二章 悪魔付き令嬢は運命の相手に出会う。
01 悪魔付き令嬢の初めてのお茶会
「嘘でしょ……なんてことなの……」
あれから1週間が経ち、城へ向かう馬車の中で私は屋敷から持ってきた人形を力強く抱きしめた。
今の私は髪も綺麗に結わい、レースとフリルをふんだんにあしらわれたパステルピンクのドレスを着ている。
私の隣に座るジェットは項垂れている私を横目に頬杖を付いていた。
「なんでそんな落ち込んでるのさ? クリスの憧れの王子様に会うんでしょ?」
「そうだけど……そうだけどっ!」
私、クリスティーナ・セレスチアルには自分の人生を左右させる運命の人がいる。
ゲームのヒロイン、イヴ・ラピスラズリ。
私の隣でニコニコしている悪魔、ジェット・アンバー。
そして、私の最推しである国の第3王子、シヴァルラス・ヘリオライトもその1人である。
クリスティーナはシヴァルラスが主催するお茶会に参加し、そこで彼に恋に落ちるのだ。
(出来ればこのお茶会の参加は回避したかったなぁ~っ!)
あの日、父にお城の事や王子様について質問攻めしていたせいで、父が職場でその話をしたらしい。
そこで「じゃあ、今度お茶会開くから、君の娘も来てくれよ!」と気さくに声を掛けてくれたのが、国王陛下であった。
(くっ! 自らフラグを建ててしまうだなんてっ!)
王族からの招待を断るわけにはいかない。
おまけに父と兄は「殿下に我が家の淑女を見てもらわねば!」と大張り切りだった。
もちろん、母も初のお茶会参加の私に「友達を作ってくるのよ!」と大喜びで送り出してくれた。
実は最近、私がジェットと会話をしている所をメイドに見られてしまい、『お嬢様が独り言を言っている』と屋敷内で噂になっていた。その為、母は私が独り言を言っているのは友達がいないせいだ(あながち間違ってはいないが)と気にしている。
(確かに友達は欲しいけど……それよりも未来の我が身なのよね……8歳でお茶会かぁ……)
隣に座る悪魔は、私がお茶会に乗り気でないことが面白くてしょうがないらしい。
今も私が緊張している様子を嬉しそうに見ているのがその証拠である。
(まだ8歳の私がお茶会に参加。しかも相手は最推しで、完璧な淑女を目指す私に失敗は許されないわっ!)
肩に力が入る私にジェットは嬉しそうに語り掛ける。
「たかがお茶会だよ? 大人が参加するような夜会でもあるまいし」
「何言ってるのよっ! 淑女のお茶会と夜会の参加は戦場に行くのと同義よ!」
母が言っていた、お茶会と夜会は女の戦場なのだと。きっと銃弾の代わりに嫌味や皮肉、自慢とおべっかが飛び交う陰惨な所に違いない。
ジェットは赤い瞳を細めて、おやつに用意されたクッキーを口に運ぶ。
「大袈裟なんだよ、もう……でも……」
ジェットはペロリと唇を舐めた後、にやりと笑う。
「そんな君が面白くてたまらないんだけどねぇ……」
赤い瞳を妖しく光らせている彼に、私はさらに気を引き締めた。
(この悪魔にだけは、邪魔はされないようにせねば……)
私はそう心に決めた。
「ねぇ、クリス。さっきから気になってたんだけど、その人形はなんなの?」
クッキーを齧っていたジェットが訝し気に私の人形を指さした。
これは私が夜なべして作り上げた超大作である。人形の脇を持ち上げて、私は人形の顔を彼に見せてあげた。
「これが何って……貴方よ、ジェット」
これは私が作ったジェット人形だ。メイド達に彼と会話をしている所を見られてしまったので、私はジェット人形を作って、これに話しかけているように見せようと思ったのだ。
「え、ボク? ……ウソでしょ?」
ジェットはまじまじと人形を見つめた後、顔を歪めた。
「可愛くなぁ~い。ボクはもっとキュートだよ」
「そんなことないわよ。ジェット(人形)は可愛いわ!」
私は人形のジェットを抱きしめて頭を撫でた。
(ちょ~っと縫い目がぐちゃぐちゃになったけど、我ながら渾身の出来だと思うのよね!)
