03 協力者

「えっ⁉」


 私とぎょっとしてブルースを見上げると、ヴィンセントは私を隠すように後ろに下げる。

 まるで「ママー、あれなにー?」という子どもに母親が「見ちゃいけません」と隠すような仕草だった。


「おい、お前……まさかとは思うが……」

「いやいやいやっ! 言っときますけど、オレはストーカーとかじゃないですよ!」


 それでもヴィンセントが不審者を見るような目をやり、ブルースは平静を装うように咳払いをした。


「オ、オレは可愛い義妹いもうとがデートするっていうから……そ、その、見守り……あ、そうっ! 見守ってるだけですっ!」

「ストーカーは皆同じ事をいうんだよ……まあ、堂々と人の婚約者候補を追いかけ回してこれ見よがしに隣の席を陣取る悪魔みたいな男もいるがな」


 例えストーカー認識でもあの悪魔ジェットが『それほどでも~』と照れながら言っている姿が目に浮かぶ。


「あれと一緒にしないでくださいよ……あっ!」


 イヴ達が移動するのを見て追いかける彼の首根っこをヴィンセントが捕らえた。


「な、なんで止めるんですか!」

「むしろ、なんで止められないと思った?」


 いくらさっきの言葉が本当だとしても、イヴの義兄だとしても干渉しすぎだろうと私も苦笑を浮かべてしまう。それに彼はグレイムルートにおける当て馬だ。彼が2人のデートを邪魔するのは目に見えている。


「仮にも大貴族、それも学園の成績上位者が不審者紛いな行動をしているなら、学園に通報されるぞ?」

「ゔっ! オレがラピスラズリ家に生まれたばかりに!」


 ブルースは渋い顔をして、遠ざかるイヴとグレイムの後ろ姿を恨めしそうに見つめた。


「まあ、仮にお前が言っていることが本当だとして、なぜアイツらを見守っているんだ?」

「そ、それは…………」


 彼は言い淀みながら、空色の瞳を気まずそうに宙に彷徨さまよわせる。私とヴィンセントの視線が痛いほど突き刺さるのが耐えられなくなったのか、彼は観念したように両手を上げる。


「分かりましたよ……白状すると、オレは義妹とグレイムの仲を応援してるんです」

「…………?」


 2人を応援している? あのブルースが?


 隣にいるヴィンセントを見上げれば、信じられないという感情がありありと顔に出ていた。彼は一度額に手を置いた後、青い瞳が再びブルースを映した。


「すまん、幻聴が聞こえたようだ。あのお前が、他人の仲を取り持つと聞こえたんだが?」

「辛辣ッ! オレだって友達や家族を大事にしますよ!」


 酷い言いようだが、私も同意見だ。あのお調子者の女好きが他人の仲を取り持つなんて考えられない。

 ブルースは胸ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。


「ここじゃあれなんで、場所を変えましょう。そろそろ、2人もカフェに入るだろうし……」

「おい、なんでお前がそんな事まで把握してんだ?」


 ヴィンセントが「いくらなんでも気持ち悪いぞ」と目で訴えると、ブルースは肩をすくませた。


「なんでって、このデートのスケジュール作ったのは、オレなんで」

「「は?」」


 私とヴィンセントが声を揃えた瞬間だった。

 ブルースに連れられて入ったのは2階建てのカフェだ。吹き抜けになっていて私たちは2階の窓側の席に通された。


「何から話せばいいですかね……」


 ブルースはいつになく真剣な顔をして、顔の前に手を組んだ。

 私は注文したメロンソーダフロートのさくらんぼを取ると、ヴィンセントのソーサーに勝手に乗せる。


「お二人は、イヴとグレイムが幼馴染だってご存じですか?」

「ああ、同じ孤児院の出らしいな」


 ヴィンセントの言葉に私も頷くと、ブルースは「なら、話がしやすい」と安堵を漏らした。


「イヴが孤児院を出た時に、2人は喧嘩別れをしてるんですよ。今は和解しましたが、学園は貴族社会の縮小版でしょう? 昔の友達みたいな事ができないから、学園の外なら周りを気にせず過ごせるだろうってオレが提案したんです」


 なるほど、と私は心の中で頷く。確かに学園では男女が2人きりでいると、すぐに噂になってしまう。特に令嬢達は恋愛話というのが大好きだ。娯楽がまだ少ないこの世界では、噂話は格好の話のネタだ。


(でも、なんでブルースが2人の仲を取り持つのよ?)


 私はスプーンでバニラを掬って口に運ぶ。この世界のアイスもなかなか美味しい。

 視線を感じて見上げるとヴィンセントの青い瞳と目が合うが、彼はすぐに目を逸らしてブラックコーヒーを手に取る。


「何故、お前がそこまでする必要があるんだ? いくらシスコンでも過保護すぎるぞ」


 ヴィンセントは私が聞きたかった質問をブルースに投げかけてくれる。ブルースは空色の瞳を半目にして「貴方がいいます、それ?」とぼやくが、ヴィンセントが口をへの字に曲げたのを見て、わざとらしく咳払いをする。


「あー、家の弱味を話すようで気が引けるんですけど、2人が喧嘩別れをした理由ってうちの家のせいなんですよね……」

「お前の家のせい?」

「うちの親父が、彼女を引き取る時に多額の寄付金を孤児院に渡してるんです」


 ヴィンセントが目を丸くして驚いているが、私は「あー、そういうばそうだったな」とアイスクリームの山を崩した。


「なんだそれは……孤児を引き取る上に、寄付金を?」

「ええ、親父は理由を教えてくれませんでしたけどね。なんでも孤児院が潰れる寸前だったらしくて、イヴが交渉したらしいです」


 それで孤児院の子どもたちの生活が少しでも楽になるならと断腸の思いで交渉を持ち出したのだ。ブルース曰く、今も定期的に寄付金を渡しているらしい。喧嘩の発端はイヴが養子に入る理由をグレイムが知ったことからだった。


