09 悪魔付き令嬢のお披露目
社交界のお披露目の日。
会場である城へ行き、順に国王に挨拶を済ませるとパーティーが始まる。
音楽が流れ、紳士淑女が手を取りダンスを踊る中、正装に身を包んだヴィンセントが会いに来てくれた。
「これは随分と着飾ったな、クリスティーナ」
まじまじと私を見つめるヴィンセントに私は礼をする。
「ありがとうございます。今日の為に頑張ったんですよ?」
私は純白のドレスに身を包み、顔にはメイクも施されている。父も兄も「絵に残したい」と感激するほどの出来であり、母も「貴方はとても可愛いわ! 淑女の顔は忘れて、にっこり笑うのよ!」と言っていた。
ドレスは今日の為に仕立てられ、まるでウェディングドレスのようだった。社交界デビューは女性は白いドレスと決まっているらしい。
ヴィンセントは私を頭からつま先まで眺める。まるで値踏みするような視線が、出会った頃の彼を彷彿させ、笑いそうになる。
彼は私に手を差し出し、言いにくそうに口を開いた。
「クリスティーナ……オレと踊ってくれるか?」
「はい」
私は彼の手を取り、ホールの中央へ移動する。演奏が流れ、私はヴィンセントを見上げると、彼は無言で私のことを見つめていた。
(本当に背が伸びたなぁ~、ヴィンセント)
私がヒールを履いても見上げてしまう身長差。これからもっと背が伸びると思うと、成長というものは恐ろしい。
「クリスティーナ、
ヴィンセントが唐突に言い、私は「もちろん」と頷く。
シヴァルラスと踊りたい令嬢はごまんといる。今も誰が彼と踊るか小競り合いしているのだ。
私はまだ婚約者候補だが、兄とヴィンセントとも知り合いというのもあって、シヴァルラスから誘われてもう踊ってきた。
「そうか、ダンスはどうだっ……」
「もう最高だったわ」
彼が言い終わるか言い終わらないかの所で少し食い気味に私は即答してしまう。
なんせ最推しとのダンスだ。彼に手を取られ、あの近い距離で夕焼けのようなオレンジ色の瞳に微笑まれた時にはもう息が止まるかと思った。
生まれ変わるなら悪役令嬢じゃなくて靴下や植物が良かったと嘆いていた過去の自分を殴ってやりたい。クリスティーナ・セレスチアル最高。
そんな私にヴィンセントは呆れ気味にため息を漏らした。
「本当にお前は殿下が大好きだな」
「ええ、ずっと憧れだったんですもの」
前世から彼のことが好きだったのだ。画面越しで見ていた彼の微笑みが、今は液晶画面を介さずに見ることができる。
シヴァルラスの微笑み一つで私は何度も死ねる。それで死んでも私は後悔しないだろう。
「本当、お前は変わらないなぁ……」
「変わらないのは貴方もですよ? 着飾った私に何か言うことはないのですか?」
私が「褒めろ」と暗に促すと、ヴィンセントは「うっ」と言葉を詰まらせた後、口をへの字に曲げた。
「なんだ、褒め言葉を催促するつもりか?」
「着飾った女性を褒められないから、婚約を蹴られるんですよ?」
私の言葉に彼は今度こそ黙ってしまい、恨みがましく私に視線を投げつけてくる。
出会って6年、少しずつ素直になってきているが、どうしても彼は褒めるというのが苦手だ。長年友人をやっている私も彼から褒められたことはあまりない。
(友人として、ヒロインに振られた後のことを考えてあげなくちゃ。女の子を褒められないんじゃ、将来の冷や飯を食わされることになるわよ! さあ、私を褒めなさい、ヴィンセント!)
私が長年で鍛えた淑女スマイルで彼を見つめると、彼は私から視線を逸らし、恥ずかしそうに口を開いた。
「き……き、綺麗だ」
彼の頬が朱に染まる。私は淑女の笑みを浮かべた。
「2点」
「あのなぁ……」
彼は肩を落とし、何か言いたげにするも言葉を飲み込んだ。
演奏が終わり、ヴィンセントを待つ令嬢達の視線が私にも突き刺さる。
そういえば、彼も公爵家の嫡男だ。彼と踊りたい令嬢もたくさんいるに決まっている。
「ヴィンセント様、ありがとうございました」
「ああ……クリスティーナ」
「はい?」
青い瞳がどこか不機嫌そうに私を見下ろし、彼はため息まじりをついた。
「明日、誕生日だったな。明日も伝えるが……誕生日……おめでとう」
ぶっきらぼうに伝えられ、私は淑女の顔を忘れて笑ってしまう。
「はい、ありがとうございます」
私、クリスティーナ・セレスチアルは明日、14歳になる。自分の誕生日の前日がお披露目の日とは思ってもなかった。もちろん、明日は屋敷でパーティーを行う予定だ。
「明日、待ってますね」
「ああ」
ヴィンセントと別れ、時間はあっという間に過ぎて行った。今日は日付が変わるまでパーティーが続く。もうすぐパーティーが終わる時間になるが、まだジェットの姿は見えない。
(ジェット……来られないのかな……)
まさか、屋敷で私を待っているのだろうか。しかし、私はちゃんと城に来るように伝えてあるので間違えないと思う。
(ちょっと風に辺りに行こうかな……)
さっきから色んな人にひっきりなしに話しかけられたり、ダンスに誘われたりしている。
少し疲れてしまった私は、バルコニーに移動しようと足を向ける。
「お嬢さん」
背後から誰かに声を掛けられた。少しうんざりした気持ちになりながらも、私は淑女の顔を作る。
「はい……?」
私が振り返った時、不意に手を取られ、そのまま人ごみの中に引きずり込まれた。相手の顔を見ようにも人ごみをかき分けて動いているせいで顔が上げられない。
「あ、あの、ちょっと……!」
私がようやく顔を上げた時、柔らかに揺れる金髪が目に入り、驚いてしまう。
私はその後ろ姿に見覚えがあった。しかし、私が知る後ろ姿よりも背が高く、体つきもしっかりしていた。
その人は会場を離れて、薄暗い部屋に私を連れ込む。
パタンとドアが閉まり、改めて相手の姿を見た時、その人物はさっき見た時よりも小柄で、華奢な体格に変わっていた。
(え…………?)
私は思わず瞬きをする。
目の前にあるのは、柔らかな金髪に華奢な体格、ヒール付きのブーツを履いた少年の後ろ姿。
私が良く知る後ろ姿の人物は、ゆっくりと私に振り返った。
「お待たせ、クリス。遅くなってごめんね」
「ジェット……!」
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