04 見守るのがオタクのお仕事



「クリスティーナ、今日は付き合ってくれてありがとう。助かった」

「いえ、無事にお土産が決まってよかったです」


 ブルースと別れた後、ヴィンセントと私は買い物を済まし、帰路についていた。彼の妹が楽しめそうなゲームブックと美味しそうなキャンディーを見つけ、あとは2人で気になる店に入っていたのだが、正直私の心はそれどころではなかった。



(まさか、ブルースがグレイムルートの手助けをしているなんて……)



 通りでイヴとグレイムの仲直りが早かったわけだ。恋敵となる相手がいない上に、あのブルースが協力的であれば進展は早いのも頷ける。


(おまけに『うちのイヴはシヴァルラス様に全然興味がない』ですって⁉ そりゃ、そうでしょうね! ゲームにないデートまでやってたらシヴァルラス様なんて眼中にないでしょうね!)


 本人にそんな自覚はなかっただろうが、盛大に喧嘩を売られた気分だ。こうなったら私も作戦を立て直さねば。


「クリスティーナ」


 不意に名前を呼ばれ、私は顔をあげる。すると、目の前に小さな紙袋を突き出された。私の手に平にすっぽり収まる小さな袋に私は目を瞬くと、ヴィンセントがぶっきらぼうに「やる」と短く口にする。


「え?」

「今日の礼だ。大したものじゃないけどな」


 ヴィンセントの顔と紙袋を交互に見やると、彼の口がへの字に曲がったので私はさっさと紙袋を受け取る。


「開けても?」

「いいぞ」


 私が紙袋を開けると、クローバー型のブローチのようなもの1つ入っていた。しかし、それには針がついていない代わりに紐を通すような穴があった。


「なんですか……これ?」

「リボンに通して使う髪飾りだ。お前はよく髪を結うからな。リボンもたくさん持っているが、こういう飾りはないだろう?」

「よく見てますね」


 少し意外だ。彼は優しいがそういう気配りが苦手というか人が持っているものまで覚えているタイプではないと思っていた。


 彼は赤い髪を掻きながら「当たり前だろう」と不機嫌そうに青い瞳を半分にする。



「何年の付き合いだと思っているんだ? 人生の半分はお前と一緒にいるんだぞ?」

「ふふっ……そうですね。でも……」



 私は少し切ない気持ちを抱えながら、その髪飾りを見下ろした。

 いずれ解消されることが決まっていても私は婚約者候補。友人とはいえ異性から、それも身につける物は受け取れない。幼い頃に彼からもらった髪飾りも婚約者候補として名が挙がった時に宝箱に保管してしまった。プレゼントを突き返すなんて、心無いことだと分かっているが、これは私のけじめだ。


「すみません、ヴィンセント様。さすがにこれは…………」


 私がそう口にした時、彼はもう1つの紙袋を突き出した。


「え……?」

「なんだと思う?」


 彼はそう言って不敵に笑って見せる。持って回った言い方に私は少し考えてみるも、それが何かと問われても答えが見つからない。


(何だろう……? ヴィンセントだって従兄弟の婚約者候補に髪飾りを安易に贈るわけないし……実はあれはフェイクだったとか?)


 いや、さすがの彼もそこまで用意周到ではないはず。


「分かりません、降参です」


 結局答えが出ずに私は曖昧な笑みを浮かべて両手をあげると、彼はその紙袋を私の真上に掲げた。


「シヴァ兄からお前へのプレゼントだ」

「くださいっ!」


 私は飛び跳ねてプレゼントに向かって手を伸ばすが、私より遥かに背が高いヴィンセントが持っているのだ。私がジャンプしても届くはずがない、さすが電柱だ。身体強化をすれば届くだろうが、街中で魔法を使うのはご遠慮したい。


「ちょっと、ヴィンセント様! なんで意地悪するんですかっ! それ、私のなんでしょ!」


 あろうことか、ヴィンセントは飛び跳ねる私の頭を押さえつけてきた。彼の青い瞳が高いところから私を見下ろす。


「じゃあ、受け取るか?」

「はい?」

「オレのプレゼント、受け取るか?」

(コイツっ!)


