女が元気な返事をして立ち上がった。


 背中まで伸びるココア色の髪、ぱっちり二重の赤い瞳は愛嬌があるが、少し緊張しているのか表情が硬い。


「イヴ・ラピスラズリです。皆さん、よろしくお願いします」


 センチメンタル・マジックのヒロイン、イヴはそうはハキハキと自己紹介をした。

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