05 素直になれない男、ヴィンセント



 オレ、ヴィンセント・レッドスピネルは友達が少ない。


 理由は簡単だ。とにかく口が悪い。そして、すぐ意地を張る。さらに、認めたくないがチビだ。公爵家の嫡男として下に見られないように頑張ってきたつもりだが、何の因果か最終的にチビだとバカにされる。


 1番仲が良いのは、2つ上の従兄弟であり、国の第3王子であるシヴァルラス・ヘリオライト殿下。オレを弟のように可愛がってくれて、オレはシヴァ兄って呼んでいる。


 ある日、オレはシヴァ兄からお茶会の招待状を手渡された。


「色んな貴族の子息や令嬢が来るんだ。ヴィンセントもお友達を作るのにいい機会だと思うよ?」

「でも、シヴァ兄。オレ、友達なんて作れるのかな……オレ、口悪いし……」


 そういうと、シヴァ兄は苦笑しながらもオレの頭を撫でた。


「お前は誤解されやすいだけで、根は優しい子だ。少し素直になれば大丈夫だよ」

「……うん」


 正直、オレは素直に話したりするのが苦手だ。どうしても思った事とは少し違うことを言ってしまう。


(でも、このままいくと結婚もできないんじゃ……?)


 昔、父も素直になれない性格で母に一目惚れをしたはいいが、何度も求婚を断られたらしい。それに今も昔も友達が少ない。


(性格も目つきも父さん似のオレは、同じ未来を辿るのでは?)


 そう考えると焦りが出てきたオレは、せめてまずは友達を作らねばと意気込むのだった。


 お茶会当日。オレは1人でクッキーを齧る事になる。


 まず、何故だか分からないが挨拶する間もなく相手から逃げられた。目つきか、オレの目つきが悪いのか。


 シヴァ兄に助けてもらおうと思ったら、シヴァ兄は女の子にたくさん囲まれていた。さすが優しいシヴァ兄は女の子にモテる。


(友達……できないか……ん?)


 お菓子のテーブルに女の子がいた。黒髪でパステルピンクのドレスを着た女の子は人形のように可愛かった。しかし、その顔はどこか落ち込んでいるようにも見えて、1人でお菓子を取っていた。それも2人分。


 彼女はベンチに座ると何やら不気味な人形の前に皿を置き、1人でお菓子を食べ始めた。


(まさか……こいつも友達がいないのでは……?)


 ほとんどの女の子はシヴァ兄の所にいて、数少ない他の女の子はすでに固まって談笑をしている。きっと彼女はオレと同じように友達が出来ず、1人で寂しくお菓子を食べているに違いない。声をかけてみよう。


(相手は女の子だ……優しく……そう、シヴァ兄みたいに優しく声を掛けるんだ! お嬢さんとか、キミとか……)


 オレは深呼吸をしてから彼女に近づいた。


 そして──


「おい、お前!」


 考えていた言葉ではなかったが、いつもより優しく声を掛けられたような気がする。こちらに顔を上げた彼女は、相変わらずつまらなそうな顔をしているが、怯えた表情ではない。


 ──行ける!


 そう思ったオレは彼女の名前を聞こうと思った。オレの名前を聞いたら、もしかしたら、驚くかもしれない。できれば家名は出さない方がいいだろう。


「おい、お前。オレが声を掛けてやってるのに挨拶もしないのか?」


 オレは内心で頭を抱えた。


(オレは何を言ってるんだ?)


 自分から声を掛けおいて、何故相手に挨拶を強要した。このままでは怯えられる。人形の前に皿を置いて1人でお菓子を食べているような子だ。もしかしたら、泣かれるかもしれない。


 しかし、彼女はスッと立ち上がると、淑女らしい完璧な礼をした。


「失礼致しました。私、クリスティーナ・セレスチアルと申します」

(セレスチアル?)


 確か、父さんの唯一無二とも言える親友の家名だ。


(ふーん……そうか……この子がセレスチアル侯爵の……)


 可愛らしい子だ。それに同い年くらいのはずなのに、大人の女の人のようにきちんとしている。むしろ、なんで周りはこんな可愛い子を放っておいているのか不思議でしょうがない。


(あ、やばい。ジロジロ見てしまった。会話だ。会話!)


 彼女は相変わらずつまらなそうな顔をしている。


(な、何か面白いことを話さないと。相手を喜ばせるような面白い話を……)


 そこでオレは我が家で鉄板の笑い話『父さんの大惨敗プロポーズ台詞』を思い出した。


 確か父は一目惚れした母に初対面でこういうのだ。


「よし。お前をオレの婚約者にしてやるっ! どうだ嬉しいだろう!」


 オレは思った。


(前振りもなくオレは何を言っているんだ?)


