04 悪魔付き令嬢と悪魔
ヴィンセントと友達になり、彼とそれなりに交友を深めるようになって6年の時が流れた。私、クリスティーナ・セレスチアルはもうすぐ14歳になる。
ヴィンセントはあっという間に私の背を抜き、成長しないジェットは背を抜かれた悔しさから「お前なんて天井を突き破ってしまえ」とぼやいていた。
ヴィンセントは相変わらずの性格だが、1年に1回ほど「オレと婚約しないか?」と尋ねてくるようになった。最近は特にお見合いの話が多いらしく、週に3回のペースで「オレと婚約してくれ」と言われているが、全て蹴っている。私を防波堤にしないで欲しい。
私のジェット人形も4号となり、より可愛く(ジェットに言わせれば不気味)になっていた。
そして、そして、なんと私は、シヴァルラスの婚約者候補になったのだ。初めてのお茶会ではやらかした私だったが、その後はたびたびジェットに邪魔されても私は立派な淑女を演じきった。そして、つい先日候補者として連絡が来たのだ。
すぐさまジェットに報告したかったが、最近彼に会えていない。私が年を重ねていくごとに、彼が屋敷に現れる日が少なくなっている。最後に彼に会ったのは、1か月近くも前だ。
「まったく、どこに行ったのよ……」
初めて会った時は昼夜問わず毎日のように遊びに来ていたというのに、こんなに会えないとさすがの私も寂しい。
私はため息を漏らし、いつもの癖で物置に足を運ぶ。よくジェットとお茶会をしていた場所は、私も大きくなったせいで狭く感じる。
私は彼が現れる鏡のカバー裏を覗き込んだ。
「ジェット~?」
カバーの中は綺麗な姿見があり、私の顔が映り込んでいた。真っすぐに切りそろえられた前髪、陶磁器のように白い肌。深い紫色の瞳は澄んでいて、まるでお人形のような私の顔は、まだ幼さが残るが乙女ゲームの悪役令嬢、クリスティーナ・セレスチアルに近づいていた。
「今日も音沙汰無しか~」
私はマットの上に座り、4号のほつれた縫い目を直し始めた。最近は、何かしながら1時間ほど彼を待ちぼうけしているのが日課となってしまっている。
(せっかく婚約者候補になったって1番に伝えたかったのになぁ……)
私は縫い目を直し終えた4号の頭を撫でた。彼の瞳とよく似た色の石が悲し気に光っているように見える。
(ずっと一緒にいてくれるんじゃないの?)
私がそっとため息をついた、その時だった。
「…………リス……ク……スッ! クリスッ!」
ジェットの声がし、私はハッとして顔を上げる。
編み込みが入った癖毛の金髪。雪のように白い肌。やや釣り目の赤い瞳は私を不機嫌そうに見つめていた。
「もう、呼んだら返事してよ」
頬を膨らませるジェットに私は息を呑んだ。
「ジェット⁉ 貴方、今までどこに行ってたの!」
怒鳴るような声を出してしまったが、もう1か月近くも姿を見せなかったのだ。心配していた身としては、このぐらい怒っても許されると思う。
彼は「うっ」と言葉を詰まらせた後、気まずそうに唇を尖らせた。
「ボ、ボクだって……事情があったんだよ?」
珍しくしょげるジェットは、叱られた子犬のようにしゅんとしてしまう。
約1か月ぶりに見た彼は少し小さく見え、ヒールを履いていない私と視線が近くなっていた。
(ジェットって、こんなに小さかったかしら……?)
「どうしたの?」
彼が不思議そうに首を傾げると、私は慌てて首を振った。
「な、なんでもないわ! それよりジェット! 私、シヴァルラス様の婚約者候補になったのよ!」
私はここぞとばかりに胸を張った。なんせ私はジェットの妨害を阻止しつつ、完璧な淑女としてやり遂げたのだ。
乙女ゲームの世界だからといって、胡坐をかいていられない。私は私で自分のステータスを磨きに磨いたのだ。若い頃の母のように社交界の高嶺の花を呼ばれる日は近いかもしれない。
「どう? すごいでしょ?」
あんなに妨害してきたのだ。ジェットもきっと悔しがるに違いない。
そう思っていたのだが──
「……ジェット?」
彼の反応がない。ぼーっとどこか遠くを見ているような目で私を見つめており、人の話を聞いていないようだった。
「ねぇ、ジェット。聞いてる?」
「うん……聞いてる」
彼は静かに答えると、柔らかくこちらに微笑みかけた。
それは何か裏で企んでいるようないつもの笑みではなく、花が綻ぶような優しい笑みだった。
「婚約者候補おめでとう。良かったね、大好きな人に一歩近づけて」
「……え?」
大好きな人、そう言われて私は少し戸惑ってしまう。そんな私の反応にジェットは不思議そうに首を傾げた。
「え……って、あんなに『婚約者になれない』って言いながらも頑張ってたじゃないか? 彼が大好きなんでしょ?」
確かにシヴァルラスは私の最推しで大好きであるが、恋ではなく憧れに近い気がする。それに彼とヒロインのイチャイチャを見る為のベストポジションを獲得したいという目的があったのだ。その為に、完璧な淑女を目指したと言っても過言ではない。そもそも、私が完璧であればあるほど、彼は遠ざかるのだ。私が婚約者候補以上の関係になることはない。
しかし、ジェットから見てみれば、私は恋焦がれた相手の婚約者になるべく奮闘していた少女だったのだろう。
「そうね、シヴァルラス様は素敵な人だと思うわ」
「…………」
ジェットは赤い瞳を煌めかせ、私の胸元を見つめる。
そして、大げさにため息をつきだした。
「な、何よ! 急にため息して!」
「いや~、君は変わらないなぁ~っと思ってさ」
ジェットはそう言うと、いつものようにニヤッと笑って見せた。
「今日は何して遊ぶ? 久しぶりだからちょっとわくわくする!」
ジェットは私に飛びついて、ぐりぐりと頬ずりをする。ジェットの髪は猫のように柔らかく、まるで大きな猫にすり寄られている気分だ。
「そうね、何がいいかしら……」
「何か最近できるようになった? チェスの腕とか上がった?」
もう私も14歳になるのだ。最近は絵札だけではなくチェスも少し嗜んでいる。過去に何度かジェットにチェスを挑んだ事があるが、一向に勝てた
「うーん、そうね。チェスもトランプも……私、完璧だから困るわね」
「ボクにババ抜きも勝てないくせによく言うよ」
「あれは、ジェットが…………ん?」
完璧。そうクリスティーナ・セレスチアルは完璧な淑女であるが、1つだけ欠点がある。
「そうだ!」
「何? 何か楽しいことでも思いついた?」
わくわくしながら私の顔を覗き込んでくるジェットに私は笑顔で言った。
「お菓子作りをしましょ!」
「…………え?」
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