閑話 不器用な男(2)
私、クリスティーナ・セレスチアルは誕生日前日にヴィンセントにお茶に誘われ、レッドスピネル家にやってきている。いつも通り客間に通され、私はおやつに出されたイチゴのケーキに胸を躍らせていた。
私は大好きなイチゴを最後に食べようと皿の上に移動させる。
「いいなぁ~、ケーキ食べられて」
頬を膨らませながら、行儀悪くテーブルに肘をつくジェットに私は少し申し訳なく思う。
(明日は私の誕生日でいっぱい食べられるから今日は我慢して)
「しょうがないな~……でも、ダリアもいないし暇だなぁ~」
お茶菓子が食べられないのでヴィンセントの妹で暇をつぶしていた彼にとって普通のお茶会は退屈そのものだ。鼻水やよだれを垂らされても、彼にとってはいい暇つぶしだったのだろう。
しかし、今日の彼は別の玩具に目を付けていた。
「ねぇ、今日のヴィンセントおかしくない?」
やはり気づいていたか。私はヴィンセントに目をやると、彼はものすごい気迫というか、オーラを放っていた。
緊張しているのか、それとも悩み事か定かではないが、彼が頭の中で何かを必死に考えているのは確かだった。
「クリスティーナ」
「はい、なんですか?」
彼がようやく口を開き、私は身構えて彼の言葉を待った。
もう2年も友達をしているのだ。どんな空回りだろうと、恥ずかしさや緊張で思ってもないことを言っても私は彼の言葉を正しく受け止められる自信がある。
「あ、明日は……何の日だったんだっけかな……」
(どうしよう。ボケ老人のような事を言い出したわ、この子……)
少し困惑しながらも私はすぐに自分の誕生日の事だと察しがついた。去年は初めて友達の誕生日パーティーに参加すると彼が緊張していたのを思い出す。
(まさか、もう緊張しているの? ちょっと早すぎない?)
とりあえず、何か悩んでいるようだし、話でも聞いてあげよう。私は淑女の笑みを浮かべた時、ポンと私は肩を叩かれた。
「ねぇ、クリス……もうちょっと泳がせてみようよ?」
天使の笑みで悪意に満ちた提案をする悪魔がそこにいる。まるでからかい甲斐のある男友達に無茶ぶりを振ろうとしている男子高校生のようだった。
(いやいや……そんなことしたら可哀そうでしょ!)
「可哀そうって……クリス、ヴィンセントだってもう10歳だよ? いつまでも君が助け舟を出してたら彼の成長にもならないと思わない?」
彼はもっともらしい事を言いながらも、ヴィンセントの状況を楽しむ気満々でいる。
「最近、ヴィンセントも変な事言わなくなったけど、彼のシャイな所はちょっとずつ直さないと将来、絶対苦労するよ」
(苦労……?)
彼は口下手な所はあるが、性格を知ってしまえばそれほど悪い人ではない。まあ、誤解を生みやすいのは確かだが。
(別に大丈夫じゃない? 男の人って口下手な人もいるわよ?)
私の父や兄が女性を褒めたりエスコートをしたりするのが上手いだけであって、大体の男の人は無口で口下手な人が多いのではなかろうか。
悪魔は舌を鳴らしながら「甘いなぁ~、クリス」と首を横に振る。
「奥さんに愛してるの一言も言えず、仕事の忙しさで妻と子どもと過ごす時間もなく、夫婦間だけでなく親子の間にも深い溝が広がり、気づけば嫁と子どもが家からいなくなってた……そんな未来がボクには見えるよ」
まるで見てきたかのように語る悪魔に、私は少し納得しかけた。
シヴァルラスルートでの彼は空回りのせいで誤解の塊だったからだ。何を話すにしても上から目線。相手を褒めず人を見下した言い方。そして、何から何までシヴァルラスとの逢瀬に乱入してくる図々しさ。しかし、それは全て彼の優しさと素直になれない空回りと天性の間の悪さが起因していたものだった。ああ、なんて憐れなヴィンセント。
おそらく、彼のルートで少しずつ性格が改善されていくのだろうが、私はヒロインに最推しのシヴァルラスとくっついてもらいたい。そうなると、一体誰が彼を支えてくれるのだろうか。
このまま政略結婚なりお見合いなりしてできたお嫁さんがそう簡単に彼の理解者になれるとは思えない。世の女性は繊細な人が多いのだ。それにヴィンセントの父だって奥さんと結婚するまでに相当な労力と失敗を繰り返したとヴィンセントや私の父から聞かされている。
このまま彼が大人になったら……
屋敷に帰ればお嫁さんとの会話もなく、子どもには冷たくあしらわれ、食事の時間は料理の味もロクに分からない重たい空気。そして寝室は夫婦別でベッドは氷のように冷たく、1人寂しい夜を過ごすヴィンセント……
(か、可哀そうっ!)
