閑話 不器用な男(1)


 オレ、ヴィンセント・レッドスピネルは、念願の友達を手に入れた。


 その友達はクリスティーナ・セレスチアル。お人形のように可愛くて、同い年のオレより、いや下手な大人よりもしっかりしている女の子だ。彼女はオレの従兄弟、シヴァ兄の事が好きらしい。昔からシヴァ兄は女の子にモテるけど、彼女も好きなるなんてちょっと悔しい。


(オレもいい男になるんだからなっ! いつか大きくなって『ヴィンセント様、格好良い!』と言わせてやる!)


 ちなみに、クリスティーナの父、セレスチアル侯爵にどうやったらモテるのかを聞いたら父に「コイツは参考にならん」と言われた。父はもっと参考にならないと思う。そう言ったら拳骨を食らった。


 そして先日、妹が生まれてオレはお兄ちゃんになった。妹が生まれてくる時、母のいる部屋から痛そうな呻き声が聞こえてきて怖くて泣いた。


「母さん、死ぬの? え、あれ大丈夫なのか?」


 顔面蒼白でそういうオレにたまたま遊びに来ていたクリスティーナは「子どもを産むのはとても痛くて辛いんですよ。だから生まれてきた事をお母様にたくさん感謝をするんです」と同じく顔を真っ青にして言った。彼女も怖かったらしい。


 初めて生まれたての赤ちゃんを見た感想は、真っ赤な顔をした猿だった。父にそういうと、「私も初めて赤ん坊を見た時も同じ感想だった」と言っていた。やっぱり親子だ。


 8歳離れて生まれた妹の名前はダリア。クリスティーナの母、ローゼの名前は薔薇からきているらしいのでそれにあやかっているらしい。


「どうかまともに育ってくれ」


 そう両親が口にしていたのを聞いて、一体何をお願いしているのか分からなかった。


 そして、時は流れてオレは10歳になった。認めたくないが、オレは未だにチビである。ダリアも大きくなってあんなに薄かった髪の毛が今ではふさふさだ。オレはちょっと薄毛を心配していたので安心した。


 今日はクリスティーナとシヴァ兄とお茶会の日だ。まだよちよち歩きのダリアも一緒だ。


「クリスティーナ、待ってたぞ」

「お待たせしました。お招きくださりありがとうございます」


 淑女らしく挨拶をするクリスティーナの下へダリアが嬉しそうに近寄る。


「ねぇねっ!」

「ダリア様、こんにちは」


 クリスティーナはダリアをぎゅっと抱きしめて、いつもの淑女の顔がなくなって嬉しそうな顔に変わる。いつもの淑女の顔よりずっといいのに、彼女は淑女の顔の方がいいというから不思議だ。そして、彼女の肩にいるジェット人形の瞳が、少し恨めしそうに見えるのはオレの気のせいだろうか。


「とりあえず、客間に行くぞ」

「はい」


 クリスティーナがダリアの手を引き、ダリアがよちよちと付いてくる。


 ダリアはクリスティーナが大好きで、なんでも真似をしたがる。挨拶の仕方やお茶の飲み方、口調も真似をしようとするがそれはまだ難しいみたいだ。完璧な淑女を目指す彼女はいい見本だと思うが、ジェット人形が時々変な言葉を教えるような声が聞こえる気がする。


 さすがに人形が独りでに喋るわけがないし、彼女も変な言葉を教えないだろう。


 シヴァ兄も来てお茶会が始まるが、ダリアがいるとお茶会の時間は極端に短い。小さい子は集中力が短くてすぐに飽きてしまうのだ。そういう時はジェット人形がダリアの遊び相手だ。


「そういえば、シヴァルラス様とヴィンセント様にこちらをお渡ししたかったのです」


 クリスティーナがそう言って、手渡してきたのは手作りの招待状だった。


「そういえば、クリスティーナ嬢の誕生日か」


 シヴァ兄は招待状を見て、嬉しそうに笑う。こういったものは大体親が招待状を出しているが、彼女は自分でも手渡したかったらしい。


「はい。ぜひ来てくださいね!」

「いひひひっ、歓迎するぜぇ~」


 ダリアに頬ずりされてよだれまみれになっているジェット人形がケタケタと笑い声を上げる。


 ジェット人形がそういうと、別の意味で歓迎されているような気がしてならない。


(誕生日か……)


 去年は両親が先にプレゼントを決めており、今年は自分で決めたいと思って小遣いを貯めていた。


 オレはお茶会が終わった後、彼女にあげるプレゼントを考えていた。


(でも、何がいいんだろう……)


 女の子は何をあげたら喜ぶだろうか。そもそも彼女が初めての友達だ。プレゼントをあげる事自体初めてである。


 去年は花束だった。去年と同じでもなんだかつまらないし、どうせなら形に残るものをあげたい。


(うーん、どうすれば……あ、そうだ)


