09 知らない未来(2)

 胎内の子どもの容姿を作り替える?


 理解が追い付かず、私は思わず首を傾げてしまった。

 ブルースもイヴも同様に首を傾げている。私はジェットを見上げると、彼だけはさっきまで浮かべていた笑みが消えた。


「王族は世継ぎを作らねばならないが、必ず男児が生まれるとも限らない。そこで、王族は代々男児を生むためにセレスチアル家の力を借り、第1子は必ず男児を生んでいる。これが、王族がセレスチアル家を懇意にしている理由です。そして……」


 侯爵が私を汚らわしいものを見るような目を向ける。


「それは一見美しい娘に見えますが、セレスチアル家の魔法によって作られた娘。まさに人形なのですよ」

(なんだと――――――――ッ⁉)


 まさかの事実を叩きつけられ、私は雷が落ちたような衝撃を受けた。

 そういえば、思い当たる節があった。


『貴女は人形じゃないのよ!』と口酸っぱく言う母。

『うちの淑女ドール、かわいい!』と騒いで母似の私に溺愛する変態父兄2名。


 そして、我が家は代々美形揃い。さらにあの遺伝である魔力の巡りが良過ぎるのも、メシマズの呪いも、全てセレスチアル家に伝わる魔法のせいなら納得がいく。


(おまけにここが乙女ゲームの世界なら納得度高いわ!)


 なんせ、心を癒す魔法が使えると思っていたヒロインは、実は心を操る魔法だったと言われるような設定を持つ世界だ。


(え、でもそれホントなの⁉)


 私が再びジェットを見上げる。未来を知っているジェットなら、もしかして知っていたのか? いや、彼はブルースエンドのバッドエンドを知らないようだったので、もしかしたら知らないかもしれない。いや、でもあの表情をしていた限りでは……


(あれ……?)


 ジェットは私を見下ろしてギョッとした顔をしている。赤い瞳が煌々と光っているのを見る限り、私の心を確認しているのは分かった。しかし、なぜ今心の色を確認しているのか。


「ジェット?」


 まさか、知らなかったのだろうか。

 彼はほっとしたような顔をすると、私の腰に回していた腕を離した。


「そうですか……その話を聞く限りでは、国家機密に相当するものだと思われるのですが……?」

「そうでしょうね。しかし、このような魔法が繰り返し行われていれば、そのうち人の在り方を変えることになる。人道から外れ、悪魔を生み出すでしょう。私は悪魔の手に落ちつつある王族を救うためにこれを告発しようと考えているのですよ」

(え……えぇえええっ⁉)


 それを私の前で言うのか。本気か、この御人は。私は侯爵のめちゃくちゃな発言に内心で頭を抱える。


「聞けば、貴方は国で立場があまりよろしくないとお聞きしております。どうでしょう、私と協力関係を組みませんか? ともにあの悪魔の一族を潰せば、その立場もよくなるかもしれなませんよ?」


 確かに彼は国で立場が危うい。しかし、それは彼が自国の学校の勉強をサボりまくり、優秀さをひた隠しにして、この国で遊んでいることがバレたせいである。そもそも、彼の国は友好国。そんなことをすれば、余計な亀裂を生むことになる。これがジェットではなく他の貴族なら喜んで賛同していただろう。侯爵の提案は、ジェットには何にも利益を生まず、提案すること事態がそもそもの間違いなのだ。


「へぇ、ねぇ……」


 ジェットのその言葉に、私は背筋に冷たいものが走った。


 彼は、イヴの力をどうにかしようと世界をやり直し続けた悪魔である。おまけにラピスラズリ家も潰そうとしている。


 そして彼は


 本能的に危険を感じた私は、少しずつ少しずつ彼から遠ざかる。私の動きを見て察したブルースが「こっちこっち!」と私を呼び寄せ、物陰に身を隠した。



「奇遇ですね、ラピスラズリ侯爵……」



 ジェットは隠し持っていた新聞紙をそっと取り出して棒状に丸めると、霧のように姿を消し、瞬く間に侯爵の目の前へ移動して見せる。

 瞬間移動とも言える素早い動き。こちらからは彼の表情は見えないが、どんな顔をしているのか私には分かる。



「ボクも悪魔って呼ばれているんですよ~っ!」



 ばちこーーーーーーーーーーんっ!


 彼が大きく振りかぶった新聞紙は地面に叩きつけられ、間抜けな音から想像もつかない衝撃波が侯爵の頬を掠めていく。侯爵の背後で大きな地響きと共に轟音が響く。地面が割れ、木々が薙ぎ倒され、文字通りの大きな爪痕を残していた。


 それを見て腰を抜かした侯爵の頬から一筋の血が流れる。侯爵の胸倉を掴んで無理やり立ち上がらせたジェットは、嬉しそうに声を弾ませた。


「やっぱりお前か~っ! よくもまぁ、嫁ぎ先にまでベラベラと喋りやがって、このおしゃべりさんめが~!」


 丸めた新聞紙が赤い光を纏い、ヴゥウンと低い唸り声のような音を上げる。

 遠くからではあるが、侯爵が恐怖で震えているのか私達がいるところでもよく分かった。恐怖映像過ぎて固まっているイヴをブルースは後ろに向かせて耳を覆っていた。

 彼はポケットからあの白い箱、悪夢の箱を取り出し、片手で蓋を開けた。

 箱から黒い瘴気がまるで無数の手のように漏れ出ている。それは地を這って足元を黒く浸食させる。


 そして次に聞こえてきたのは、ジェットのやけくそ気味に言い放たれた言葉だった。



「それじゃあ、お休み! いい夢見ろよ、クソ野郎!」

「ぎゃぁああああああああああああああああああっ!」



 断末魔と共に、悪夢の箱から出た黒い瘴気が侯爵を飲み込んでいった。



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