10 分かりやすくて分かりにくいのがツンデレ



「クリスティーナ、お前は少しやり過ぎだ」


 私、クリスティーナ・セレスチアルは、放課後になぜか幼馴染ヴィンセントに怒られていた。


 私が昼休みにやっていたお人形さんごっこもとい、パーフェクトマナーレッスンが気に食わなかったらしい。


 あの後、彼女達を解放して、「シヴァルラス様と一緒にイヴ様を教室まで送るんですよ? 、分かりましたね?」と笑顔で脅し、その見張り役にジェットを任命した。


 初めは不服な顔をしていた彼だったが、5号を手渡して「いっぱい、脅していいわよ」と言ったところ、とびっきりのいい笑顔で応じてくれた。


 教室で合流すると「2~3日は5号の夢に魘されると思うよ」と言うほど、彼はいい仕事っぷりを発揮してくれたようだった。


 こういう時に悪魔の彼がいてくれると本当に助かる。私はいい友人を持った。


 今、ジェットは新たにブルースとグレイムという玩具を手に入れて、いじり倒しに先に教室を出て行ってしまっている。


 こうしてヴィンセントと2人でいるのは久しぶりかもしれない。


「まったく、シヴァ兄も心配してたぞ? お前が最近ストレスを抱えてないかって」

「あら、本当ですか!」


 推しが私の心配をしてくれているだと。私が内心で大喜びをしていると「なんでそんなに嬉しそうなんだ」とヴィンセントが小言を漏らした。


 そりゃ、憧れの推しが自分を心配してくれるなんて嬉しいに決まっているではないか。口には出さなかったが、淑女の顔が崩れてしまいそうになる。


 彼は呆れたようにため息をついた後、少し気恥ずかしそうに青い瞳を私に向けた。


「だから……気分転換も兼ねて、今度一緒に買い物に行かないか?」

「買い物ですか?」


 彼が買い物に誘ってくれるなんて珍しい。子どもの頃はよく一緒に買い物やピクニックをしに行ったが、最近では気軽にそういうこともできなくなっていた。大体、私をお茶に誘う時はシヴァルラスや自分の妹を理由に誘ってくるのだ。


 きっと今回もそうだろう。


「ああ、その……その……」


 私は彼がちゃんと誘ってくれるのを待つと、ヴィンセントは口をへの字に曲げた。


「今度、屋敷に帰るから妹へ何か手土産が欲しくてな……一緒に見繕ってくれると嬉しい……」


 いつもと似た誘い文句のはずなのに、彼はなぜか耳を赤くする。私はそれが可愛くて思わず笑ってしまう。


「もう、ヴィンセント様もいい年なんですから、ご自分で選んだものの方が彼女も喜んでくれますよ?」

「……シヴァ兄も来るぞ」

「行きますっ!」


 少し食い気味に返事をしてしまい、私はハッとする。

 すっかり淑女を忘れてしまい、またオタクの自分が前に出てしまった。


(まあ、相手はヴィンセントだし別にいいわよね)


 私は顔を上げると、彼の表情に少し驚く。

 ヴィンセントは嬉しそうな、それでいてなんだか寂しそうな顔をしていた。


「どうしたんですか、ヴィンセント様?」


 いつものように呆れ顔をされると思っていた私が首を傾げると、彼は小さくため息を漏らした。


「もし……仮の話なんだが……」

「はい?」

「まあ、なんというか……その……仮の話だから怒らないで聞いて欲しいんだが……」

「はぁ? 怒らないので大丈夫ですよ?」


 一体なんの話だろうか。彼の事だから、多少言葉は間違えても変な話ではないだろう。

 彼は少し言い難そうにしながら口を開いた。


「もし、オレが妹やシヴァ兄を理由に誘わなくても……お前はお茶や買い物に付き合ってくれるか?」


 怒らないで聞いて欲しいというくらいだから、もっと深刻な話かと思ったが、少し意外な言葉に私は拍子抜けしてしまう。


「ええ、もちろん」


 私がそう頷くと、彼はぎょっと目を見開いて私を見た。


「本当か⁉」

「え、ええ……何をそんなに驚くことですか?」


 男女が2人きりで出かけたり、お茶をしたりするのはデートで、さらに恋人じゃないかと噂されるが、私とヴィンセントだ。


 ヴィンセントは私の友人で、シヴァルラスの従兄弟。そして幼馴染なのだ。私がレッドスピネル家で彼の妹を含めてお茶をしていることだって、知っている人は知っている。今更彼にお茶や買い物に誘われてもおかしいと思う人はいないだろう。