 こういう時に頼れる相手がいるではないか。


 翌日、その相手は学校が休みだから登城すると聞いたオレは仕事に行く父に付いていった。


「クォーツにいっ! 女の子には何をあげたら喜ぶの!」


 クリスティーナの兄、クォーツがいる客間にオレが突撃すると、一緒に第1王子と第2王子もいた。みんないるなんてオレは運がいい。


「ど、どうしたんですか、ヴィンセント様……?」


 少し戸惑い気味に彼女クリスティーナと同じ色をした瞳をオレに向ける。オレは事情を説明すると、珍しくクォーツ兄は低く唸った。


 いつもならすぐにアドバイスをくれるのだが、今日は難しい顔をしている。


「プレゼントかぁ~……」

「クォーツは女性にプレゼントなんて送ったことないもんなぁ?」


 そう茶化すように言ったのは第1王子のウィズダム兄だ。


 オレはウィズダム兄の話を聞いてちょっと意外だった。クォーツ兄はセレスチアル侯爵に似て女性にモテるって聞いたのに。


「ヴィンセント、コイツは女性にモテるけど、女性に興味がないんだよ」

「そーなのか?」


 オレが顔を見上げると、クォーツ兄は困ったように眉を下げて笑う。


「やだなぁ~、殿下。語弊ごへいを招くような言い方をしないでください。私は女性に興味がないんではなくて、に興味がないんです」

「そういうところだぞ、クォーツ」


 ウィズダム兄は「これだからセレスチアル家は……」と肩をすくめた。


「じゃあ、ウィズダム兄は? ウィズダム兄は婚約者がいるんでしょ?」

「え? 私か? うーん……そうだな」


 シヴァ兄と同じ金髪を指先でいじりながら考えるウィズダム兄。しかし、髪をいじっていた指先がピタリと止まると、次はたらたらと冷汗を掻き始めた。


「ウィズダム兄……?」

「殿下……」

「兄さん……まさか……」


 オレ含め、3人の視線がウィズダム兄に向けられ、彼はわざとらしく咳払いをすると席を立った。


「すまない、私は急用を思い出した……じゃっ!」


 普段は絶対に見せない健脚で、ウィズダム兄は颯爽と部屋を出て行った。オレは一人首を傾げているとクォーツ兄は「やれやれ」と呆れたように笑う。


「ウィズダム兄は何があったんだ?」

「特大級の忘れ物です。まあ、怒るような相手ではないので大丈夫でしょう。そういえば、マーシャル様はどんなプレゼントを送ったんですか?」


 クォーツ兄が深紫の瞳を向けたのは第2王子のマーシャル兄だ。


 マーシャル兄は話を振られると思ってなかったのか、びくっと肩を震わせた。


「ええぇっ……俺ぇ?」

「貴方にも婚約者がいるでしょ? ほら、彼女にいつも何をあげるんです?」


 オレもじぃーっとマーシャル兄を見上げると、恥ずかしそうに頬を掻いていた。


「俺は毎年、花束と……拙いながら手紙を添えています」

(なぬっ、マーシャル兄が手紙を⁉)


 こう言ってはあれだが、すごい意外だ。マーシャル兄は年上のクォーツ兄やウィズダム兄より、体格ががっしりしていて暇さえあれば筋トレをしているような人だ。クォーツ兄も意外だったらしくポカンとしている。


「意外ですね……てっきり私は獲れたての鹿肉とかプロテインとか、ダンベルとかを差し上げているものかと……」

「あははは……1年目にそれをやってめちゃくちゃ怒られて、彼女に詩集を叩きつけられまして……『これ読んで好きな1文をしたためて花と一緒に送って来い。他は何もいらん』と」


 遠い目をしたマーシャル兄にクォーツ兄は「これは婚約者の教育の賜物ですね」と笑っていた。


「手紙か……」


 それならオレにもできそう……いや、難しいかもしれない。でも、手紙以外にも送りたい。


「クォーツ兄は、今年クリスティーナに何をあげるんだ?」

「私は毎年ドレスですよ。父と共同でデザインを作ってます。誕生日パーティーで着ているドレスがそうです」

「ほぇー」


 レベルが高すぎてオレは間抜けな声を出してしまう。そんなオレを見て2人は微笑ましいものを見るように笑った。


「ヴィンセント様、プレゼントは相手を想って贈ってこそ意味があるんです。きっと一生懸命考えて贈れば、クリスティーナは喜んでくれると思いますよ?」


 本当だろうか。正直、オレは口下手だし手紙をちゃんと書けるか不安だし、プレゼント選びも初めてだ。彼女は本当に喜んでもらえるだろうか。そんな事を考えている横で「俺も喜ぶと思ってプレゼントを贈ったんだけど……」「貴方は自分を軸に考えるからいけないんですよ」と2人の会話が聞こえた気がする。


