04 謝罪
「ねぇー、ク~リ~ス~っ! クリスってばぁ! 機嫌直してよ~」
猫撫で声を出しながら、後ろから私の首に腕を回す悪魔に、私は頑として返事をしなかった。
被ったジュースは色が濃く、パステルピンクのドレスはまだら模様になってしまい、今別室でドレスのシミを抜いてもらっている。
頭も洗ってもらい、ドレスが戻ってくるのを待っていた。
ちなみに、2号も洗濯行きである。2号は洗濯できる素材ではないので、洗濯から戻ってきた時が怖かった。初めて作った人形というだけに、ショックが大きい。
「ねぇ、クリス~! ごめんって……ねーえ!」
「…………」
私は部屋に用意されたクッキーを口にする。
「あー、くっきーおいしいなー」
「もぉ~、クぅ~リぃ~スぅ~っ! ごめんってぇ~っ!」
起伏の無い声でしゃべる私をジェットはぎゅっと抱きしめた。
「騒ぎ起こした事とか、ジュースかけた事とか悪いと思ってるよぉ~! ボク、猛反省!」
声の調子も、表情もまったく反省の色が見えていないのは丸わかりだった。
だからこそ、私はがっつり不機嫌丸出しの顔をジェットに向ける。
「本当に…………悪いと思っているの……?」
怒ってるんだぞと本気で怒りの態度を見せる私だったが、彼は満面の笑みに変わる。
「うん、思ってる!」
絶対にそう思っていない返事に、私はため息を漏らした。
「貴方のせいで、お父様とお兄様にも迷惑がかかるのよ? どうするの、今後お父様とお兄様がお城で肩身の狭い思いをしたら!」
「えぇ~? あの変態なら、そんな些細なこと気にしないって! それにキミだってシヴァルラス……殿下だっけ? あの人の玉の輿に乗るなら、アイツなんてどうでもいいし。それに殿下とも2人きりでお話しできたでしょ?」
「ええ、そうね。私はひたすら平謝りしてたけどね!」
ついさっきまでシヴァルラスが私の相手をしてくれて、今はヴィンセントに会いに行っている。
私はシヴァルラスと2人きりになった時に、会場で騒ぎを起こした原因を話した。もちろん、ジェットのことは言わず、全責任は私にある事、そしてできればヴィンセントと話をしたい旨を伝えた。
正直、あれだけ罵詈雑言吐いた令嬢に会ってくれるかどうか怪しい。私なら会いたくない。
しかし、騒ぎを起こした元凶である彼は、拗ねるように唇を尖らせた。
「クリスの為に騒ぎを起こしたのになぁ~っ! アイツ、淑女のクリスの事を『独りぼっちで可哀そうぉ~』とか『辛気臭そうな顔してるなぁ~』とか言ってたんだよ? おまけに婚約者にしてやるぅ~とか言っちゃって。あんなのと結婚したら、絶対に後悔するね!」
私はヴィンセントの話を半分以上聞いていなかったが、確かにそんな事を言っていたような気がする。しかし、彼がそれほど悪いようには思えなかった。頭上にジュースが降ってきた時、彼は罵詈雑言吐いた相手である私を庇ってくれたのだ。
「だからって、相手に恥をかかせちゃいけないわよ? 公爵家に喧嘩売ったせいで私が結婚できなかったらどうするの?」
「大丈夫だよ~っ! その時はボクが何とかしてあげるっ! キミがほんのちょ~っとボクに魂を……」
「それは却下よ」
「ぷっぷのぷ~っ! クリスったらつれないんだから!」
ジェットは頬を風船のように膨らませ、クッキーを自分の口に放り込んだ。
「クリスの紅茶飲んでいい?」
「いいわよ」
「ありがとう~」
にこにこしながら紅茶を飲むジェットを見て私はホッと息をつく。
(もうそろそろ、お終いね……)
お茶会もそろそろ終わりだ。
メイドが染み抜きの終わったドレスを持ってきてくれると、部屋の外でヴィンセントが待っている事を教えてくれた。私はすぐにドレスを着て、ヴィンセントを部屋へ通した。
「ヴィンセント様、大変お待たせしました。失礼な事ばかりした私の為に、足を運んでくださりありがとうございます」
本当は私が足を運ばないといけないところだったが、部屋に来てくれた彼に私は頭を下げる。
彼は口をへの字に曲げて、眉間に皺を寄せていた。
「ああ、本当はお前が悪いんだ。けど、女に足を運ばせるのは男として悪いからな」
「チビのくせに生意気だなぁ~……お前のおやつにピーマン入れてやろうか? あーん?」
ヴィンセントの斜め下から睨みつけ、「ピーマンの苦みに悶え苦しめ」と呪詛のように言うジェット。しかし、2号がまだ戻ってきてないので、彼の声はヴィンセントに届いてなかった。ジェットを放っておいて、私は礼をする。
「はい。心より感謝致します。貴族の娘として、公の場で相手に恥をかかせる行為は許されるものではございません。私はどんな言葉も罰も受け入れるつもりでございます」