 彼は青い瞳を真ん丸にさせていたかと思うと、落ち着きなく目を泳がし始めた。

 きっと内心で色んな事を考えているに違いない。本当に忙しい人だ。


「じゃ、じゃあ……その……今度の休み……」

「はい、3人でお土産を探しましょうね! あ、ジェット様も誘った方がいいかしら?」


 もしかしたら、「3人だけでズルい~っ!」とジェットが乱入してくるかもしれない。きっと彼も街には出た事はないだろうし、むしろ誘ってあげた方がいいだろう。

 私がそういうと、彼は遠い目をして腹の底から全てを絞り出したようなため息をつきだした。


 なんて失礼な奴だ。


「なんですか、そんな盛大なため息をついて……」

「いや……なんでもない……何でもないんだ……」


 気にしないでくれと言いながら彼は疲れ切った顔で額に手を当てていた。

 本当に大丈夫かと私が彼に顔を覗き込むと、彼は「うっ」と顔を歪め、私から1歩引いた。

 一体、私が何をしたと無言で訴えると、気まずそうに私から顔を逸らした。


「そ、その……次の休み……オレも楽しみにしている……」


 今日の彼の感情は全く読めないが、私はとりあえず頷くことにした。


「はい」

「寮に帰るか……下手に遅く帰ったらジェットの奴にまた茶化される」


 ヴィンセントはカバンを手にしてそう言い、私は彼の隣に並んだ。


「ヴィンセント様は本当にジェット様と仲がいいんですね」


 初めは少し不安だったが、ヴィンセントも優しい性格なので心配せずにジェットを任せられる。最近、クラスではジェットの保護者の立ち位置と認識されているようだった。ジェットは権力で物を言わせるタイプではないが、地位的にも性格的にも彼に物を申せるのはヴィンセントくらいだ。


「ああ、ホントお前みたいに昔からの親友みたいだよ……」


(実は2年前まであなたの近くにずっといたのよ、ヴィンセント)


 私は喉元まで出かかった言葉を押し込める。


「でも、2人の仲がとても羨ましいです」


(私も、女の子でそんなお友達が欲しい……)


 悪役令嬢がヒロインと親友になる物語はいくらでもある。しかし、前世の記憶が戻ったあの日、私は悪役令嬢としてイヴの壁になることを決意したのだ。友達にはなれない。それに、良い子なのだが、ちょっと変わっている。


 私の友達と言えばヴィンセントに、恐れ多くも最推しのシヴァルラス、そしてジェットだけだ。昔はゲーム本編に関係ない友達を作ろうと意気込んでいたが、無理だった。


 ヴィンセントはじっと私を見下ろしており、彼の視線をかち合った。

 そして、どこか勝ち誇ったように不敵に笑う。


「寂しいか?」


 彼はまるでジェットような茶化した言い方をする。この1か月でだいぶジェットに毒されてきたらしい。私はもう人生の半分近くも彼の友人をしているのだ。そんな彼の言葉の裏を読むなどたやすいことだ。


 きっと「そんな事言わなくても、お前も親友だぞ」と内心で励ましてくれているに違いない。


「そうですね、少し寂しく思いますが、そこは男の子と女の子の間では友情は違うので、しょうがないかと」


 それを聞いたヴィンセントは世界中の不平不満、怒りと悲しみ、誰しもが抱えているやりきれない感情をかき集めて、代わりに吐き出したようなため息を漏らした。


 本当に、失礼な奴だ。


「なんですか、さっきから」

「何でもないんだ……ああ、ホントに」

「なんでもないわけないでしょう、そんな意味深なため息をついてっ!」


 私が「何がそんなに不満なんですか!」と怒ったように問い詰めると、ヴィンセントは赤髪を掻いて「なんでもない」と返してくる。


「本当に何でもないんですか!」

「何でもないと言ってるだろう……」


 ほう、と私は目を半目にする。


 前世の私は彼にシヴァルラスルートを散々邪魔され、さらに転生してもう人生の半分近く彼と一緒に過ごしている。


 そんな私はもうヴィンセントマイスターと言っても過言ではないほど彼を知っているのだ。今、こうしてツンとした時の彼が一体どんな事を思っているのかなんて容易に想像がつく。


「私は知ってるんですよ、こういう時のヴィンセント様は『本当は気づいて欲しい』っていう素直になれない裏っ返しってことを!」

「な、な、なっ、何言ってるんだ、お前はっ!」


 顔を真っ赤にして否定も肯定もしない。つまり図星だ。


「長年お友達をしているんですから、そのくらい分かっていて当然ですっ! さあ、ゲロッと吐いてくださいっ! 何を隠してるんですか!」


 ずいずいと私が距離を詰めていき、彼は顔を真っ赤にしたまま「勘弁してくれ」とぼやいていた。


 そんな時だった。


 びゅぅんんんっ!


 私とヴィンセントの眼前を何やら黒い物体が高速で通り過ぎて行き、私達は反射的にそれを目で追っていた。


「…………なんだ、今の?」

「さ、さぁ? なんかボールみたいな、小さいのでしたね……」


 一瞬目の錯覚かと思ったが、ヴィンセントも見えていたのなら見間違いではなさそうだ。その物体はもう既に姿がなく、追いかけても無駄そうだった。


「とりあえず、帰ろう……」

「え、ええ……」

「きゃぁああああああああああああああああっ!」

「っ⁉」


 階段の方から劈くような女性の悲鳴が聞こえ、私達は顔を見合わせた後、すぐに走り出した。階段には女子生徒が1人倒れていて、ヴィンセントが怪我の確認をする。


「怪我はなさそうだな、保健室に運ぶぞ!」

「は、はいっ!」


 ヴィンセントは彼女を抱え、私は彼のカバンを代わりに抱えて保健室に急いだ。

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