06 ヴィンセントマイスター


「いいなぁ~、ズルいなぁ~! ボクもクリスとデートしたいなぁ!」


 買い物から帰ってきた翌日、私、クリスティーナ・セレスチアルは悪魔に付き纏われていた。

 朝食から授業中、そして昼食までべったり私から離れないジェットは、ひたすら買い物に行けなかった事を愚痴っていた。今日は用事があるとヴィンセントは席を外しており、彼は魔法で結界まで張って私を独占している。しかし、独占し放題な環境下な分、彼のヴィンセントへの愚痴が止まらない。


「いいよね、ヴィンセントは幼馴染の特権でクリスとデートできるんだから~」


 ジェットも幼馴染と言えば幼馴染だが、彼の場合は姿が見えないので王族というレッテルがどうしてもついてしまう。


「私からすれば、シヴァルラス様と休日を過ごせた貴方が羨ましいわよ。久しぶりに家族と会えてどうだったの?」

「タノシカッタヨ、トーッテモ」


 彼は抑揚なく言った後、盛大に私から目を逸らした。彼が学園で起こした問題行動が家族にバレたのではないだろうか。


「まあ、ボクの家族は置いておいて……ん?」


 彼の赤い瞳が私の髪飾りに留まる。そして、彼は私のリボンを手に取ってじっと見つめる。


「これのリボンと髪飾り……ヴィンセントからもらったでしょ?」

「え?」


 よく分かったなと私は感心する。今日私は先日もらった髪飾りとリボンを使っている。髪飾りはまだしもリボンは刺繍が入っている以外は普通のリボンだ。昔から目敏いとは思っていたが、まさか分かるとは。


「ふーん、クリスは婚約者候補なのに、他の男からもらったプレゼント受け取っちゃうんだ? おまけに着けるんだ? ふーん?」


 赤い瞳を不機嫌そうに光らせ、彼は口をへの字に曲げる。彼がなぜそこまで不機嫌になるのか分からず首を傾げる。


「あのね、確かに髪飾りはヴィンセント様からもらったけど、リボンはシヴァルラス様から昨日、頂いたの」

「嘘だぁ~っ! シヴァルラス様は昨日ボクと一緒に城にいたでしょ」

「そうだけど、ヴィンセント様にシヴァルラス様直筆の手紙と一緒に渡されたんだから間違いないわよ」


 そういうと、彼は可愛らしい瞳を半分にして「なるほど、グルか……」とぼそりと呟いた。


「え?」

「クリス。確かにその手紙は本物だと思うけど、そのリボンはぜっっったいにヴィンセントからだよ」


 やけに自信満々に彼は言うが、私は信じられない。


「証拠は?」

「リボンの刺繍だよ。ワンポイントのクローバー。ヴィンセントのマークじゃん」


 私は意外な答えにポカンとしてしまうと彼は「なんで気づかないかな~」とぼやきながら頭を掻いた。


「子どもの頃からプレゼントは大体クローバーのマークついてたでしょ! ハンカチとか、スカーフとか! タイとか! 目立たないワンポイントで!」

「…………言われてみたら、ついてたわね」


 すっかり失念していたが、初めて髪飾りをプレゼントしてもらった以降、プレゼントは大体クローバーがついていた気がする。見慣れ過ぎて気にも留めていなかった。


「絶対にこれはヴィンセントからだよ。ボクが言うんだ、間違いない!」

「ホント、自信満々ね……」

「当たり前でしょ? ボクほどヴィンセントを知ってる人なんて絶対にいないよ」


 それを聞いて私はなぜかムッとしてしまう。彼もヴィンセントとは長い付き合いだ。一方的に知っている仲とは言え、それは言い過ぎじゃないだろうか。


 そもそも付き合いは2年くらい私の方が長い。


「いくら男の子同士でも私の方が付き合い長いわ。私の方がヴィンセント様を知っているわよ。リボンはシヴァルラス様からよ」

「クリス、夢見るのはやめなよ。ボクらは血よりも濃い男の友情で結ばれてるんだ。絶対にヴィンセントだよ」

「私だってヴィンセント様と伊達に長く友達やってないわよ。最早ヴィンセントマイスターと言ってもいいほど、ヴィンセント様の空回りを読めるわ」

「何、その称号かっこいい。ボクも欲しい」


 私とジェットの間で見えない火花が散る。これは悪魔が相手でも負けられない戦いだ。推しからもらったものがまさか違ったなんて悲しいことがあってたまるか。いや、ヴィンセントが相手ならそれはそれで嬉しいが。


 ちょうどよく結界の外でヴィンセントとシヴァルラスの姿が見えた。私達を探しているのかキョロキョロと辺りを見回している。


「ちょうどよく2人が来たわ」

「ホントだ。じゃあ、さっそく聞いてみようよ。ボクが当たってたらヴィンセントマイスターの称号ちょうだい」

「いいわよ。じゃあ、行きましょう」


 ジェットが結界を解き、私達は2人の下へ駆け寄る。二人は私達に気づいて口を開くが、その口はすぐさま閉じられた。


「ヴィンセント様! シヴァルラス様! 聞いてください、ジェット様がー!」

「ちょっとヴィンセントーっ! それからシヴァルラス様―っ! 2人揃って抜け駆けなんてズルいですよー!」


 私達が同時に喋り始め、シヴァルラスが困った表情を浮かべ、ヴィンセントは嘆息を漏らした後、私達の脳天に手刀を落とした。


「痛いっ!」

「同時に喋るな。鬱陶しい」


 辛辣にヴィンセントは言うと、シヴァルラスが「まあまあ」と彼を宥めた。


「見つかってよかった。クリスティーナ嬢、それからジェット様。2人を探していたんだ」

「へ?」


 私達は顔を見合せると、シヴァルラスはクスクスと笑う。


「放課後みんなでお茶会をしよう」


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