02 幼馴染とのデート
私はテンションを2割ほど落として、ヴィンセントと共に街に来ていた。
「そんなに落ち込むな。しょうがないだろ……ジェットの家族が来るならシヴァ兄も顔を出す必要がある」
「ううっ……そうですよね……」
つい昨日、城から連絡があり、ジェットの家族がこの国に来る事になったらしい。
ジェットの家族、つまり王族だ。そうなれば必然的にシヴァルラスはもてなしの為に城に戻らなければならない。
今日の朝、ヴィンセントがいくら食べてもピーマンが消えなかったのは、買い物に行けなくなったことへのささやかな八つ当たりだったようだ。
「でも、なんで急に家族が?」
「そりゃ、お前……あんな問題児を他所の国に預けてたら気が気でないだろう……オレがアイツの親だったら首輪をつけてでも連れて帰るぞ」
彼は確かに成績優秀だが、入学してしばらくは珍騒動を繰り返し起こしていた。さらに事故ちゅー事件でシヴァルラスに豪快な野次を飛ばし、貴族の子息をいじり倒して、授業はロクに話を聞いてない。職員室では誰がジェット・アンバーの視線を長く黒板に向けさせられるかを競っているらしい。
(まあ、聞かなくてもできちゃうような秀才だからしょうがないけど……)
正直、ジェットはなんのために遊学に来たんだと思ってしまう。本当にあの2年間が暇すぎてこの学園に入学したのだろうか。少しは猫を被るかと思ったら、今までと変わらずいじめ紛いな悪戯が大好きなようだった。
私に悪魔だと偽っていた6年を思い出し、私は遠い目をする。
「確かに、彼はやんちゃですよね」
「やんちゃで済ましていいのか、あれを……」
1番手を焼いているヴィンセントからしたら、手のかかる子どもを得た気分だろう。昔の私も似たような立場だったのでよく分かる。
「ところで、お土産の目星はついているんですか?」
「そうだな。菓子が一番無難かと思うんだが……屋敷でも食べているだろうしな」
手土産と言っても学園と彼の屋敷までそんなに距離があるわけではない。それに彼の家は公爵家だ。お菓子も美味しいものを食べているだろう。
「だから、その場で考えてもいいかなとは思ったんだが……」
「行き当たりばったりも考え物ですよ?」
私がそういうと、ヴィンセントはバツが悪そうに赤い頭を掻いた。
「そういうお前は、8歳の頃何が欲しかった?」
「私ですか? 確かおと……いや、ゲームブックです」
思わず、乙女ゲームという単語が出そうになって、私はわざとらしく咳払いをする。
当時、前世の記憶が戻りたてで「ゲームやりたい」という呟きを誰かが聞いたらしく、ゲームブックを与えられたことがある。
違う、そうじゃないんだと当時の私は頭を抱えたが、よくジェットとそれで遊んでいた。
ヴィンセントは私がゲームブックを欲しがったのを意外だったらしく、目を丸くする。
「8歳でか?」
「はい、絵本とか好きだったので。楽しかったですよ」
ゲームブックは前世でいうなら、サウンドノベライズというゲームに近い。読者が主人公の立ち位置になり、時折出てくる選択肢を選んで物語を進めていくのだ。これが意外にも面白く、ジェットと2人であーでもない、こうでもないと言い合っていた。
ヴィンセントは口元に手を当てて、少し考えるように唸った。
「それだけじゃ物足りないから、小さなものでもつけておくか……」
「それこそ、お菓子でいいのではないですか? キャンディーなら日持ちもしますよ?」
「そうだな、それにしよう。まずは書店に……」
彼が足を止め、青い瞳が一点を見つめていた。背の高いヴィンセントからでは見えるものも小柄な私からでは全く見えない。
「どうしたんですか?」
私が一生懸命背伸びすると、人のごみの間から見慣れたプラチナブロンドの髪が目に入った。
その人物は店の前でそわそわと落ち着きなく行ったり来たりを繰り返しており、明らかに挙動不審だった。
「ブルース?」
ヴィンセントが声をかけると、びくりと肩が小さく飛び跳ねた。
「ヴィ、ヴィンセント様っ⁉ そ、それにクリスティーナ嬢もっ⁉」
私達が街にいたのが相当意外だったのだろう。空色の瞳を真ん丸にして私とヴィンセントを交互に見つめる。
「え、えぇっ? ど、ど、どうしてこんなところにっ⁉ 貴方達、大貴族でしょ⁉」
まあ、私はともかくヴィンセントは王族と親戚関係なので自ら街に出て買い物をするのは珍しいかもしれない。これでシヴァルラスがいたら、目をかっ開くだけでなく、口も閉じられなくなるだろう。
「それはそのままそっくり返してやろう。お前こそ、挙動不審過ぎて悪目立ちしてるぞ?」
「いや、それは……その……」
彼がいたのは可愛らしい外装をした雑貨屋で、窓際には可愛らしい手作りの小物が並んでいた。男性が入るには勇気がいる店だが、彼の性格なら飄々と店内に入っていけそうだ。それなのに入り口で立ち止まっているなんて少し意外である。
「ブルース様、ずいぶん可愛らしいお店を見ていたのですね。女性へのプレゼントでも見てたのですか?」
「あ、あっと、えーっと、そのっ、ベつに、オレがこんな可愛い店を、見てる……わけ、ないじゃないですか……あははははっ!」
恥ずかしそうにしているわけでもなく、彼はしどろもどろに言葉を並べている。
(なんか怪しい……)
私がヴィンセントを見上げると彼も同じことを考えていたのか目が合うと2人で頷いた。
「それじゃ、オレはここでっ!」
ブルースが颯爽と逃げようとしたところを──私とヴィンセントは捕まえた。
「へっ……?」
「ちょうど良かったですね、ヴィンセント様」
「ああ、まったくもってちょうどいい」
「──えっ⁉」
がしっと2人でブルースの腕を組むように拘束すると、状況がよく分かっていないブルースは私達を交互に見やった。
「な、何をッ⁉」
「ちょうど妹への手土産を探しててな……お前の女タラシが役に立つ。手伝え」
「名案ですね。ちょうどそこに可愛らしい雑貨店もあることですしね」
「えぇええええっ⁉ ちょっ、まっ⁉ 待ってください、ここはダメです!」
ブルースの言葉を無視して引きずるように店内へ入ろうとすると、ブルースの顔が一気に青ざめた。
「うわっ、やばっ!」
ブルースの声がしたかと思うと、私の身体がふんわりと浮いた。
「えっ?」
「ん?」
気づけば私はブルースに小脇で抱えられており、反対側ではヴィンセントも同じように抱えられていた。わけもわからず互いに顔を見合わせてしまう。
「お二人とも、ちょっと失礼!」
ブルースお得意の身体強化で軽々と抱えられた私達は路地に連れて行かれ、店の入り口が見えるところで下ろされた。
「おい、ブルース……」
ヴィンセントが呆れたように呼ぶと、ブルースは「しーっ」と人差し指を立てた。
からんっ! からんっ!
ドアベルの音が聞こえ、店からまたもや見慣れた顔が2つ現れた。
「さっき、ブルースの声が聞こえたような……」
「さすがにアイツも付いてこないだろ」
店から出てきたのは、イヴとグレイムだった。
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