「クリス~っ! こんなのに頭下げてそこまでいう必要ないよ!」
ジェットを無視して、私はヴィンセントの言葉を待った。
しばらくすると、ため息が聞こえる。
「…………頭……上げろよ」
言われた通り顔を上げると、怒っているような困っているような顔でヴィンセントがこっちを見ていた。
彼は口を何度か開閉させた後、私から顔を逸らした。
「オレも……ったよ」
「え?」
彼の言葉が聞き取れず、私は思わず聞き返すと、彼は顔を赤くしてこっちに向き直った。
「オレも、悪かった!」
ヴィンセントはやけくそ気味にそう言い、私は目を丸くする。
「へ……? なんで?」
まさか謝られるとは思ってなかった。それは私だけでなくジェットもそうだったらしく、赤い瞳をまんまるにしていた。
ヴィンセントは気まずそうに口を開いた。
「お前の事、可哀そうとか辛気臭い顔とか……女にいう言葉じゃなかった。男……じゃなくて……その、シンシとして、ヒンセイを欠いた言葉だった。つまんなそうな顔してたから……その……笑わせようっていうか……笑顔が見たかっていうか……まあ……ごめん」
つまらなそうな顔。もしかして、私のすまし顔のことだろうか。たしかにジェットと思念通話をしている時も表情に出さないようにしていた。見る子どもにとっては、つまらなそうに見えるかもしれない。
(もしかして……普通に親切心から来てくれた?)
そこで私はヴィンセント推しである友人の言葉を思い出す。
『ヴィンセントはね、ヒロインの為に色々頑張るんだけど、空回りばっかで可愛いのよ!』
(あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!)
全てが合点した。そうだ、ヴィンセントは俺様でありながら、その実態は不憫系ツンデレ枠。全ては素直になれない故の空回りだった。
私がヴィンセントをプレイする前に友人からヴィンセントの話を聞いて「これは沼が深そうだ。深入りする前に他の子を攻略しよう」と思って後回しにしたのだ。
(こ、これが……ヴィンセントっ⁉ なんてわかりにくい優しさなの!)
まさか本物の空回りをここで見るとは思わなかった。シヴァルラスルートでは俺様っぷりを発揮していたせいで邪魔者扱いだったが、そうか、シヴァルラスルートのあんな事やこんな事は全部空回りだったのか。
(……邪魔するヴィンセントの事をシヴァルラスが責めなかった理由がこれかっ!)
「おい、なんか言えよ!」
何も答えない私にヴィンセントが口をへの字に曲げていた。それがなんだか可愛く見えてきた。
「ふふっ……ヴィンセント様って実はお優しいのですね」
「な、なんだよ急に……?」
「だって、ヴィンセント様に向かってあんな悪口を言ったのに、貴方はジュースから庇ってくれようとしたでしょう? ヴィンセント様はお優しい方なのです」
「っ!」
みるみるとヴィンセントの顔が赤くなっていく。年齢相応の子どもらしくて、とても可愛い。
(そうか、これがヴィンセントか……前世では『邪魔だ電柱』とか言ってごめんね。それにしても、今のヴィンセントって小さくて余計に可愛らしいのよね。本当に小さい。小さくて可愛い。小さ可愛い……いや、チビ可愛い……そうだ)
「チビ……」
「……あ?」
「はっ!」
やってしまったと思った時にはもう遅かった。ヴィンセントの額にはビシィっと青筋が浮いていた。
「チビ……?」
私は平静を装い、いつものすまし顔を作った。
「ち、違います。ヴィンセント様は小さくて可愛らしい方だと……」
「オレが……小さくてかわいい?」
火に油を注いでしまい、ヴィンセントの背後にメラメラと火が燃えているように見えた。心なしか、目にはうっすらと涙を浮かべている。
「クリティーナ……セレスチアル……」
「は、はい……」
ヴィンセントのドスの利いた低い声に、私は思わず伸ばしていた背筋をさらに伸ばした。
「いつか……いつかぜッッッッッたいにチビと言った事を後悔させて、ぎゃふんと言わせてやるからなっ!」
「は、はいっ⁉」
ヴィンセントは「いいかっ! 絶対だぞ! 覚えてろよ! オレは絶対にやる男だからなあ!」とドアを閉めるその瞬間まで叫んでいた。
ドアが閉まった瞬間、私はその場で崩れ落ちた。
(どうしてこうなった……)
ぽんと私の肩に誰かが手を置いた。
顔を上げると、必死に笑いをこらえているジェットがそこにいた。
「自分から喧嘩を売るなんて、さすがクリス! 淑女~っ!」
そう言った後、彼は腹を抱えながら空中で笑い転げていた。
今回ばかりは自分の迂闊さを心の底から呪った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます