08 知らない未来(1)

 私、クリスティーナ・セレスチアルはジェットに腰を支えてもらいながら、必死にしがみついていた。


『さぁ、ブルースを追いかけるか』


 そう言って、悪魔は私を抱えたまま2人が1時間かけて走った距離をたった15分でたどり着いたのだ。どんな魔法を使ったのか分からないが、前世で乗った絶叫マシーンもびっくりの速度で飛行したのである。


 ちなみに、保健室に残されたヴィンセント達は悪魔の暴挙により、おねんね(物理)しているらしい。


 ジェットは着地した衝撃で気絶している黒服の男達と身なりの綺麗な痩身の男を見て、小さく首を傾げた。


「もしかしてお取込み中だった? でも、おかしいな~……ボクが知る世界線だと、邪魔はなかったと思うけど? クリスはどう思う?」

「ざ、残念だけど……私が知る世界線では邪魔者がいる世界線があるのよ……」


 黒服の男達はおそらく、ラピスラズリ侯爵家の下男。そして、そこにいる身なりの綺麗な痩身の男は私も何度も顔を合わせたことがある。

 私はジェットから手を離し、根性で立ち上がった。


「ご無沙汰しております、ラピスラズリ侯爵。このような場所でお会いできるとは思いませんでした」

「ふん、セレスチアル家の令嬢か……」


 ラピスラズリ侯爵は私を一瞥した後、ジェットに向けた目を大きく見開いた。


「これはこれは……確か、貴方は隣国の……」

「先日は王城で兄弟ともどもお世話になりました。改めて第2王子、ジェットと申します。貴殿のご子息息女とは仲良くさせていただいてます」


 にこやかなに挨拶をする悪魔に、私は思わず感心してしまう。


 何が仲良くしているだ。お前の息子をいじり倒し、養女の魔力を根こそぎ奪おうと画策し、さらにはラピスラズリ家を潰そうと考えている悪魔だ。よくもまあ、いけしゃあしゃあと言えるものだ。


 私は淑女の顔を貼り付けたまま聞いている。


(というか、バッドエンドに乱入しちゃったけど大丈夫かしら……)


 正直、クリスティーナに転生した私はラピスラズリ侯爵が苦手だ。代々我が家は王族と仲がいいのもあって、ひがまれるのも無理はないのだが。今もラピスラズリ侯爵は私を厳しい目つきで凝視ぎょうししている。


「ジェット様、一体どうしてこちらへ……そして、何故セレスチアル侯爵令嬢と共に?」

「実は、ブルースが駆け落ちすると聞いて、涙を惜しんでお別れを言いに来たんです」

(嘘つけっ!)


 むしろ、お前は駆け落ちの邪魔しにきたんだろ。


 悲しむふりをしているジェットに私だけでなくブルースまでも目で訴えるが、彼はそれを無視して私の腰に手を回して引き寄せた。

 思わず驚いた私が淑女の顔が崩れそうになったのを必死に抑えると、彼はさらに続ける。



「あと、彼女はボクの未来の妻です」



 今度こそ、私の淑女の顔が崩れた。しかも、にっこりと微笑む悪魔が「ねぇ?」と首を傾げながら同意を求めてくるではないか。


 え? 私、本当に結婚させられるの? 


 視界の端でブルースが両手を合わせながら「おめでとうございます」って呟いている。言葉と仕草が一致してないブルースに一言言ってやりたかったが、ラピスラズリ侯爵が射殺さんばかりにこちらを見ていてそれどころではなかった。


 若輩者が見せつけのようにくっついて見えるが、これは悪魔の立派な嫌がらせである。

 これから心臓を潰されるような嫌がらせを受けることを考えると、怖くて怖くて仕方がない。


 険しい顔つきの侯爵がゆっくりと口を開いた。



「未来の妻……? ジェット様、それは考え直した方がよろしいかと」


 そうだ、もっと言ってやってくれ。


 私は思わず口に出しそうになったが、ジェットの表情が硬くなったのを見て口を噤んだ。

 彼の顔は笑顔のままだが、笑っているのは口元だけ。その笑みの意味に気付いていないのは侯爵だけだ。


「と、おっしゃいますと?」


 丁寧な口調であるはずなのに、ジェットの言葉からは鋭く冷たいものを感じる。私の腰を抱き寄せるジェットの腕から嫌な緊張感が伝わってきた。


「隣国の貴方は知らないでしょう。彼女の生家であるセレスチアル家が、なぜ王族と密接的な関係なのか。それは悪魔のような魔法に手を出しているからなのですよ」

(え、なにそれ?)


 自分の家のことなのに、思い当たる節が見当たらない。せいぜい、うちの変態達が面食いで自分好みの人形を作っているくらいだ。それさえ除けば、女性の理想を詰め込んだ紳士である。ましてや、母は一族で唯一の真人間。もし我が家の変態達が非人道的な魔法に手を出していたら、問答無用でぶちのめしている。


 私がジェットを見上げると、彼は相変わらず口元だけを持ち上げ、小さく首を傾げていた。


「悪魔のような魔法?」


 オウム返しをする彼に侯爵は深く頷いた。


「そう、セレスチアル家は人形使いで面食いの家系だ」


 本当、お恥ずかしい話です。よその家の当主に言われるとなんとも居たたまれない気持ちになる。私も例に漏れず、血筋故に面食いなのだが。


 話の腰を折らないように私は黙っているが、それが悪魔の魔法と何が関係するのだろう。

 話が見えない私に侯爵がさらにこう告げた。



「それゆえにセレスチアル家は、自分の理想の子どもを作る為に、胎内にいる子どもの容姿を作り替える魔法を作り上げた」

「──……はい?」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る