08 恋心と甘いものの行方

「え……?」



 恋の色が皆無? あんなに仲が良いのに?



 私は2人の様子を再び見るが、仲睦まじい姿に見える。また嘘をついているのではないかと私は彼を見上げるが、彼は小さく首を振った。


『信じられないならそれでもいいよ』とそう言っているようにも見える。実際に心が見えるのは彼だけなので他に調べようがない。それに彼が嘘をつく理由もない。もし、彼の言うことが本当ならまだ希望があるのではないだろうか。


(よーし、ブルース! 貴方がグレイムルート推しでも、私はまだ負けちゃいないわよ!)


 お茶会が済んだ後、私は寮に戻って屋敷から持ってきていたノートを開く。前世の記憶を書いたそのノートは主にシヴァルラスルートのことが書かれている。前世の私はブルースとグレイムも攻略しているが、私は基本的に1周したらお目当てのエンディングまでスキップをしてしまう。その為、2人のエンディングと各所にある恋愛イベントの内容は頭に入っていても条件はあまり覚えていない。


 推しのシヴァルラスは何周もしたのと、クリスティーナルートでシヴァルラスの幼少期が見られると聞いて、彼女のルート解放を頑張った為、彼女のルートは覚えていた。


(本当、クリスティーナルートも結構な難易度だったわよね……)


 ノートを見直しながら私はそんな事を考える。ジェットルートは流れで解放していたが、友達がプレイしている所を見なければ彼の存在に気に留めもしなかっただろう。


(えーっと、確かイヴが恋を自覚するのは……やっぱりルート確定か)


 どのルートも確定された時に自分の恋を自覚している。それまではその気持ちが恋だと気づいていなかった。


 ということは少しでも相手に気があったということになる。


(でも、ジェットが言うには恋なんて皆無って言ってたよね……ん?)


 考えれば考えるほど分からなくなっている。さらにいえば、現段階でシヴァルラスルートを目指すのは難しい気もする。

 しかし、私はノートを見てあることを思い出した。


「あ、そうか。マルチルートもあるか」


 攻略キャラ達と恋愛にも友情エンドにも発展せず、ただ物語が終了するエンディング。いわば攻略失敗というわけだが、バッドエンドより幾分マシである。


「マルチルートは最後の最後の最終手段にしておきましょう……」


 おそらく、これから好感度の中間発表イベントが起きるはずだ。それを見てからでも遅くはないはずだ。

 私はノートをしまうと、イヴからもらった飴の箱に目が入る。ガラス玉のようにキラキラと輝く飴を私はうっとり眺め、箱から1粒取り出す。


「あとでちゃんと歯を磨けばいいわよね?」


 赤い飴を口に入れると、まるで本物のように甘いイチゴの味が広がり、その美味しさに私は感激する。


「すごい! 今の飴ってこんなに美味しいの⁉」


 私は大変いいものを頂いてしまったのではないだろうか。ぜひともジェットとヴィンセントにも食べてもらいたい。


「明日学校に持っていこう。あと、イヴにちゃんとお礼を言わなくちゃ!」


 私はしっかり飴の蓋を閉めて、飴を食べ終わった後、歯磨きをして就寝した。

 しかし、翌朝、私はジェットの下へ突撃することになる。


「ジェット様! 私の飴を取ったでしょ! どこやったんですか!」


 私は朝食前に見つけたジェットを呼び止め、淑女の顔を忘れて問い詰めた。


「えぇー……クリス、なんの話?」


 彼はまだ眠い瞼を擦りながら私を見下ろし、とぼけても無駄だと私は頬を膨らませた。


「昨日、イヴ様から頂いた飴を取ったのはジェット様でしょ!」


 朝、目が覚めたらイヴからもらった飴の箱が綺麗に消えていたのである。まさかどこかにしまってしまったかと私は思いつく限りの場所を探したが見つからなかった。

 誰かに盗まれたかと思い、鍵がかかった人の部屋に入って来られる人物は思いつく限り1人しかない。


 なんせ彼は全寮の枕をイエスノー枕に変えた功績があるのだ。人の机の上に置いた飴を取るなんて造作もないだろう。


「飴は食べちゃったんですか! ちゃんとジェット様とヴィンセント様にもお裾分けしたかったのに、ひどいですよ!」

「えぇ……? クリスが寝ぼけて全部食べちゃったんじゃないの?」

「淑女はそんな事しません!」

「ボクだって淑女の部屋に勝手に入ってまでそんなことしないよ。そもそもクリスの部屋だってどこにあるのか知らないのに……それにね、クリス」


 彼は頭をガリガリと掻いた後、天使のような笑みを浮かべて言った。


「ボクなら奪った飴を君の目の前で食べるよ?」


 そうだ、コイツはそういう男だった。こっそり悪戯をしてその反応を楽しむのではなく、目の前で相手の反応を楽しむのが彼だ。


「じゃあ、誰が……?」

「さぁ? でも女の子の部屋に入るなんて、とんだ不届きものだね。何か他に盗まれたものとか、変なことなかった?」


 私は首を振ると、ジェットは口元に手をやって首を傾げた。


「寮母さんに言っておこうか。あと、ヴィンセントにも。それと……」


 彼はとびっきりの甘い笑顔を私に向けた。


「もし、1人の夜が怖くなったら、ボクの部屋に来てもいいからね?」

「私には5号がいるから大丈夫です」


 5号がジェットの肩に飛び乗り、ポカポカとジェットの頭を叩く。彼は鬱陶しそうに5号の襟首を掴み上げた。


「ぶー、クリスのいけず……ん?」


 赤い瞳が私の髪飾りとリボンに向かい、彼は不機嫌そうに目を細めた。


「またそれ付けてる……」

「だって、シヴァルラス様からの贈り物だもの」


 私がそういうと、ジェットはムッとして5号を私の頭に乗せた。


「そういえば、まだその問題を片付けてなかったね」


 昨日はブルース達がいた為、表立って聞けていなかった。夕食の時にヴィンセントに訊ねたが、彼はリボンはシヴァルラスからだと言っていた。ジェットがそれを聞いて唇を尖らせる。


「ヴィンセントが素直に言うわけないじゃん。というわけで、ボクが聞き出してくるから、ボクが当たってたらヴィンセントマイスターの称号は貰うからね」


 ジェットはそう宣言し、私は大きく頷いた。


「じゃあ、私が勝ったら今晩のデザートをください」


 食堂に置いてある看板にはデザートにプリンがつくことが書かれていた。彼はそれを見ると、ふっと不敵に笑う。


「それじゃ、安いからトッピングにアイスもつけてあげるよ」

「やった! 絶対ですよ!」


 そして、事情を何も知らないヴィンセントが半日の間、ジェットから怨み言を聞かされるはめになり、私は少し申し訳なく思うことになるのだった。

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