六章 悪魔付き令嬢の仁義なき戦い
01 始まりの朝
学校が休みの朝は、とても穏やかだ。私は身支度を整えて寮の食堂に向かうと、寮生達は皆制服ではなく私服に身を包んで朝食を摂っていた。
そこで、私は見慣れた2人の下へ向かう。
「おはようございます、ヴィンセント様、ジェット様」
私がそう2人に声を掛けると、ジェットが天使のような笑みを浮かべて私に手を振る。
「おはよう、クリス」
朝食のコーンポタージュを嬉しそうに飲むジェットの横で、うんざりした顔で赤い髪を掻いているヴィンセントがいた。
「ああ、はよ……」
彼は朝が弱い方だが、今日はやけにテンションが低い。
目つきが悪い青い瞳には、その機嫌の悪さがありありと浮かんでいた。
「どうされたんですか?」
「ヴィンセント、ピーマンが食べられないみたいでさ。お子様だよね~」
彼の皿にはピーマンだけが残されており、行儀悪く指でテーブルを小突いていた。
「あら、珍しいですね」
ヴィンセントは強がりだ。苦手な食べ物は大体最初に探し出して食べてしまう。それなのに苦戦しているなんて。
「どこか体調が悪いんですか?」
「いや……体調が悪いわけじゃないんだが……今日のサラダはやけにピーマンが多いというか……食べても食べても減らなくてな……」
一体どうなってるんだと頭を抱えるヴィンセント。私は静かにジェットを見ると、朝陽よりも眩しい笑顔を私に向けていた。
(またヴィンセントをからかってるのね……)
私も昔、嫌いなニンジンを食べても食べても減らない呪いを掛けられて、家族に「嫌いなものも食べなさい」と謎のお叱りを受けた事がある。
ヴィンセントは一気にピーマンを口に入れると、スープで流し込んだ。
「まったく何故朝からこんな不運に……」
「お疲れ様です」
こればっかりは私も彼に同情する。元凶であるジェットが「ついてないね~」といけしゃあしゃあと言うのがちょっと腹立たしい。
私は2人の前に座って、クロワッサンをちぎっていた時だった。
「ねぇ、聞きました?」
「ええ、上級生の話でしょ? なんか目が覚めない病気だって」
そんなひそひそ話が聞こえ、私はクロワッサンをちぎる手を止めた。
(病気……)
2人を見上げると、ヴィンセントは呆れたようにため息をもらしていた。
「もう噂が広まってるのか……」
「まあ、1人だけならまだしもねぇ……」
先日、私とヴィンセントが保健室に運んだ生徒は未だに目が覚めていない。それだけでなく、またもう1人倒れたまま目が覚めない生徒が出てきたのだ。
(これって、きっと悪夢の箱イベントが始まりつつあるのよね。怖い……)
私やジェット達がゲームの主要人物でルート確定の前に悪夢に襲われるとは思えないが、少し怖いものがある。
(そもそも、悪夢ってどんな姿をしてるのかしら……)
ゲームではイラストが用意されてなく、黒い靄だけで表現されていた。どのルートも悪夢を倒してしまうので最後まで姿は見せないのだ。
(うーん、対策を練るには難しいわね……)
本編が始まるまでに私も悪夢について調べたこともあったが、全く情報が得られなかった。この国にはいない魔物なのだろうか。
「ねぇ、クリス」
考えている私にジェットがにんまりとした顔で声を掛けた。
「今日のクリスは気合が入ってるね」
「え? そうですか?」
今日の私はいつも以上におしゃれをしていない。ドレスではなくシャツブラウスと少し大人びた紺色のスカートにブーツ。普段着ているドレスや私服と比べると庶民染みている。
「うん、いかにもちょっと裕福な家の娘が頑張っておしゃれしています感が出ていて良い感じだと思うよ?」
「ふふ、ありがとうございます」
なんて言ったって、今日は推しと一緒に街へ出かけるのだ。過去に何度もシヴァルラスとヴィンセントと一緒にちょっとした変装をして出てかけた事があったが、また買い物に出られるのが嬉しい。
それに今日はジェットも一緒だ。
(昔はジェットの姿が見えなかったからあれだったけど、ジェットも一緒に買い物ができるなんて嬉しいな……なんだかんだ言って、ジェットと街に出るのって初めてよね!)
私はいつも以上に浮かれながら紅茶を飲んでいると、ヴィンセントとジェットが少し気まずそうに顔を見合わせていた。
「ねぇ、クリス。ちょっと残念な話があるんだけど」
「はい、なんですか?」
「実はシヴァルラス様とボク……一緒に買い物に行けないんだ」
「………………へ?」
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