「でしょ~?」
これはゲーム関係なしに友人として彼の将来が心配だ。ある程度の年齢になっては性格が固まって矯正ができなくなる。まだ10歳の彼は少し性格に難があってもまだ修正が聞くはずだ。
(ここは心を鬼にするのよ、クリスティーナ!)
彼の性格を分かっている今の私には少々苦しいが、彼の未来の為だ。
私は淑女の笑みを作ったまま首を傾げる。
「何の日……?」
ぴしりと空気にひびが入ったような気がしたが、私は精一杯「何も分かってませ~ん」という空気を出す。頑張れ私。完璧な淑女の私ならやれる。
ヴィンセントはしきりに視線を泳がせ、冷汗をたらりと流す。
(許せ、ヴィンセント……)
これもお前の未来の為だ。私が淑女の顔を貼りつけたままでいると、再び彼は口を開いた。
「明日……平日だけど……なんかあるよな……?」
まだ持って回った言い方をするか。私は内心で半目になる。
ただ人の誕生日を話題にするだけだぞ。いつものお前ならできるはずだと私は心からエールを送る。しかし、普段の彼はここまで重症だっただろうか。
「クォーツ兄……学校だけど、明日帰ってこないか……?」
「か、帰ってきますよ。夕方に……」
兄はゲーム本編の舞台である学園の寮に入っているが、第1王子や第2王子も引き連れて帰宅する予定だ。彼もそれを分かっているはずだ。ヴィンセントは視線を忙しく動かした後、とうとう頭を抱え出した。
「平日なのに……なんでだろうな……おかしいな……?」
おかしいのはお前だと喉元まで出かかった言葉を押し込める。
まるで兄達が帰ってこないで欲しいと言っているようにも聞こえなくはないが、彼は私の誕生日だと言えないだけである。
(あぁ~~~~っ! もう焦れったいなぁ~っ!)
何故、そこまで私に言わせたがるのだ。去年の彼はここまでこじれてなかった気がするのに。
もうここまで来たら私が言うほかないだろう。しかし、私の下でジィ……とチャックが開く音がし、私は慌てて3号の口を塞いだ。
「チッ!」
悪魔の舌打ちが聞こえたが、私はそれを聞き流して咳払いをする。
「えーっと……ヴィンセント様……あ……」
私は3号の口から手作りの招待状の予備を取り出した。ジェットがいたずらをしてダメになった時の為に用意していたものだ。
私は彼に再び招待状を手渡す。
「そ、そういえば、明日……私の誕生日でした……ぜひいらしてください……」
「あ、ああ、そうだったのか……ありがとう」
なんだこの茶番は。私は私でツッコミを入れる。
「あ、ああ……その……明日……」
ヴィンセントは私から招待状を受け取った後も口をもごもごと動かしていた。
「明日の事は……本当は……覚えてた……その、ごめん」
(知ってるよっ!)
私は心の中で短く嘆息を漏らした。
これは彼が素直な言葉を口にするまでこれは道のりが長そうだ。せめて未来のお嫁さんが見つかるまで私も陰ながら協力せねば。
(それにしても、こんなにこじれた理由はなんだったのよ?)
ヴィンセントはまだ何か言いたそうにしており、手をまごつかせていた。
私と招待状を交互に見た後、口をへの字に曲げる。そして、私の前にリボンのついた包みを置いた。
驚いて目を瞬く私に、さらに叩きつけるように便箋まで付ける。子どもらしい拙い字で『親愛なるクリスティーナへ』と書かれていた。
私は包みと彼を交互に見やると、彼は短く「やる」と口にする。
「え?」
「明日……誕生日だろ? どうせなら手渡しがいいと思ったんだけど……明日だと手渡しは難しいと思って……だから、やる。小遣い貯めて買ってきたんだから、感謝しろよ」
ヴィンセントは若干目を潤ませてそういうと、ぷいっと顔を逸らす。髪の隙間から見える耳が真っ赤に染まっていた。
(あのヴィンセントが……あのヴィンセントがっ! 手紙付きのプレゼントだとっ⁉)
ただのプレゼントならまだしも、手紙付きはなかなかレベルが高い。一体誰の入れ知恵だ。うちの
きっとどうしようもない事を悩んでいるのだろうとばかり思っていたのもあって、意外性がさらに高まっていた。ジェットも予想外の事だったのか驚きのあまり固まっている。
(というか、本当にもらっていいの?)
