五章 悪魔付き令嬢のイベント×イベント
01 悪魔と悪役令嬢の久しぶりのお茶会
入学してさらに時がひと月の時が流れた。
ある日の昼下がり、私、クリスティーナ・セレスチアルの心はウキウキだった。
今日は全学年午前中で授業が終わり、中庭の談話スペースで昼食を摂る予定だった。
それも私1人ではない。
私の最推し、シヴァルラスと昼食会をするのだ。
(待ってました~っ! 私の大好きなイベント~っ!)
イヴが昼食を摂ろうと中庭に行くと、シヴァルラスとクリスティーナ、そしてヴィンセントに遭遇するのだ。
そこでヴィンセントが「1人で昼食とは可哀そうな女だな。慈悲深いオレが隣に座る事を許そう」とイヴを誘うのだ。
(あの時は『食事に誘ってくれるなんて、この電柱もたまには役に立つな』って思ってたけど、ヴィンセントを知ってる今なら彼の心中が分かるわ……)
きっと彼は『1人でご飯を食べるなら一緒に食べないか?』と誘いたかったに違いない。
(でも、クリスティーナは心中穏やかではなかったんだろうな~)
シヴァルラスとは学年が違い、なかなか会うことができない。おまけに婚約者候補は他にもおり、この学園に通っている。幼馴染のクリスティーナは今まで彼女達の嫉妬を一身に受けていた。
つまり、この昼食会はクリスティーナにとって、大好きな彼との数少ない逢瀬の時間であり、幸せのひと時である。
しかし、その束の間の幸せに、
(おまけに手作り弁当まで披露されたらね……そりゃ負けられないわ)
そして、クリスティーナの料理イベントが発生する。
(さあ、来るなら来いイヴ! この悪役令嬢クリスティーナ・セレスチアルが相手をしてやる! ……と言いたいところなんだけど)
私は目の前に座る人物に目をやる。すると、私の視線に気づいたその人物はゆっくりと顔をあげた。
「どうしたの、クリス?」
「……何でもないわ」
私とヴィンセントがシヴァルラスと昼食会をすると聞いて、この悪魔が黙っているわけがなかった。
(まあ、さすがに殿下の前で暴れはいないか……)
ヴィンセントとシヴァルラスは少し遅れており、今は彼と2人きりだ。
彼は食堂から借りてきたガラス製のティーポットをじっと眺めている。ポットの中身は徐々に色づき始め、中で浮き沈みする茶葉を目で追っておいた。そんな彼は見た目よりも幼く見え、私は出会った頃を思い出す。
私と小さなお茶会をしている時も、よくこうしてポットを眺めていた。
「本当に好きね。そんなに面白い?」
「うん……とても綺麗……」
彼は色が変わっていくものや綺麗なものが好きだ。私の前に姿を現した理由も私の心の色を見たいからというものだった。
(もし、ジェットがイヴに興味を持つなら、きっと同じ理由よね……イヴは特別な魔法を持ってるわけだし)
人の心に触れて癒す魔法を使う事ができる。そんな特別な魔法を使えるなら、きっと心の色だって他の人とは違うはずだ。
(攻略キャラはみんな、イヴの魔法に心を癒されて、彼女に惹かれていくのよね……)
このゲームには各キャラに心の弱さがある。きっとジェットにも弱みがあるはず……なのだが、長年一緒にいても彼の弱みは一向に分からない。
(私には分からないけど、イヴには分かるのかな……それって……なんかな……)
なんだか言葉にできない感情が胸の奥でざわめくのを感じて5号の瞳を見つめた。
赤い瞳には不安げな顔をした私が映っている。
彼はイヴの事をどう思っているのだろう。
「ねぇ、ジェット」
「ん? なーに、クリス?」
赤い瞳が不思議そうに私を見つめ、こてっと首を傾げた。なんだか本当に子どもの頃の彼のようだった。
私はそれとなく彼女について聞こうと思ったが、少し躊躇いが混じる。もし、好意的だったらどうしよう。きっと彼は遠回しに言っても察してくれるだろう。しかし、曖昧な返事をされても困るのだ。
「イヴ様って、どう思う……?」
散々悩んだ結果、直接的かつ曖昧な質問をしてしまった。
「イヴ様って、イヴ・ラピスラズリ?」
「そう」
彼は怪訝な顔をしながらも答える。
「前にも言ったけど、普通だね。令嬢として普通じゃなくて平民の女の子みたい。うん、ザ・普通」
彼にしては少し棘のある言い方に私は少し引っかかる。
「そうじゃなくて……ほら、心の色とか見えるでしょ?」
「ん~?」
彼はきゅっと眉を寄せて渋い顔をすると、うなだれてしまう。
「クリス、急にどうしたの?」
「ほら、その……イヴ様は無邪気というか分け隔てのないっていうか、みんなと仲良くしようとするタイプだからどんな心の色をしてるのかなって……」
嘘は言っていない。ヒロインの心の色について昔から聞いてみたかったのだ。
「ん~……」
彼は低く唸りながら、紅茶をティーカップに注いで私に渡す。
「まあ、年頃の女の子というか、令嬢の中では綺麗な色だよ。何色って聞かれると困るけど……」
「そうなんだ……」
「まあ、君には負けるけどね。なんたって、クリスは完璧な淑女だし。ねぇー、5号?」
ジェットが5号に話しかけると、勝手に動き出した5号は口のチャックを開けた。
「いひひひひっ! まったくだぜぇ! あんな土臭いジャガイモ女にクリスが劣るわけがねぇ!」
5号は汚い笑い声を上げながら、テーブルによじ登り角砂糖を貪り食う。そんな様子を見て、ジェットは優雅に微笑んでいた。
「ほら、5号もこう言ってるよ?」
「田舎娘は田舎娘らしく、芋でも洗ってるのがお似合いさァ! ぎゃはははははっ!」
相変わらず、彼の腹話術は口が悪い。しかし、それもなんだか懐かしい。
「可愛い5号に汚い言葉を使わせないの」
「はーい」
ジェットはそう言いながら5号の口から砂糖を吐き出させた。
(イヴは誰と恋をするんだろう……)
この1か月、彼女はシヴァルラス以外にもブルースやグレイムとも交流しているようだった。
(私としてはシヴァルラス様をガンガン攻略して欲しいんだけどなぁ! もうすぐルート確定の時期なのに)
このゲームの最大のイベント。それは『悪夢の箱事件』と呼ばれている。
学園に悪夢(魔物みたいなヤツ)が侵入してしまい、生徒達の心が奪われる事件が起こるのだ。心を奪われた生徒は眠りから目覚めることなく眠り続けてしまう。イヴは攻略キャラと共にその事件を解決するのだ。
(……確か、悪夢に最初に襲われるのが攻略キャラのはず)
心を奪われそうになったところをイヴの心を癒す魔法のおかげで助かるのだ。
このイベントが発生した直後にルートが確定される。そして、私の運命のカウントダウンがスタートとなるのだ。
(回避余裕とはいえ、怖いなぁ……国外追放される前に一生分の推しを拝んでおこう)
「クリスティーナ、ジェット。待たせた」
「2人とも、すまない」
シヴァルラスとヴィンセントの声が聞こえ、私はやっと来たかと顔を向ける。
「…………なっ⁉」
私は思わず声をあげた。
「す、すみません……お邪魔します」
シヴァルラスとヴィンセントの間で申し訳なさそうに頭を下げたのは、ヒロインのイヴだった。
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