『身売りみてぇな事すんな! もっと自分を大切にしろ!』


 私は口の中に広がる甘さを感じながらゲームのグレイムのセリフを思い出し、思わずため息を漏らしそうになる。


(あのシーンよかったなぁ……)


 グレイムのキャラクターデザインこそは好みではなかったが、エンディングを迎えた頃には幼馴染2人の尊さに悶え死んだ記憶がある。


 ブルースはアイスティーの氷をストローで混ぜながらため息を漏らした。


「だから、ちょっと罪滅ぼしっていうか……可愛い女の子の悩みを放っておけないっていうか。仲を修復してあげたいなって思ったんですよ」


 ブルースらしいといえばブルースらしい考え方だ。彼は「だから、決してシスコンじゃないです」と謎の念押しをした。

 しかし、私は内心で首を捻った。

 そもそもブルースとグレイムは互いに嫌い合ってなかったか?


「でも、そんな事があったのに、ブルース様が計画したデートにグレイムが賛同したのですか?」


 グレイムの性格上、素直に受け入れるとは思えない。もしや、イヴに進行を任せているのだろうか。それを聞くと、ブルースの晴れ渡るような空色の瞳が急に曇り出し、彼は大げさに頭を抱えた。


「ええ、あの悪魔みたいな男に振り回されたおかげで……すっかり意気投合しまして……」

(ジェットォーっ!)


 どうやら私の見えない所であの悪魔は相当暴れまくっているらしい。ヴィンセントも同情したのか、コーヒーについていたクッキーをブルースにそっと差し出していた


「……まあ、そんな感じで2人の仲を取り持っているんですけど、できればグレイムには、イヴをうちの家から連れ出して欲しいんですよね……」

(連れ出す?)


 私はそれを聞いてアイスを崩す手を止め、彼を見るとブルースはニコニコしながら私を真っすぐ見つめていた。


「なんかグレイムとイヴはいい感じだし。そのままくっついてくれたら、友人としても嬉しいなってね」


 はにかんだように笑って見せたブルースに、私は握っていたスプーンを落としそうになった。


(な、なんだとーーーーーーーーっ!)


 ブルースがデートの計画を練ったと聞いた時から薄々感じていたが、まさかブルースはグレイムルートを応援するつもりなのか。


(待ってまって、それは不味い! 相当不味い!)


 当て馬となるはずのブルースが味方になってしまったら、このままイヴはエンディングへ直行になる。シヴァルラスはただでさえ学年が離れて不利だというのに。


「ブルース様……それは本気ですか?」


 私が内心を悟られぬように淑女の顔を貼り付けると、ブルースは苦笑する。


「実は、イヴとグレイムの一件とは別に、うちの家がちょーっと面倒な事になってまして……オレ、卒業後に家出を考えています」

(家出……? ちょっと、そんな事を私達に言っちゃっていいわけ?)


 私は内心半目になりながら、パステルグリーンに変わりつつあるメロンソーダを飲む。

 ヴィンセントはともかく、私の家はブルースの家と仲がよろしくない。敵対しているわけではないが、仲がよくない家の娘にそんな暴露をしていのだろうか。それに、彼はラピスラズリ家の跡取りなのだ。


「今、ちょーっときな臭い事情を抱えてるみたいなんですよねぇ、うちの親父。だから、面倒な事になる前に出てってやろうと思いまして」

「お前な……いくらなんでも気軽に話していい内容じゃないぞ?」


 ヴィンセントが窘めるように言うと、ブルースは静かに首を振った。


「いやいや、確かに冗談みたいに聞こえるかもしれないですけど、オレは本気ですよ? それにオレが家を出て行って、もし何かあったらヴィンセント様とシヴァルラス様にはグレイムとイヴを保護して欲しいんですよ。あ、クリスティーナ嬢。我が家の弱味を高額で買ってくれません? 家出の資金にするんで」


 てへっと舌を出して親指と人差し指で丸と作って見せる。ふざけて言っているように見えるが、むしろ強かと言っていい姿勢だ。これはもう開き直っている。ブルースは普段こそはおちゃらけた男だが、ここぞという所で活躍する肝が据わった男だ。


(そういえば、ブルースルートはエンディングで駆け落ちをするんだっけ?)


 私とヴィンセントにそんな事を話すシーンはなかったが、もしかしたらゲーム本編の舞台裏でこんなやり取りがあったのかもしれない。私はストローから口を離すと、短く嘆息を漏らした。


「残念ですけど、私はおろか、お父様もお兄様も他人の弱味なんて毛ほども興味がありませんよ?」

「それは残念。そういえばセレスチアル家は権力にあまり興味がありませんでしたね」


 彼はそう言ってわざとらしく肩をすくませてみせると、テーブルの上にあった伝票をもって立ち上がった。


「誤解も解けたし、何かあった時はよろしくです。あと、会計はオレが持ちますね」

「あ、おい……」


 ヴィンセントが呼び止めようとした時、階段を下りかけたブルースが「ああ、そういえば」とこちらに振り返った。


「そんなわけで、クリスティーナ嬢。うちのイヴはんで、安心してくださいね」

「───っ!」


 わずかに浮かんでいたアイスが音を立てずに崩れ、メロンソーダに沈んでいった。

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