 私が髪飾りを受け取れない事を分かってて先に出したな。人のプレゼントを盾にするなんて、なんて奴だ。ヴィンセントのくせに考えたな。



 推しからのプレゼントを取るか、それとも淑女の矜持を捨てるか。



「うぐぐぐ……分かりましたーっ! 受け取りますーっ!」



 ミーハーな私は推しからのプレゼントを取った。そもそも、私は婚約者に選ばれないのだ。もしそれが正式に決まれば、もう2度と推しからプレゼントなんてもらえないだろう。だから、私の決断は間違ってない。

 ヴィンセントは「よろしい」と少し満足げに言うと紙袋を差し出した。私は飛びつくように受け取ると、嬉しさのあまりに淑女の顔が出来なくなる。


「ヴィンセント様の前ですが開けていいですか!」

「……いいぞ。むしろ、開けてくれ」

「ありがとうございます!」


 ウキウキしながら私が紙袋を開ける横で、ため息交じりに「敵わないなぁ……」と呟く声が聞こえた。


「どうしました?」


 私が見上げると、ヴィンセントは「いいから、さっさと開けろ」と口をへの字に曲げてしまった。私は不思議に思いながらも紙袋の中を覗き込んだ。


「ん……こ、これは!」


 私は中身を見て、目を見開く。


「シヴァルラス様の、直筆の手紙!」

「いや、手紙なんだから直筆なのは当たり前だろ」


 ヴィンセントの冷静なツッコミはさておき、推しから手紙をもらえるなんて家宝ものだ。これは宝箱にしまっておかねば。

 手紙は意外にも短く「直接渡せなくて申し訳ない。ヴィンセントの物と一緒に使ってほしい」と書かれていた。


 手紙と共に添えられていたのは、ワンポイントでクローバーの刺繍が入った赤いリボン。さらには私の名前まで入っている。


(ん? 一緒に使って……ってことは)


 私は剣呑な目でヴィンセントを見上げると、彼はふっと笑って見せる。


「どうした?」

「どうした、じゃないです! ヴィンセント様、これシヴァルラス様と前から用意していたんでしょ!」


 なんて人が悪い。前々から用意をしておいたもので、人の心を弄ぶなんて紳士の風上にも置けない。


「ああ、学園ではうるさい奴がいるからな……しかし……」


 彼は考えるように口元に手をやって、私を見下ろした。


「こうしてみると、確かにジェットの奴が他人をからかって遊ぶ気持ちが分かるな……」

「そこは共感しなくていいです!」

「すまんすまん」


 そう謝りながらも彼は笑っており、私はわざとらしく頬を膨らませてそっぽを向いた。

 彼までジェットに感化されてしまったらたまらない。私が怒ったように振舞ってもヴィンセントは何か微笑ましいものを見るように笑っているのが腑に落ちない。


「ヴィンセント様?」


 私が今度こそ淑女の顔を捨てて、声を低くすると彼はようやく笑うのをやめる。


「ああ、本当にすまん。でも……」


 彼は短く息を漏らすと、口元を少し緩ませた。


「前にも言ったが、お前を心配していたんだ。お前は何でもため込みやすいからな……もっと素直になってオレやシヴァ兄に相談していいんだぞ?」


 こちらを見下ろす目は彼が妹の世話をしている時のように優しく、低い声も柔らかく感じる。私は少し驚きつつも、なんだか胸の奥にこそばゆさを覚えた。実兄のクォーツは私の事を甘やかすことは上手だが人の気持ちを汲もうとする繊細さはない。だからだろうか、ヴィンセントやシヴァルラスにこうやって心配されると、慣れていないからか少し恥ずかしいようなもどかしさがある。


「何を言ってるんですか、私は完璧な淑女ですよ? ため込んでいるものなんてないです」


 私はそう言って淑女の顔を作るが、少し自信がない。自分はちゃんと淑女の顔をしているだろうか。


 彼は「お前はそういうヤツだよな」と諦めが含んだ笑みを浮かべ、足を進めた。


「そういえば、ジェットのヤツに土産を買ってないなぁ……土産の1つでも買っていかないと機嫌が悪くなりそうだ」


 唐突にヴィンセントが話題を振るが、それが弟妹の話に聞こえて私はおかしくなる。


「散々ごねてましたからね。城に行きたくないって」


『クリスとデートなんてズルいっ! ボクだってしたことないのにっ!』


 言われてみれば、6年も一緒に過ごして彼と買い物に出かけたことはない。シヴァルラスやヴィンセントと街に出かけたりしていたのは12歳過ぎてから。その頃にはジェットも公務で忙しかったのか、顔を出す回数も減っていた。


