08 悪魔付き令嬢の昼食



「う~ん、クリスとランチなんて嬉しいなぁ!」


 翌日のお昼休み、食堂に移動した私達は、中庭が一望できる窓辺の席に座った。ちなみに、今ここにいるのは、私、ジェット、ヴィンセントだ。


 ジェットは私の右隣を陣取ると、ヴィンセントは私の左隣に座った。ジェットはヴィンセントも一緒なのが少し気に食わないのか、拗ねたように言った。


「ヴィンセント、ボクが誘われたんだから遠慮してくれてもいいんだよ?」

「アホか。男女2人きりで食事なんて変な噂を立てられるぞ?」

「む~、ボク達が有名人なばっかりに残念だ」


 ジェットはそう言うと、サンドウィッチを口に運ぶ。


「でも、クリス。なんで急にボクとご飯食べようって思ったの? 君、いつもすぐにどこかに行っちゃうのに」


 ジェットがそう思うのも無理はないだろう。私はジェットに捕まる前にすぐ昼休みは中庭に移動していたのだ。


「友人達と一緒に食事をしたいと思うのはいけないことでしょうか?」


 私がもっともらしい事を口にすると、ジェットは目をぱちくりさせる。そして、天使のような笑みを浮かべて首を横に振る。


「全然っ! ボクは嬉しいよ!」

「良かったです」


 私も抱えていた5号を置いて、グラタンの粗熱を取る為にスプーンで軽くかき混ぜた。


 熱々のグラタンから湯気が立ち上がり、私は少しわくわくする。


「そんな熱い物、よく食べられるな……」


 ヴィンセントは半目になりながら、スパゲッティを巻いていた。


「ヴィンセント様は猫舌ですものね。美味しいですよ、グラタン」

「美味いのは認めるがな……ん?」


 ヴィンセントが中庭の方に目をやり、一点を見つめていた。


「……シヴァ兄?」

「シヴァルラス様っ⁉」


 私はヴィンセントの視線を追うと、見慣れた金髪の青年とココア色の髪の少女を見つけた。


(来た~~~~っ! イヴとシヴァルラス様のマルチイベントーっ!)


 シヴァルラスがベンチに置いてきた本をイヴが拾い、本を取りに来た彼と鉢合わせるのだ。

 2人が言葉を交わしている様子が分かる。図書室のイベントが潰れているのだ、きっとゲームとは違う会話が繰り広げられているに違いない。その特殊ボイスをぜひ、このオタクに聞かせて欲しい。


 思わず私は、スプーンを握る手に力が入った。


(あぁ~っ! 2人の会話聞きたい~~っ! なんで私は中庭のベンチに生まれ変わらなかったの! 誰か拡声器持ってきて! もしくは推しのセリフを校内放送で流してーっ!)


「おい、クリスティーナ」

(はっ!)


 ヴィンセントに呼ばれて我に返った私は淑女スマイルを彼に向ける。


「はい、なんでしょう?」

「心中は察するが、グラタンが可哀そうなことになってるぞ?」

「へ……?」


 私の手元にはぐちゃぐちゃにかき混ぜられたグラタンが。しかも、考え事をしていたせいでホワイトソースが器の外に飛び散ってしまっている。


「ああ……」


 好物のグラタンが悲惨な事になってしまった私は、思わず声を落とした。


「グラタン……」

「クリス、殿下の事が大好きだもんねぇ……それにしても夢中になりすぎだよ?」


 ジェットはそう言って、飛び散ったホワイトソースを綺麗に拭いていく。そして、赤い瞳がイヴの姿を捉えた。


「えーっと、彼女は誰だっけ?」

「お前なぁ……うちのクラスは他のクラスに比べて人数が少ないんだから覚えておけよ。イヴ・ラピスラズリだ」


 ヴィンセントがそう言うと、ジェットは思い出したように「ああっ!」と手の平を打った。


「ブルースの姉だったか妹か! 彼女変わってるよねっ!」

「お前に言われたらお終いだよ」


 容赦のないヴィンセントの言葉にジェットは頬を膨らませる。


「ひどいなぁ~っ! でも、彼女って他の令嬢に比べて、こう……令嬢感がないっていうか、垢抜けないよね」


 ジェットの言葉に、私とヴィンセントは「ああ」と納得する。ジェットはこの国に来てまだ日が浅いのでラピスラズリ家の事情を知らないのだ。


「彼女は養女ですから」

「え? そうなの?」


 ジェットの言葉に、ヴィンセントは静かに頷いた。


「ああ、それも孤児院育ちの平民出身だ」


 一時期社交界で噂が持ち切りだった。ラピスラズリ家が平民の養女、それも孤児院の子どもを引き取ったと。


「ん? え?」


 ジェットは可愛らしく首を傾げた。ジェットが首を傾げるのも無理がない。跡継ぎがいなくて養子を取るなら道理が分かる。しかし、ラピスラズリ家には既にブルースという跡継ぎがいるのだ。


