03 開戦の狼煙

 私達が作戦会議を終え、彼が待つ階段のところまで行くと、私達に気付いた彼が顔を上げた。


「作戦会議はもういいの?」


 彼は鳥籠をドラゴンに預け、立ち上がると私を見下ろす。いつもと変わらない天使のような笑みを浮かべる彼に、私は力強く頷いた。


「ええ、大丈夫よ」

「じゃあ、ルールを確認するよ。制限時間は5時から6時の1時間。チャイムが鳴り終わるまでだ。イヴとブルースは別室で待機。ボクの勝利条件は1時間内に君達を捕まえること。君は逃げ切ること。ハンデとして、ボクは身体強化しか使わない。他に何かある?」


 彼は簡潔にいうと、私は彼の隣にいるドラゴンに目を向けた。深紫の瞳をしたドラゴンは私をじろじろと見つめて、ぷいっと顔をそらした。私達が自分の主人をいじめていると思っているのかもしれない。



「その子はどうするの?」

「セピアは捕まった人の監視役兼荷物番。鳥籠に悪夢もいるから見張ってないとね」



 さすがにドラゴンも鳥籠にいる悪夢も連れていけないだろう。それにこのドラゴンは頭の良さそうな子だ。監視役としても荷物番としてもきっちりやってくれそうだ。


「隠れ鬼が終わるまで、イヴには手を出さないのよね?」

「祖国の賢者に誓って、その約束は守るよ。セピアも一切干渉しないように言いつけてあげるよ。いい? セピア?」


 茶化すように誓いを立てた彼は、ドラゴンに目を向けるとドラゴンも大きく頷いた。

 私はほっとしてさらに確認をする。


「私が勝ったらイヴの魔力を奪うことと世界をやり直すことをあきらめる」

「ボクが勝ったら、休学させてボクの国に連れて帰って両親に挨拶させるから覚悟してね」


 オブラートに包んではいるが悪魔は堂々と言ってのけ、私は顔を引きつらせる。


(まさか、本気じゃないわよね……)


 彼は相変わらずの笑顔で、表情からではまったく読み取れない。しかし、彼の未来のためにも、自分のためにも私はこの勝負には負けられない。


「じゃあ、時計の針をみんな合わせて」


 近くの教室にある時計の針と自分たちの懐中時計の針を合わせる。

 昇降口に移動し、ジェットは朝礼台に腰掛けた。彼のドラゴンは鳥籠を持ち、監視場所である保健室へ行く。

 隠れ鬼の範囲は校舎内を除く本校舎と第2校舎の敷地内。この学園の敷地はかなり広いが身体強化を使えば問題ない。隠れる場所もたくさんある。


 キーンコーンカーンコーン……


 5時を知らせるチャイムが鳴り、私達4人は身体強化して走りだした。

 私は5号を強く抱きしめる。

 ジェットが動き出すのは5分後。未来を決める1時間が始まった。



 ◇



(変なことになったな……)


 オレ、ヴィンセント・レッドスピネルは頭を痛めていた。


 ここ2日間で得た情報量が多すぎる。


 クリスティーナは前世の記憶があったり、ジェットは人生を何度もやり直していたり、頭の中で整理が追い付いていない。

 とにかく、ジェットのヤツが途方もないことを繰り返している事は確かだった。



(でも、アイツの気持ちも分からないでもないな……)



 今はそうでもないが、かつてオレも思っている事と違う事を口にしてしまう癖があった。

 もし、やり直しが利くならやり直したいと昔のオレは何度も願った記憶がある。近い未来で大切な友人が大変な目に遭うならなおさらだ。しかし、もしオレがジェットの立場だったら、アイツのようにオレは何度も同じ時間を繰り返せるだろうか。


 何度も友人関係をやり直し、その友達の不幸な未来を何度も見る事が出来るだろうか。


(つか、アイツ、クリスティーナの事が好きだなとは思ったが、筋金入りだったとはな……)


 ジェットに同情する気持ちもあるが、アイツが勝ったらクリスティーナがアイツと結婚することになる。それだけは阻止せねば。


(クリスティーナの作戦が上手くいくといいが……まあ、兎にも角にも、まずは自分だな)


 今、オレは中庭の茂みに身を潜めている。正直、図体が大きいオレが隠れられる場所は限られるので中庭を選んだが、緑が多い背景では赤い髪が悪目立ちしすぎた。

 もうすでにジェットが動き出している時間だ。


 作戦会議でクリスティーナは初めが肝心だと言い、特にオレに念押しをしてきた。オレはできるだけ時間を稼がねば。



「ヴィンセント、見ぃ~つけたっ!」



 背後からアイツの声が聞こえ、オレはすぐさま振り返った。

 しかし、そこにジェットの姿がなく、何の変哲もない中庭の風景が広がっている。


「ジェット……っ! どこだ!」

「ここだよ!」


 ヤツの声が聞こえたかと思うと、オレの両足に痛みが走った。オレは足元を見て固まる。足元の地面から生えた2本の腕がオレの足を鷲掴わしづかみにし、ぽっかりと空いた穴から2つの赤い光がこちらを覗いていた。


「ぎゃぁあああああああああああっ!」

「やっぱり君の叫び声を聞かないと、始まった気がしないよねぇーっ!」

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