(何か買っていってあげようかしら……でも……)


 彼は何が好きなんだろうか。長く一緒にいるがクッキー以外に彼の好きなものが思い浮かばない。


「彼へのお土産選びは難しそうですね」

「クッキーでいいだろ。アイツは甘いものが好きだからな。ちょうど、そこにお菓子屋が……」


 彼がそう言いかけたと思うと足を止めてしまい、私も足を止めて彼の視線の先に目を向ける。

 そこには物陰から体を半分出している男の後ろ姿が見えた。

 ヴィンセントの眉間に皺が刻み込まれ、訝し気に口を開く。


「ブルース?」


 そうヴィンセントが声を掛けると、物陰から体を半分出していた人物、ブルースが肩をびくっと震わせてこちらに振り向いた。


「えぇっ⁉ なんで御二人がここに⁉」


 私とヴィンセントは「まだやってたのか」と呆れてしまう。


「それはこっちのセリフだ」


 あれからもう数時間経っているが、まさかずっと彼女達を追っていたのだろうか。

 私も彼が覗いている先に視線を向けると、お菓子屋さんの中に案の定イヴとグレイムの姿があった。


「お前、こんな事してて疲れないか? というか、悲しくならないか……?」


 もう夕暮れだ。彼は半日以上彼女達の様子を見守っていたのだろう。なんて執念というか、野次馬根性だ。


 ヴィンセントが憐みの目でブルースを見ると、彼は鬱陶しそうに手で払うような仕草をする。


「オレは放っておいてくだって結構ですので、御二人はデートに戻ってくださいよ!」

「へ?」


 デート?


 私が頭に疑問符を浮かべていると、ヴィンセントの腕が素早くブルースの首を捉えた。


「デートじゃねぇよ……っ! ぶん殴るぞ……っ!」

「痛い痛い痛い! ギブギブギブ!」


 ギリギリと首を絞められてブルースは必死に藻掻くが、彼はブルースを放さなかった。


「不用意な事を言えば、ストーカー疑惑をあの悪魔に言いふらしてやるからな……」


 酷く恨みを込めた声でヴィンセントが最大級の脅しをかけ、あくどい笑みを浮かべる。


「楽しみだなぁー……どんな風にいじられて、どんな風になじられるんだろうなー……あの悪魔の嬉々とした顔が目に浮かぶ……」

「か、勘弁してくださいよぉ!」


 ようやく解放されたブルースは首を擦りながらヴィンセントを睨み付けた。


「ホント、容赦ないんですから……照れ隠しもほどほどにしないと、好きな子に逃げられますよ!」

「大きなお世話だ。シスコンストーカー」

「ひどいっ!」


 あまりにも的確過ぎる暴言に私は何も擁護することはできない。しかし、デートと思われるのは心外だ。私はただ彼の買い物に付き合っているだけだというのに。それに本当だったらシヴァルラスとジェットもいたはずだったのに。


 ヴィンセントは未だに不審者を見るような目でブルースを見下ろしていた。


「過保護過ぎると嫌われるぞ?」

「イヴとオレには運命も凌駕する強固な絆があるんでご心配なく」

「ほう……」


 やけに自信満々だ。ブルースにそう言わせるまでの信頼関係ができているなら、なぜ恋に発展しなかったのだろうかと私は首を傾げる。


「ブルース様はどうしてイヴ様をそんなに心配なさるんですか?」


 私は純粋な質問を投げかけると、ブルースは「え……」と信じられないという顔をして空色の瞳を見開いた。


「どうしてって、御二人は分からないんですか? イヴってほら……典型的なダメな子じゃないですか」

(あ~、なるほどー)


 私は納得して思わずヴィンセントを見上げてしまうと、彼は不機嫌そうに私を見下ろした。


「何故、オレを見る……クリスティーナ?」

「いえ……ちょっと思い当たる節があるもので……」


 ダメな子ほど愛おしい。そんな言葉をどこかで聞いたことがある気がする。イヴは強い魔力を暴走させ、よくドジを踏む。性格は柔和で温厚。家庭的な趣味を持つ典型的なヒロイン。攻略対象のヒーロー達にはひどく庇護力を掻き立てるのだろう。