「えぇっと……ラピスラズリ家の当主は貴族の娘じゃなくて、わざわざ平民、それも孤児院の子どもを引き取ったの? ブルースのお嫁さんに?」


 一応息子の将来の嫁として、貴族の娘を養女として迎え入れる話もないわけではない。しかし、それはその家にふさわしい女性に育てるためだ。わざわざ孤児院の子どもを引き取って育てる道理はない。


(そっか、そういえば2人ともまだ知らないんだった)


 イヴには人の心を癒す特別な力がある。13歳の時、イヴはその力を使って事件を解決し、ラピスラズリ侯爵に引き取られるのだ。


「ラピスラズリ侯爵の心意は知らんが、彼女は魔力が強いらしいからな。それで引き取ったんじゃないか? それにブルースはだしな。侯爵家の未来を心配したんだろう」

「どこの誰が、ですか、ヴィンセント様?」

「げっ…………」


 背後からそう声がし、私達が振り返るとプラチナブロンドの少年が立っていた。


「ブルース……っ!」

「相変わらずヴィンセント様は毒舌ですね。まあ、オレも褒められた性格ではないことを自覚してますけどっ!」


 ブルース・ラピスラズリはそう言って、目尻が下がった空色の瞳をジェットと私に向けた。


「ごきげんよう、ジェット様。そして相変わらず精巧な人形のように美しいですね、クリスティーナ嬢。3人仲良くランチですか? オレも混ぜてくださいよ」


 彼は返事も聞かずにジェットの隣に座り、食事が載ったトレーを置いた。


 ヴィンセントはあからさまに嫌な顔をし、青い瞳からみるみると輝きが失っていく。


 ブルースは家柄も人柄もヴィンセントの対極にいる人物だ。


 素直になれない上に仏頂面のヴィンセントとは違い、ブルースは愛想がよく、女性を褒める、というより口説くのが上手いのだ。手当たり次第女性を褒め散らかしているので、プレイヤーの間ではチャラ男と呼ばれている。


(私、ブルースが苦手なのよね……褒められるのは嬉しいんだけど、くどいっていうか、ねちっこいっていうか……顔がうるさい……)


 ジェットも笑顔がうるさい方だが、ブルースとジェットならジェットの方が好きだ。


 ブルースはニコニコとバケットをちぎりながら言った。


「んで、オレの家の話をしてたみたいですけど、何を話してたんです?」


 お前がちゃらんぽらんだから侯爵が養女を迎えたんじゃないかって話をしていた、なんて言えるわけがない。私とヴィンセントが言葉を選んでいると、ジェットが眩しいくらいの笑顔をブルースに向けた。


「ブルース、君は近々橋の下に捨てられる予定でもあるの?」

「ぶっ!」


 ジェットの直球すぎる物言いに、ヴィンセントが失笑する。ブルースも一瞬呆気にとられたが、すぐに笑顔に変わった。


「残念ですけど、答えはノーです。なんでそんな話になったんです?」

「君の義妹いもうとだっけ? あの子は養女なんでしょ?」

「ええ、そうですよ。なんで彼女を迎え入れたのか、オレにも分かりませんが、可愛いのでオールオーケーです」


 ブルースらしい回答だと思いながら、私は淑女の笑みを浮かべる。


(ブルースルートも良かったけど、やっぱりシヴァルラス様よね。顔が良い。これに尽きる)


 そんな事を考えていると、ジェットがニコニコしながら私のグラタンを指さした。


「その君の義妹がクリスの大好きなシヴァルラス様と逢瀬をしてて、彼女がご乱心だったんだよ。見なよ、この可哀そうなグラタンを」

「おお、なんて惨たらしい……申し訳ございません、クリスティーナ嬢。うちの義妹いもうとが可愛いばかりに嫉妬を……」

(一体、なんのコントを見せられているのかしら?)


 互いに軽口を叩き合うジェットとブルースを横目に、私は冷めたグラタンを掬った。


「私は淑女なので嫉妬もしませんし、心に乱れなんてありません」


 私が中庭に目をやると、イヴとシヴァルラスが仲睦まじくベンチに座って会話をしている。


 一体、何の話をしているのだろうか。ゲームでは本の話に花を咲かせていた気がするが、2人の楽しそうな顔にこちらまで顔が緩みそうだ。


(見てよ、シヴァルラス様のあの穏やかな表情! 私の前では絶対にしないわよ!)


 優秀過ぎる兄達のせいで、シヴァルラスは何も取柄がない事にコンプレックスを抱いている。兄達に続いて婚約者候補で有力と言われているクリスティーナも加わり、自分の平凡さに辟易していた彼を救うのがイヴだ。


 しかし、イヴにも隠された才能があると知って、嫉妬し突き放してしまうのがシヴァルラスルートである。


(……うう……尊い……)


 私は推しの尊さに震えていると、ブルースがため息を漏らした。


「クリスティーナ嬢……義妹と殿下の様子をあんなに熱心に見つめて……」

「こりゃ、ショックがデカそうだな……」

「クリス~、泣きたいならボクの胸が空いてるよ~」


 彼らの会話は全く耳に入ってこなかったが、これで安心して推しのイチャイチャが見られそうだ。


 私はグラタンと一緒に幸せを噛みしめて、推しとヒロインの様子を見守るのだった。



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