私は少し畏れ多い気持ちを抱きながら包みを受け取り、中を開けていいか訊ねると、彼はぶんぶんと首を縦に振った。
「これは……」
中に入っていたのはバレッタだ。薄いベーシュ色というか、アイボリーホワイトの下地にクローバーの葉のような石が埋め込まれている。シンプルながらも可愛らしいものだった。
「へぇ……悪くないんじゃない?」
横から覗いていたジェットがそう口にし、私はそのクローバー葉が1つ1つ違う色であるのに気づく。
「石、とてもカラフルで綺麗ですね」
「石はオレが選んだけど……買った後も気に入らなければ変えられるって言ってたから気に入らなかったら変えてもらえ」
クローバーの石はオレンジ、青、紫、赤と少し変わった配色の仕方だった。彼なりに考えてくれたのだろう。
「何か石に意味があるんですか?」
私がヴィンセントに聞くと、彼は石を指さしながらおずおずと答えてくれた。
「このオレンジがシヴァ兄の色……紫がお前。青がオレとダリア」
なるほど、私が感心して頷くが、赤は何だろうと首を傾げる。私の好きな色だから入れてくれたのだろうか。
「赤は? 私の好きな色だから入れてくださったんですか?」
私が言うと、彼は「ん」と私の膝の上にいる3号を指さした。
「へ?」
「ジェットはお前の友達なんだろう? だから、オレの友達」
「友達?」
ヴィンセントはこくこくと頷いて、なんか文句あるかと最後には口を尖らせる。
私は3号の顔を見て「あっ……」と声を漏らした。
この石の色は、私達の瞳の色だ。
言葉で言い表せない感動を覚え、私はジェットの方に目をやる。
「なんだよ、それぇ……」
そう呟きながら、彼は頭を抱えてテーブルに突っ伏していた。
今まで悪戯しまくり、からかいまくりの日々を大いに反省しているのかもしれない。ようやくジェットが顔を上げたと思うと、私の袖を引っ張った。
「ねぇ、クリス……ちょっとお願いがあるんだけど……」
(何?)
彼は気恥ずかしそうに口を開いた。
「ボク、悪魔だから姿は見えないし、あげられるものもないし……代わりに何か渡してあげて欲しい……今度のおやつのクッキー……クリスに全部あげるから」
私は驚愕のあまりに絶句する。
あの悪魔が好物のクッキーを差し出す代わりにお願いごとだと?
明日は槍でも火の雨でも振ってくるのではないだろうか。
「ダメ……?」
赤い瞳が上目づかいで私の顔を覗いてくる。私は嬉しくなって淑女の顔を崩してしまう。
(私のイチゴをあげていいよ)
「いいの? クリス、イチゴ大好きでしょ?」
(うん、いいの)
私がそういうと、彼はぱっと顔を明るくして3号の中に入り込んだ。
むくっと動き出した3号を見て、ヴィンセントがぎょっと目を見開く。
3号はテーブルによじ登ると、私のイチゴを捕まえてヴィンセントのケーキに乗せた。驚いて私と3号を交互に見やる彼に私が言った。
「お礼です」
「いいのか……? イチゴはお前の好物だろ?」
「はい」
私はヴィンセントがジェットの事を考えてくれた事とジェットがヴィンセントの事を考えてくれたことが、何より嬉しかった。
「ジェットがヴィンセント様にあげたいと言っていたので。ねぇ、3号?」
3号がヴィンセントに右手を差し出す。
「よぉ、兄弟。仲良くしようや……」
ほれほれと握手を求める3号に、ヴィンセントは戸惑い気味に私に目を向けた。私は笑顔で頷くと彼はびくびくしながらも3号の手を取った。
「クリスティーナ」
「はい?」
3号がヴィンセントの頭の上をよじ登っているのを見ながら私は返事をすると、彼は耳まで真っ赤にしながら口を開いた。
「明日も言うけど……お誕生日、おめでとう」
ぶっきらぼうに言われた祝いの言葉に私も少し恥ずかしくなる。
「はい、ありがとうございます。ヴィンセント様」
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