 まずい。非常にまずい。このままでは引かれてしまう。とにかく説明しなくては。


 オレは彼女が1人でいるから声を掛けた事とかをちょっと思った言葉とは違う風になってしまったが伝える。


 しかし、相手はうんともすんとも言わなかった。


(もしかして、人の話を聞いてない?)

「お前、人の話も聞けないのか?」


 もう地面に埋まりたい気分だ。この口の悪さと思った言葉と違う言葉が出るのは、もはや病気ではないのか。このままでは本当に嫌われる。そう思った時だった。


「小さいなぁ……」

「はぁ⁉ 誰が小さいだ! お前も小さいくせに! それにオレは小さくないからな!」


 こういう時だけ、素直に口に出せる自分が憎い。小さいと言われた事に怒ったオレは、とにかく小さくない事を主張した。とことん主張しているうちに頭の中がだんだん訳が分からなくなってきた。


「お前、オレが誰だか分かって…………ぶっ!」


 オレの顔面に何かふわっとした塊が当たった。それは、食べカスのついた綿だった。


「グチグチ、グチグチうっせぇーんだよ、このクソガキ!」


 くぐもった声が聞こえ、声のした方を向くとそれはベンチの上にいた。


 あの不気味な人形である。人形は棒状のビスケットを齧りながら、赤い瞳を不気味に光らせていた。


「さっきから聞いてりゃ、調子に乗りやがって! ティーポットに入れて蒸したろうか! テメェを蒸したらどんな色が出るんだろうなぁ!」

「な、なんだこの人形!」

「あーん? 誰が人形じゃ、オレにはジェットっつー名前があるわボケェ!」


 なんて口が悪いんだ。オレも人の事を言えた義理ではないが、この人形はその上を行く。カーッ、ペッと綿を吐きつけてきた。なんて奴だ。しかし、人形が独りでに喋って動くわけがない。


「そういえば……セレスチアル家は人形使いドールマスターの家系だったな……」


 つまり、これが彼女の本心か。なんて口が悪いんだ。オレも人のこと言えないが。


 その後、人形の口から淑女とは思えないような罵詈雑言吐かれ、売り文句に買い文句で「チビ」と連呼されたオレは悔しさから宣戦布告してしまった。そして気づけば、周りの視線が集まっていた。


(喧嘩になってしまった……これでは本当に友達ができない。きっとこの子も友達にはなれない。泣きたい)


 そんな時、シヴァ兄が来てオレはもちろん怒られた。女の子に怒鳴るのは確かにいけない事だ。そして謝れないオレの代わりにシヴァ兄が謝ってくれた。国の王子なのにオレなんかの為に。


 すると彼女は少し慌てた様子で話し始めた。


「あ……その、私が先にヴィンセント様に向かって失礼な事を言ってしまったのです。そ、それに人形を使って心無い事も言ってしまいました……そ、そのヴィンセント様……数々の非礼お詫びいたします」


 そう言って、彼女は頭を下げた。


 オレは驚いた。


(もしかして、コイツ……オレと同じなのでは?)


 思っている事と違うこと言ってしまう癖が彼女にもあるのではないか。もしそれなら同じ苦しみを分かち合える友達になれるかもしれない。


 オレが彼女に声を掛けようとした時、横を通り過ぎようとした給仕が大きくよろけた。


 給仕が持っていたトレーにはジュースが入ったグラスが乗っている。それが彼女に向かって大きく傾いたのだ。


(危ない!)


 オレは彼女を庇おうとしたが、彼女を庇うにはオレは小さすぎた。


 ジュースは彼女にも盛大にかかり、彼女共々、別室送りとなった。



 ◇



 別室で着替えていたオレは、やってきたシヴァ兄に謝った。


「シヴァ兄、ごめん……」

「何がだ?」

「……オレが悪いのに、シヴァ兄に謝らせた。だから……ごめん」


 シヴァ兄が謝る必要はなかった。素直になれない自分が嫌だ。オレが俯いているとシヴァ兄はオレの頭を撫でた。


「ヴィンセントは、謝りたくなかったのかい?」

「……ううん。謝りたかった」


 ちゃんと謝りたい。心からそう思った。すると、シヴァ兄は笑った。


「じゃあ、謝ってくるといいよ。彼女もとても気にしていて、謝りたいって言ってたから」

「え?」

「もしかしたら、お前と同じで素直になれない子なのかもしれないね?」


 素直になれない。やはり彼女も同じ悩みを抱えていたのだろう。


「シヴァ兄……オレ、謝ってくる!」

「ああ、行っておいで」


 シヴァ兄に笑顔で送り出され、オレは彼女がいる部屋に向かった。どうやらさっきドレスが綺麗になったらしくまだ着替えてないらしい。着替え終わってから、部屋にはいると彼女は「失礼な事ばかりしたのに」と言ってくれた。オレも口の悪い事ばかり言ったから、「いや、こちらこそ」くらい言うべきだ。


 しかし──


「ああ、本当はお前が悪いんだ。けど、女に足を運ばせるのは男として悪いからな」


 オレの口と頭は直結してないのだろうか。一度、頭を見てもらった方がいいかもしれない。どうしてこうなるんだ。


(やばい、また怒らせる!)


