四章 悪魔付き令嬢の学園生活 

01 悪魔付き令嬢の戸惑い


 ──なんで?


 壇上にいる人物に私は驚きを隠せなかった。


 ジェットだ。間違いない、彼はジェットだ。12歳の彼がそのまま成長したような姿で、あの愛らしい顔はずいぶんと大人びてしまっていた。


 嬉しいような、怒りたいような色んな感情が入り混じり、私は涙が零れそうになったのを必死に抑えた。


(でも、なんでジェットが本編に?)


 どのルートも彼は姿を見せることはなかった。何故彼が姿を見せたのだろう。


「あれが隣国の王子か……」

「え……?」


 隣に座るヴィンセントがそう呟いた言葉に耳を疑う。


「おう……じ?」

「ああ、シヴァ兄から隣国の第2王子が遊学してくるから、便宜を図るようにと言われてな。社交界にも滅多に顔を出さないような人だ。オレも初めて見た」


 私は壇上を降りるジェットを見つめた。


(ジェットが王子? そもそも、彼は悪魔じゃないの?)


 色んな考えが頭の中を巡るが、一向に整理ができない。

 彼が私の横を通り抜けた時、赤い瞳と目が合った。


(──あ……)


 確かに目が合った。しかし、その視線は何事もなかったように逸らされてしまう。


(まさか、他人の空似?)


 いや、そんなはずがない。確信はないが、私はそう思いたくなかった。


 ──確かめなくちゃ……


 私は5号を握りしめ、そう心に決めた。




 式が終わり、次はクラス発表になる。私は講堂を出ると、必死にジェットの姿を探した。


(……いた!)


 あの柔らかそうな金髪を見つけ、彼を見失う前にヴィンセントの袖を引っ張った。


「ヴィンセント様。私お手洗いに行くので、先に教室へ行っててください」

「ああ、分かった」


 私は急いでジェットの後を追う。

 彼は本当に私が知るジェットなのか。それとも他人の空似なのか。


(でも、もし他人の空似だったら……)


 私はぎゅっと5号を抱きしめた。

 別校舎へ向かう渡り廊下で彼の姿を見つける。

 彼は渡り廊下から中庭の様子を眺めているようだった。


「あ、あのっ!」

「え……?」


 私が声を掛けると、彼は少し驚いたように振り返った。


 柔らかな金髪は陽に透けてキラキラと輝き、雪のように白い肌は女性の私の目から見ても綺麗だ。宝石のような赤い瞳は以前のように近い距離にはなく、高い所から私を見下ろしていた。


 彼はきょとんとした顔で私を見ており、その彼の表情に私はしまったと慌てて一礼する。


 彼は王族だ。本来なら私から声を掛けて良い身分ではない。それに、この反応は明らかに私を知らない様子だ。


「あ、あの……っ! わ、私、その……」


 いつもはスラスラ出る挨拶が出てこない。自分でも驚くほどパニックになっているのが分かった。


「ええと……その……」

「ああ……顔を上げて」


 彼は何か察したように私に言うと、彼は顔を上げた私に微笑みかけた。


「先に女性に名乗らせるなんて失礼しました。ボクはジェット・アンバーと申します。貴女の名前をうかがってもよろしいでしょうか?」


 言葉が出ない私に気を使ったジェットが優しく言う。私はその言葉に胸が締め付けられた。


(やっぱり、他人の空似なの……?)


 明らかに他人行儀な挨拶。そして愛想笑い。かつてのジェットは私にそんな笑顔を向けた事がなかった。


 きっと、彼は私が知るジェットではない。そんな現実を突きつけられた。


(泣くな……泣いちゃダメ……)


 すぐそこまでせり上がってきた涙を堪え、私はスカートの裾を掴んだ。


「わ……私……っ!」

「ぶっ……」


 目の前の彼が失笑する。私が目を丸くして見上げると、彼は口元を押さえて笑っていた。


 笑われている。なんで笑っているのだろう。彼はひとしきり笑った後、私に愛想笑いではなく、いたずらっ子のような笑みを向けた。


「ふふっ……もう、なんて顔をしてるの、クリス」

「ジェット……?」


 彼が私の名前を呼んだ。私がよく知る笑顔、赤い瞳、それは全て私に向けられている。


「ジェット……本当に私が知ってるジェットなの?」


 私が信じられない気持ちで訊ねると、彼はしっかりと頷いた。


「うん。久しぶりだね、クリス。また新しいボクの人形作ったの? 相変わらず、不気味で凶悪面だね。ボクはもっとキュートだったでしょ?」


 私が抱きかかえている5号を見て、彼は昔と同じ言葉を口にする。


 私は改めて彼を見上げた。


 かつて私が抜いた背は、私を追い抜いてしまい、赤い瞳が私を優しく見下ろしていた。


 ジェットだ。


 話し方もこちらに向ける眼差しも、かつてと同じもの。

 彼は懐かしむように目を細め、優しく微笑んだ。


「改めて自己紹介。ボクの名前はジェット・アンバー。この国に遊学に来たお隣の国の第2王子。まあ、昔みたいに呼び捨てで友達みたいに接してくれると嬉しいな」


 ジェットはそう言い、気づけば私はポロポロと涙を流していた。


 彼は少し驚いたように目を見開くと、ハンカチを出して宛がうように私の涙を拭う。


「もう、泣いちゃうくらいボクに会えて嬉しかったの?」


 茶化しながらも優しく涙を拭ってくれる彼を見上げ、私は言いたかった言葉を口にする


「…………の」

「え?」


 声が震えて思うように言葉がでない。それでも彼は待ってくれていた。私は大きく息を吸い込み、声を振り絞った。


「貴方……悪魔じゃなかったわけぇえええええええっ⁉」


 淑女とは到底思えない怒号が校舎中に響いたのだった。



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