06 シナリオ改変
私は心の底からあの悪魔の名前を叫んだ。それはもう全力で。
(ジェットめぇっ! なんで想像の斜め上の妨害をしてくるのよ!)
ジェットの男子会が思わぬところで影響するとは思ってもなかった。もちろんジェットもそんなつもりは毛頭ないだろう。
しかしだ。しかしである。イベントのメインヒーローがヒロインのピンチにお茶会に参加しているなんて乙女ゲームがあってたまるか。
(グレイムだって来ないし、誰があの修羅場を止めるの~っ!)
向こう側では言いたい放題の令嬢達にイヴが必死に耐えている。大きなバスケットを握った手が小刻みに震えていた。彼女の顔は俯いて顔は見えないが、きっと涙をこぼすのを必死にこらえているだろう。
(どうする、私⁉ シヴァルラス様を呼ぶ? いやいや、私が呼んだらおかしいでしょ! 私は悪役令嬢よ!)
焦ってなかなか考えが纏まらない。こうしているうちに、令嬢の1人がイヴを突き飛ばした。
「きゃっ!」
バスケットの中身が転がり出て、それを見た彼女達はクスクスと笑った。
「あら、ごめんなさい。でも、すごい量の食事ですこと。意外に食いしん坊なのね」
(それ、私のセリフ!)
おのれ、グレイムや私の出番を奪うだけでなく、私のセリフまで奪うとは。これではどちらが悪役令嬢か分かったものではない。
「仕方ないですわ~っ! だって、平民育ちですもの。その食事で1日を過ごすのでは?」
「嫌ですわ。ラピスラズリ家は養女の世話もできないのかしら~っ!」
おーっほっほっほっほ!
そう、令嬢達が漫画のような高笑いをした時だった。
「なんですか……それ」
俯いたイヴの言葉が周囲に木霊した。その声はとても静かなものなのに、木陰に隠れている私の元まで聞こえた。
「人の事をバカにして自分は良いところだけ見せようと塗り固めてばかり……それが淑女なんですか?」
イヴはスカートを握りしめ、顔を上げた。赤い瞳は真っすぐと令嬢達に向け、その表情は先ほどのような弱々しいものではない。凛として己を強く持った顔だった。
「ラピスラズリ家で習った淑女とはまったくの正反対ですね。貴女方のような女性を淑女というなら、私は淑女じゃなく恥知らずの平民のままでいいです。一緒にされたくないので」
(言ったーーーーーっ! よく言ったイヴ~~~~っ!)
イヴの言葉に令嬢達の顔が真っ赤に染まった。
(あ、ヤバい……)
「なんですって!」
ヒステリックに声を荒上げて逆上し、今にも取っ組み合いが始まりそうな雰囲気に変わる。
本来ならここでシヴァルラスが登場し、令嬢を止めるだろう。なぜなら、ヒロインを助けないヒーローなんていないからだ。しかし、彼が登場することはない。
そして、私の出る幕でもない。さらに言えば、淑女としてキャッツファイトに参加するなんてもってのほかだ。
──しかし、果たしてこのままでいいのだろうか。
自分の野望の為とは言え、私はこの8年間並々ならぬ努力を重ねてきた。
そしてようやく始まったゲーム本編でその実力が発揮されないまま、本来の目的である推しとヒロインのイチャイチャもロクに見られない。
さらには自分で叩き起こしたイベントで、ゲームでは名も無いモブに出番どころかセリフまで取られる始末。
(こんなの悪役令嬢じゃなくて、舞台装置では……?)
そうだ、5日前に決意したのは一体何だったんだ。今の私は、前世で2次元にどっぷりハマっていたオタクでも、ゲームの舞台装置でもない。
私は悪役令嬢、クリスティーナ・セレスチアル。完璧な淑女だ。
「このっ! 元町娘のくせに生意気なっ!」
イヴに目掛けて、令嬢の平手が振り下ろされた。
しかし、その手はイヴの顔に当たる寸前で止められた。
「え……」
振り下ろしたはずの彼女の腕には光で反射する糸が張り巡らされていた。イヴも令嬢達も驚きで目を見開き、私は魔力の糸を断ち切ると木陰から姿を現す。
「ごきげんよう、先輩方。そして、イヴ様」
淑女の顔を貼り付け、スカートの裾を捌いて礼をする私を見て、皆が押し黙ってしまう。
しかし、私は続ける。
「とても楽しそうな会話が聞こえてきまして、見ればクラスメイトのイヴ様と、私と同じく婚約者候補の先輩方がいらして……大変珍しい顔ぶれですね」
いけしゃあしゃあと私は言外で「揃いも揃って何ギャアギャア騒いで下級生を囲ってんだ」と言ってやる。さすがの彼女達も嫌味だと分からないわけもなく、うっと言葉を詰まらせた。
それもそうだ。彼女達は私に比べて位も高く権力もあるが、婚約者候補の中でシヴァルラスと1番近しい距離にいるのは私なのだ。
「何をされているのですか?」
淑女の顔で微笑む私に令嬢の1人が前に出た。
「聞いてください、クリスティーナ様! 彼女は先日殿下に失礼な事をしたというのに、恥ず性懲りもなくお茶にお誘いをしたのですよ!」
「まあ、お茶に? それはそれは……」
私はわざとらしく言うと、イヴに目を向ける。すると、彼女は何も言い返さず押し黙って赤い瞳を伏せた。イヴが私に口で対抗するはずがない。今の彼女にとって、私はそこにいるモブ令嬢よりも格上の存在なのだ。
「確かに褒められたものではありませんね……私達は候補とはいえ、婚約者になりうる人がいる相手に対してお茶を誘うなんて」
「…………す、すみません、クリスティーナ様」
彼女は渋々と言った風に頭を下げる。きっと下唇と噛みしめている事だろう。
「そうですわ! それに彼女はジェット様やヴィンセント様も誘っていたのですよ! 見境無しにもほどがあります!」
「そうよ、あれだけ殿下に迷惑をかけて、クリスティーナ様が己を殺してまで許したというのに!」
「元平民が図々しい!」
イヴが頭を下げて謝ったのをいいことに、令嬢達が調子づいていく。私はスッと指を動かすと令嬢達の口を無理やり閉じた。
「んんっ⁉」
「むぅーっ!」
いきなり口が開かなくなったことを驚いて唇の糸を剥がそうとする彼女達に、私は淑女の笑みを向けた。
「やめた方がよろしいかと、私の糸は手ではちぎれません。それよりも唇の方が裂けてしまうかも……」
さっと彼女達の顔から血の気が引いていくのが見て取れた。私は笑みを貼り付けたまま、彼女達に向き直った。
「確かに、彼女がした事は淑女として感心しません」
私は、淑女として、悪役令嬢としてイヴを庇うようなことはできない。
しかし、それ以上に私はクリスティーナとして言わなくてはいけないことがある。
「しかし、人の言葉を自分の都合で勝手に解釈して語るのはもっと感心致しません。さらには殿下の婚約者候補である先輩方が、身分差別や
ファンは出しゃばらず、礼儀正しく、ルールを守る。
私達ファンの言動1つで愛する推しの名誉が傷つくのだ。
私の推しの輝きを奪う事は許さない。
私はスカートの裾を捌いて一礼をすると、5号の他にヴィンセント人形が現れる。2つの人形は彼女達に向かってにんまりと笑う。
「私達は清く気高く美しい
「え、私もっ……きゃあっ⁉」
ピッとイヴにも魔力の糸を貼り付け、私は淑女の笑みを浮かべる。
「さあ、
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