「イヴは昔からよくドジを踏むし、頭の中はお花畑だし……オレが見てないとダメというか、何をしだすか分からないというか……ヴィンセント様なら分かってくれますよね⁉」

「あ?」

「ダメな子ほど愛おしいって言うじゃないですか! ヴィンセント様だって結構世話焼きな性格なんですから、うちのイヴだって世話焼きたくなるでしょ! 世話を焼いたっていいんですよ!」


 言われてみれば、ヴィンセントも結構世話を焼くタイプだ。問題行動ばかり起こすジェットを文句言いながらも付き合っているのがいい例だ。

 彼は不機嫌そうに青い瞳を光らせた。


「手のかかる赤い目は1人で十分だよ、バカ野郎」

「ですよね!」


 ジェットはイヴとはまた違った手のかかるタイプだ。彼と比べたらイヴはまだマシなほうだろう。


(確かヴィンセントはイヴの強い魔力が気になって近づくんだっけ?)


 シヴァルラスルートの彼と今の彼では随分印象が変わってしまい、正直イヴに近づく理由が違うのではないかと勘くぐってしまう。


(いや、まさかね…………)


 私の考察が当たっていたなら、ヴィンセントルートをやらなかった前世の私の頭を後ろからひっぱたきたい。


 ガランガランと乾いた音が鳴り響いた。


 お菓子屋からグレイムとイヴが出てきたのを見て、ブルースが「じゃっ! また学園で」と軽く手を振ってイヴ達のストーキングを再開し出した。

 ヴィンセントは再度呆れたようにため息を漏らした。


「ホント、懲りないな……ん? クリスティーナ?」


 私はヴィンセントを置いて、ブルースの後を付いていく。正直、イベントにない事を彼女達はしているのだ。今後、彼女をシヴァルラスルートへ突き落す為に進行度を確認せねば。

 私がブルースのすぐ横に着くと、彼は空色の瞳をぎょっと見開いた。


「え、なんでいるんです⁉」

「女の子は人の恋愛事情が大好きなんですよ、ブルース様」


 私はそれらしいことを言って淑女の顔で答えると、彼は腑に落ちない顔をしつつも黙ってイヴ達に視線を戻した。


 私も彼女達を見ると、大きな紙袋を持って仲睦まじく歩いていた。


(うわ~、仲良いな……ん?)


 イヴの話を生返事していたグレイムがちらちらとイヴの空いている手を見ていた。まさかこれは。


(え、手を繋いじゃう? いけるのか、グレイム)


 おそるおそるイヴに手を伸ばすグレイムに私とブルースが物陰から身を乗り出す。


(よし、行けっ! 行くんだグレイム!)


 私の最推しはシヴァルラスだが、ついゲームをプレイしている時のように応援してしまう。いや、だって可愛いじゃないか。


 ゆっくり手を伸ばし、その手がイヴに届きそうになった時だった。


「きゃっ!」


 通りかかった店の立て看板が倒れイヴが声を上げたのに、グレイムが手を引っ込めてしまう。


「びっくりしたね、グレイム」

「ああ、そうだな」


 グレイムは引っ込めた手をポケットに突っ込み、再び何事もなかったように歩き出した。

 私はそれに苛立ちを覚え、息を吸い込んだ。


「そこは『ホントお前は危なっかしいな』って無理にでも手を繋ぐんでしょ‼」

「そうだそうだ! 不良のくせに怖気づいてんじゃねぇぞ!」


 互いにハッとして顔を見合わした。相手は空色の瞳を瞬かせて、私も目をぱちくりさせてしまう。


「え……クリスティーナ嬢……あいだぁっ!」


 ブルースが背後から誰かに蹴飛ばされ物陰から転がり出た。私はバッと振り返ると、ヴィンセントが眉間に深い皺を刻み、両腕を組んで立っていた。


「ヴィ……ヴィンセント様……」


 背後ではグレイムとイヴに見つかったブルースが適当に言い訳をしているのが聞こえるが、私は目の前にいる幼馴染から目が離せなかった。


「クリスティーナ……昔からお前は突拍子のないことをしだすことがあったが……ちょっとオレと話をしようか?」

「……はい」


 私は普段ジェットが受けているようなヴィンセントの小言を小一時間ほど受ける羽目になった。

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