07 お茶会



 放課後、私はジェットとヴィンセントと共に約束していたお茶会の場所に訪れた。そこは薔薇が綺麗に咲いている庭園で、たまに学生達がお茶会を開いている場所だった。


「やあ、3人とも。来てくれてありがとう」

「いえ、お誘いくださりありがとうございます」


 私は淑女らしく礼をすると、シヴァルラスは朗らかに微笑んで椅子を引いてくれた。

 私は椅子に座ると、私の隣にシヴァルラス、反対隣にジェットが堂々と座る。


「お前、本当に物怖じしないな」


 ヴィンセントがジェットの隣に座って言うと、ジェットの恨みがましい視線がヴィンセントを突き刺した。


「誰かさんがグルになって人の婚約者にプレゼントを贈るのも大した根性だと思うけど~?」


 嫌味と八つ当たりとその他諸々を含んだ華麗なるカウンターにヴィンセントは涼しい顔をして「誰だろうな、その誰かさんって」とさらりと受け流した。

 そんな様子をシヴァルラスは微笑ましいものを見るようにコロコロと笑う。


「ジェット様、せっかくのお茶会なんだ。過度な私情は慎んでくれ」

「むー、しょうがないなぁ……」


 彼はわざとらしくため息を漏らすと、自室から持ってきたティーセットを取り出した。


 さらに、彼はもう一つ箱を取り出す。


「昨日、家族がお土産に持ってきたクッキー。みんなで食べよう」


 彼はそう言ってカップを私達の前に並べる。しかし、そのカップの数が人数に対して3つほど多い。

 私が首を傾げていると、「あ、来た来た」とジェットが顔を上げる。


「おーい、ブルース。こっちこっち」


 そう言って手を振った先にはブルース、グレイム、そしてイヴの姿があり私は思わず2度見した。それはもう綺麗な2度見だったと思う。


「シヴァルラス様、お招きしてくださりありがとうございます」


 ブルースがにこやかに挨拶をしてイヴは落ち着きなく礼をし、グレイムは気怠そうに「うっす」と適当な挨拶をした。


「えーっと、これは……?」


 私が戸惑いがちにシヴァルラスを見上げると、彼はにこやかに笑った。


「私が誘ったんだよ、表向きはね」

「はい?」

「クリスティーナ嬢、忘れたんですか? この間、盛大にド喧嘩したじゃないですか」


 そう言ってブルースはシヴァルラスの隣に座り、可愛らしく首を傾げる。


「ド喧嘩って……私のお人形ごっこですか?」


 婚約者候補達がイヴをいじめていたので淑女としての再教育をしてあげたことはあった。それがどうしたのだ。私が訝し気にブルースを見やれば、代わりに口を開いたのはシヴァルラスだった。


「イヴ嬢と私がぶつかって大騒ぎになっただろう? 彼女がそれのお詫びをしたいと私にお茶の誘いをしたことが事の発端だったんだ」

「ああ、そういえばそうでしたね」

「それで前回の騒動と、喧嘩のお詫びにお礼がしたいとブルースから相談を受けてね。私達も色々考えて、私とヴィンセントから3人を誘えば問題はないだろう?」


 なるほど、と私は静かに頷いた。


「く、クリスティーナ様!」


 イヴが声を上ずらせながら私の名前を呼び、その手には小さな包みが握られていた。


「こ、この間は大変失礼しました! そして助けてくださり、ありがとうございます! こ、これはお詫びの品です!」


 前回のパーフェクトマナーレッスンで恐怖が身についているのか、彼女は不自然なほど背筋を伸ばし、直角に頭を下げて私に包みを差し出す。


 これは淑女ではない。軍人である。


「ありがとうございます。でも、私は大したことはしていません」


 私が殊勝に答えると、全員の怪訝そうな目が私に突き刺さる。なんだ、みんな揃ってそんな目をして。私はわざとらしく咳払いをすると、淑女の笑みを浮かべた。


「私は淑女として、シヴァルラス様の婚約者候補として当然な事をしたまでです。改まって礼を言われるようなことはしていません」

「いえっ! そんなことはないです! クリスティーナ様のおかげで周りから嫌なことを言われなくなりましたし、仲良くしてくれる人が増えてきたんです。だから受け取ってください!」


 私は彼女のそんな健気な言葉に胸を打たれて、包みを受け取った。


「ありがとうございます。中身を見てもいいですか?」


 彼女は頷き、私は包みを開けると、中には透明なケースに入った赤い飴玉が入っていた。


「わ、綺麗!」


 ケースは宝石箱のような綺麗なデザインになっており、中に入っている飴も透明感があってまるでガラス玉のようだった。


「イチゴの飴です。ブルースがクリスティーナ様の好きなものを調べてくださって……」

「オレがリサーチしました~」


 ブルースが飄々と手を挙げた横で、ヴィンセントとジェットが手を挙げる。


「オレがリサーチされてやった」

「そしてボクはリサーチされたけどヴィンセントに怒られました~」


 その状況が容易に浮かび、私は笑ってしまう。


(そっか、昨日のデートはこの飴を買っていたのか。なんだか腑に落ちたような落ちないような)


 どちらにせよ、今イヴがグレイムと親密な仲なのは間違いない。そしてブルースが協力的ならばシヴァルラスルートへの引き込みはさらに難しくなる。


 ジェットの持ってきたクッキーと紅茶が淹れられて、和やかに始まったお茶会に、私はジェットの袖を引く。


「ねぇ、ジェット」

「ん? 何?」

「ジェットって人の心がどこまで分かるの?」


 私がそう耳打ちをすると、彼は怪訝そうに目を細めた。ジェットは人の心の色が分かる。心の変化で色は変わると言っていたので、内心を読むことはできない。それは昔から分かっていた。


「心情が読めるわけじゃないけど、人の感情が善と悪、どちらに傾いてるかくらいなら判断がつくけど?」

「好意とかは?」

「好意?」


 だんだん私を怪しみ始めたので、さらに続けた。


「ほら、グレイムとイヴ様って仲がいいじゃない?」


 目の前の2人は、仲良さそうにしており、イヴがグレイムの紅茶に砂糖を入れてあげていた。それをブルースが微笑ましく見ている。


「私もお年頃だし、人並には恋愛ごとに興味があるのよね」

「あのクリスが他人の恋愛をねぇ……」


 彼はそう呟くと、マーブルクッキーを口の中に放り込んだ。


「まあ、人の恋心の色くらいなら分かるよ」

(何っ!)


 ガシッと私はジェットの袖を無言で引っ張り続けると、彼は観念したようにため息を漏らしてカップを持った。


「イヴ嬢とグレイムが好き合っているか、ってことでしょ?」


 私は静かに頷く。彼は紅茶に口を付けた後、カップをソーサーに戻した。



「それはないね。グレイムに友愛の色はあっても、特に彼女に恋の色なんて皆無だ」

 

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