「よし、分かった! 2人ともありがとう! ウィズダム兄にも伝えといて!」


 オレは2人にお礼を言うと、買い物に出かけることにした。


 買い物と言っても1人じゃなくて、ちゃんと屋敷の使用人も一緒だ。屋敷のメイドのお姉ちゃん達に聞いた可愛いと評判のお店に行った。


「眩しい……」


 店に入った感想がそれだった。


 なんというか、キラキラした小物やアクセサリーがいっぱい売っている。何も考えずに来たらいっぱい物がありすぎて悩んでいただろう。しかし、オレはちゃんと買うものを決めていた。


 それは髪飾りである。


 彼女は髪が長く、いつも髪を結ぶ時にはリボンやバレッタを使っている。


(多分、喜んでくれる……はず……)


 頭の片隅でジェット人形の「いひひ」という笑い声がしたが、オレは頭から振り払った。


 一緒についてきた使用人はオレが選んでいる最中に何も口出しはしてこなかった。そう、両親から言われているらしい。


『何事も経験だ。自分で選んで来い』とオレを送り出した父。


『大丈夫よ。いくら昔の旦那様も変なものは贈ってこなかったから。いっぱい悩んでらっしゃい』とオレを励ましているのか、不安にさせたいのか分からない母。


 2人の言葉を思い出しながら、オレは髪飾りが置いてある棚に足を運んだ。


 棚に着いたオレは、並んでいる物を見て驚いた。


(……い、いっぱいあるっ⁉)


 リボンは色だけでも両手足の指の数を合わせても足らないくらいの種類があり、さらにレースや模様、生地まで種類が豊富だ。髪飾りも同じく、形や大きさも様々だ。


『いっぱい悩んでおいで』


 そう言った母の言葉を思い出し、オレはうんうん唸りながら考えた。


 彼女は何色が好きだろう。確か、自分に1番色(よく意味は分からない)だから赤が好きだと言っていた気がする。しかし、赤いリボンはいっぱい持っているのをオレは知っている。


(考えすぎて頭がハゲそう……)


 クォーツ兄は『きっと一生懸命考えて贈れば、クリスティーナは喜んでくれると思いますよ?』と言ってくれたが、どうしても頭の片隅でジェット人形の瞳がチラつく。いや、別に怖くもなんともないんだが、なんとなく。


「ん?」


 オレはふと、小さなバレッタに目が入った。薄いベーシュの柔らかい色合いをした物で、クローバーの形に石が埋め込まれている。


 そのバレッタの横に『石の色は取り換えが可能です』と書かれた紙が置かれていた。


(これだっ!)


 オレはバレッタと手に取り、すぐさまレジに駆け込んだ。




 ◇



 彼女の誕生日前日、オレは彼女をお茶会に誘った。妹はお昼寝をしているので、今日は2人っきりだ。今日は一足早く彼女にプレゼントを手渡すのだ。


 だいたいプレゼントは当日、屋敷に着いたら使用人に預けてしまうし、早めに行って渡してもいいが、きっと主役の彼女は忙しいだろう。だから、今日を選んだ。


 何も知らず屋敷に来た彼女は、いつもの客間で「この間のお茶会でシヴァルラス様が……」とシヴァ兄の話を始める。


 正直、オレは彼女の話を半分も聞いていない。それはいつもの事だが、今日は訳が違う。


 手紙を書くのだってとても頑張った。正直、めちゃくちゃ緊張している。


 ──しかし、


(一体、どうやって渡せばいいんだ……?)


 さらなる問題がオレの前に立ちふさがり、オレは内心頭を抱えた。最難関であった手紙を書き終えたオレはすっかり渡す練習をしていなかった。


 目の前では彼女はケーキに乗っていた大好きなイチゴを皿の端に置いておいて、先にケーキを食べていた。


「クリスティーナ」

「はい、なんですか?」


 ケーキを食べて機嫌のいい彼女は、淑女の顔を忘れてニコニコしている。


 今なら変な事を言っても怒られないだろうか。


 昔と比べたら思ってもない事を言わなくなったが、ふとした時に出てしまう。


(大丈夫だ、オレ。オレはやれるっ!)


 まずは、明日の事をさらっと話すのだ。


「あ、明日は……何の日だったんだっけかな……」


 ボケ老人か、オレは。


(いや、大丈夫。まだこのくらいなら巻き返せる……多分っ!)


 緊張しすぎてもまだまともな事を言っている。偉いぞオレと自分で自分を褒める。目の前でクリスティーナはいつも通りの淑女の顔に戻りつつある。


 まだいける。大丈夫だ、オレ。


 彼女が「自分の誕生日です」って答えればプレゼントを渡せばいい。さすがオレ、意図しなくも何とかなっているぞ。


 ──しかし、


「何の日……?」


 彼女は首を傾げたまま呟いた。



(お前の誕生日だよぉぉおおおおおっ!)



 少し天然な所もあるのは分かっていたが、普段は賢くて気遣いできるくせにこんなタイミングでボケるか普通。


 心なしか、彼女の膝の上にいるジェット人形がニヤニヤしている気がした。



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