12 入学式
ジェットとお別れをして、2年の時が流れた。
私は国立魔法学園に入学する。
魔法を学ぶには国で1番の学校。全寮制で魔力がある子どもだけが集められる。
学校へ向かう馬車の中で、私は窓の外を見つめる。
今から向かうのはセンチメンタル・マジックの舞台。これからゲームの本編が始まる。
しかし、私の心は思った以上に落ち着いていた。
学校に着くと、荷物は全てメイドに任せてヴィンセントとの待ち合わせ場所に向かった。校門で待っていたヴィンセントは私の姿が見えるとこちらに手を振る。
「よぉ」
「ヴィンセント様、ごきげんよう」
私は礼をすると、ヴィンセントを見上げる。
「ヴィンセント様……また背が伸びました?」
小さかったヴィンセントは私の首が痛くなるほど背が伸びていた。公式設定では攻略キャラの中で1番の長身。私が普通の女の子より小柄な事もあり大男に見える。
「ああ、そうだな。身長が伸びすぎて困っているくらいだ」
彼はそう言って私を見下ろす。目つきの鋭さもあるせいで初対面の相手にはかなり圧を感じるだろう。しかし、彼を知っている私は首が痛くなる以外は何も問題はない。
今日から彼とは同級生だ。私はワンピース型の制服、彼はブレザー型の制服に身を包み、私はなんだか前世の学生時代を思い出す。
「クラス発表は入学式の後だそうだ」
「あら、そうなんですね。同じクラスだといいですね」
ちなみにクラスは入学前の試験の成績で決定し、私とヴィンセントは成績上位者のクラスだ。このゲームではシヴァルラス以外は皆同じクラスになる。
入学式の講堂へ行き、私達は通路のすぐ横に着席した。すると、生徒達の視線が突き刺さる。
「ねぇ、公爵家のヴィンセント様よ。シヴァルラス様の従兄弟の」
「そのお隣にいるのはクリスティーナ様よね? あのシヴァルラス様の婚約者候補で1番有力っていう」
周りの騒がしさに紛れて、私とヴィンセントのことを話す声が聞こえてくる。
(人の説明、どうもありがとう)
まさかゲームや漫画にあるようなモブの説明的なセリフを聞けるとは。
(ゲーム、かぁ……)
「クリスティーナ」
不意に名前を呼ばれ、私は隣に座るヴィンセントを見上げた。
彼の視線は私の膝の上にあるものに注がれていた。
「ソイツも持ってきたんだな」
「はい。ジェットは私のお友達ですから」
私はそう言って、ジェットの人形の頭を撫でた。
ジェットが消えてしまった夜、私はゲームの内容を書いたノートを見直した。
なぜ、ゲームの黒幕である彼が消えてしまったのか。
もしかして、私は何か失敗して彼を消滅させてしまったのではないのか。
私は泣きながらノートをひっくり返す勢いで、彼が消えてしまった理由を探し、また彼が現れる条件を探した。
しかし、探しても探しても答えは見つからなかった。
この世界は、確かに乙女ゲームと同じ世界だ。前世では確かにゲームだった。しかし、今の私にとってこの世界は現実だ。
セーブロードがなく、やり直すことなんて出来ない現実。
ジェットは消えてしまったが、彼との思い出はずっと残っている。
(ジェットはまだ私の傍にいてくれたりするのかな……)
ジェットの人形も5号になった。赤い瞳はキラキラと輝いていて、彼の言葉を思い出す。
『可愛くなぁ~いっ! ボクはもっとキュートだよ』
今でも彼の声が聞こえてきそうだ。
これからゲーム本編であるプロローグが始まる。
プロローグはヒロインが校門に入る所から始まり、入学式、クラスで自己紹介が行われるのだ。
その入学式の開会の挨拶がされ、来賓の挨拶や学園長の長い話を私は聞き流す。
この入学式には私が8年間、心待ちにしていたイベントがあった。
それは──
『在校生代表挨拶、シヴァルラス・ヘリオライト』
(シヴァルラス様の代表挨拶来た~~~~~~~~~っ!)
このプロローグには各攻略キャラの
壇上に上がる青年の姿を見て、新入生達が息を呑むのが分かる。
金糸のように柔らかく真っすぐに伸びた髪、白い肌に夕焼けのような優しい色をした瞳はとても優しい眼差しをしている。
(ああ、最推しの代表挨拶を生で聞けるなんて……! 瞬きしてる! 少し緊張してるのかしら、表情が少し硬い! ああ、ゲームにはない表情差分ばかりで私は彼の一瞬一瞬を逐一保存したい! 私の脳に! 焼き付けたい! なぜできない私!)
公式(本人)からの供給過多に私はいっぱいいっぱいになっていると、隣から嘆くようなため息が聞こえた。
「本当、大好きだなお前」
ヴィンセントの呆れた声に私は淑女の微笑みを返す。
「ええ、だって私の憧れですから」
このスチルを見るためにプロローグを飛ばさずに見ていたのだ。(しかし、見たらスキップする)
私は目も耳も幸せになっていると、ふと思い出した。
(そういえば……)
ヴィンセントもこのプロローグで彼専用の1枚絵が用意されている。
それは新入生挨拶だ。この新入生挨拶は試験の成績最優秀者が選ばれる。ゲームではヴィンセントは試験1位であり、私は2位。この結果を事前に知っていたので、私は「頑張ればヴィンセントを抜かして1位になれるのでは?」と思い、さらなる高みへ行くために勉強を頑張ったのだがダメだった。
(漫画や小説にあるシナリオを変える展開ってちょっと興味あったんだけどなぁ~)
シヴァルラスが挨拶を終え、私はヴィンセントに目を向ける。
私の視線に気づいた彼は、眉間に皺を寄せて私を見下ろした。
「なんだよ……」
「新入生代表は、ヴィンセント様ですよね? 頑張ってください」
私が激励をすると、彼は少し驚いたように目を見開いた。
「は……?」
「は?って、恥ずかしがらなくて大丈夫ですよ? 私は分かってますから! 緊張してしまったら、みんなをジャガイモだと思うんですよ!」
彼が眉間に皺を寄せていたのは、きっと緊張しているのだろう。私が「それか手に人という字を……」と前世のおまじないを伝えようとした時だった。
「オレじゃない」
「はい?」
「新入生代表はオレじゃない。オレはお前かと思っていた」
「──え?」
おかしい。プロローグはルート関係ないはずだ。ヴィンセントでなければ、一体誰がやるのだ。
シヴァルラスが壇上を降り、私は壇上に目を向ける。
『新入生代表挨拶──』
アナウンスが聞こえ、私は呼ばれた名前に耳を疑った。
「──はい」
落ち着きのある声が講堂中に響く。
その人物は柔らかな金髪を揺らし、私の横を通りぬけた。
壇上に上がり、その人物の顔が露わになる。
ややつり目の赤い瞳、雪のように白い肌。癖のある柔らかい金髪は片側だけ編み込みがされ、1つに括っている。
それは私が知らない人物であり、私がよく知っている人物。
本編には立ち絵もなく、名前もない。
プロローグに登場するはずがない人物。
「───友との友好を深め、また切磋琢磨し、充実した学生生活を送りたいと思います。新入生代表──」
センチメンタル・マジックの隠し攻略キャラにして、私を破滅へ導く者。
「──ジェット・アンバー」
──本編の黒幕である。
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