 オレが内心冷汗を掻いていると、彼女は完璧な礼をしてオレに頭を下げた。


「はい。心より感謝致します。貴族の娘として、公の場で相手に恥をかかせる行為は許されるものではございません。私はどんな言葉も罰も受け入れるつもりでございます」


 完璧な大人の謝罪だった。少し意味は分からなかったが、きっと頑張って考えた言葉に違いない。オレも謝らないと気を張る。しかし、また心にもない事を言ってしまうのではないかと不安があった。オレは緊張と一緒に息を吐き出して、心を落ち着かせる。


「…………頭……上げろよ」


 もっと他に言葉があるだろう、オレ。


 しかし、顔を上げた彼女は怒っている顔はしてなかった。それに少しホッとして、今度こそ謝ろうとした。しかし、彼女の顔を見ているとなかなか言葉にできなかった。


「オレも……悪かったよ」


 少しもごついたが、なんとか言えた。オレは自分を盛大に褒めてやりたい。


「え?」


 しかし、彼女には聞こえなかったらしい。なんてことだ。しかし、1度は謝れたんだ。次も言えるはずだ。


「オレも、悪かった!」


 オレはやけくそ気味にそう言うとつまらなそうな顔をしていた彼女が目を丸くしてこちらを見ていた。


「へ……? なんで?」


 まさか謝られるとは思ってなかった、そんな風だった。


「お前の事、可哀そうとか辛気臭い顔とか……女にいう言葉じゃなかった。男……じゃなくて……その、シンシとして、ヒンセイを欠いた言葉だった。つまんなそうな顔してたから……その……笑わせようっていうか……笑顔が見たかっていうか……まあ……ごめん」


 オレは思ったことを全て話せた。今度は口が悪くない。


 しかし、彼女は呆然とこちらを見ていた。何も返事がないとこちらが不安になる。


「おい、なんか言えよ!」


 また口悪く言ってしまった。これは呪いか。そう思っていると、つまらなそうな顔をしていた彼女の口元が持ち上がった。


「ふふっ……ヴィンセント様って実はお優しいのですね」


 笑った。あんなにつまらなそうな顔をしていた子が笑っている。それも笑顔が可愛い。まるで花が咲いたような優しい笑顔だった。


(それに、オレが優しい?)


「な、なんだよ急に……?」

「だって、ヴィンセント様に向かってあんな悪口を言ったのに、貴方はジュースから庇ってくれようとしたでしょう? ヴィンセント様はお優しい方なのです」

「っ!」


 みるみるとオレの顔が熱くなっていくのを感じた。分からないが、とても恥ずかしい。そして胸の奥がなぜか苦しかった。


 彼女は少しでもオレのことを分かってくれたのだろうか。もしそうなら嬉しい。


(あ、そうだ!)


 今なら友達になれる。そう思ったオレが口を開こうとした時だった。


「チビ……」

「……あ?」


 今、彼女はなんて言った?


「はっ!」


 やってしまったと言わんばかりに彼女が息を呑んだ音が分かった。もしかしたら、オレと同じで、思っていた事とは少し違うことを言ってしまったのかもしれない。


「チビ……?」


 オレがそう聞き返すと、彼女はあのつまらなそうな顔に戻った。


「ち、違います。ヴィンセント様は小さくて可愛らしい方だと……」

「オレが……小さくてかわいい?」


 小さい。確かにオレは小さい。それは認めよう。しかし、オレは男だ。父も背が高いし彼女より大きくなる希望は十分にある。そういえば、さっき人形に「体も器も小さい」と言われたような気がする。そして、可愛いとは何だろうか。なんとなく男として見られていない事に悔しさが込み上げてきた。


「クリティーナ……セレスチアル……」

「は、はい……」

「いつか……いつかぜッッッッッたいにチビと言った事を後悔させて、ぎゃふんと言わせてやるからなっ!」

「は、はいっ⁉」

「いいかっ! 絶対だぞ! 覚えてろよ! オレは絶対にやる男だからなあ!」


 オレは部屋から飛び出し、真っすぐに父の仕事部屋に突撃した。


 いきなりオレが職場に現れた事に驚く父。そして、その隣には来客がいたが、そんな事は気にしていられなかった。


「父さん! 女の口説き方を教えて!」


 開口一番に出た言葉に父は目を丸くし、客人は大爆笑していた。


 そして屋敷に戻った後、オレは背を伸ばす方法を考えた。父は背が高いがオレが父のように伸びるとは限らない。必死に考えて出た結論は、まず牛乳を飲むことから始めるのだった。



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