なんせ前世の私は裁縫ができなかったのだ。それが今世で立体の人形を作れているのだ。私は完成したジェット人形に愛着が湧いている。
それに人形使いは自分で人形を作るのだ。父や兄も自分の人形を持っている。(母はお嫁さんなので持ってないが)
父や兄は磁器製(厳密には違うらしい)で作っているが、8歳の私にはそんなことはできない。このジェットは私の初めての作ったお人形なのだ。
「今度からこの子に話しかけてる風に話しかけるから、よろしくね」
私がジェット人形(2号と名付けよう)に話しかけるのを見て、彼は不本意ながらも頷いてくれた。
「次作る時はもっと可愛いのを作ってよね?」
「もちろんよ」
そうこうしているうちに私達はお城に着いて、会場に通された。
場所は綺麗なバラが咲き乱れる庭園。もう既に貴族の子ども達がおり、特に女の子達は綺麗に着飾っている。
「みんな気合が入ってるねぇ~」
ジェットはテーブルに並べられたお菓子をこっそり摘まみながら言った。その言葉に私はこっそり2号に向かって言うように伝える。
「だって、このお茶会は王子の話し相手や婚約者を見繕う為のお茶会だもの」
「へぇ、じゃあ、クリスも玉の輿に乗れるかもよ?」
天使のような笑みを浮かべているが、きっと彼は私の返答によって妨害するつもりだろう。しかし、私がどんな返答をしようと、もう未来は決まっているのだ。
「無理よ、私は王子様の婚約者になれないわ」
──そう、私は決して選ばれない。
「さて、挨拶をしてくるわよ?」
「あ、クリス。ちょっと待って」
殿下がいるであろう場所に足を運ぼうとすると、ジェットがずいっと顔を近づけてきた。
「え? 何……?」
ちゅっ……
そんな音と共に額に柔らかいものが触れる。それが何か分かった時、目を見開いた私を見て、ジェットは満足気に笑った。
「なっ……!」
人前で声を上げそうになり思わず口を塞ぐ。
(い、今……キスされた⁉)
みるみる頬が熱くなっていくのが分かり、私は2号で顔を隠そうとすると「あ、ちょうどいいや」と言いながら、ジェットは2号の頭にもキスをする。
(な、な、何がちょうどいいのよ! この悪魔―っ!)
私が心の底から叫ぶと、ジェットは「おおっ!」と嬉しそうに声を上げる。
「思念通話、成功!」
(は……? 思念通話?)
何を言っているんだこの悪魔は。そう私が思っていると、ジェットはにんまりと笑う。
「ほら、前に君が夢の話で遠くの人と話せる『デンワ』って道具の話をしてくれただろ? それを元にちょっと魔法をかけてみたんだ。君が2号の頭に素肌で触れている間、君の考えている事がボクに伝わるんだ。すごいでしょ~」
(なぬっ⁉)
私は思わず、頭に触れないように2号を抱きしめ直した。
確かにまだ前世の記憶だと分かっていなかった頃、彼に夢の話をいくつも話したような気がする。いくら前世の記憶と気づく前だったとしても迂闊すぎた。
私は2号の頭に触れる。
(なんで、こんなことをしたの?)
「だって、君が2号に話しかけるとこっちに視線をくれないじゃないか。それに、こっちの方が便利じゃない?」
(確かに便利だけど……)
こちらは彼に知られると面倒臭い事が山ほどある。しかし……
(こっちの考えは聞こえて、そっちの考えが聞こえないってフェアじゃないんじゃな~い?)
「ほら、クリス。王子様の所に挨拶に行こう」
私の問いかけを無視して、ジェットは口笛を吹きながら宙に漂い始める。
きっと問い詰めても、彼は答えないであろう。
私は2号を抱え直すと一際目立つ人だかりに足を運んだのだった。
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