06 悪友を得た男、ヴィンセント



 オレ、ヴィンセント・レッドスピネルは困っている。


 遊学に来た隣国の王子と友人(?)になり、それなりの友好関係を築いている。しかし、彼は少し変わっている。よく言えば天真爛漫で好奇心旺盛なのだが、悪く言ってしまえば落ち着きがない。


 学園に入学して彼は魔力が強い上に扱いに長けている。それを利用して珍騒動を起こしまくっていた。


 オレもあれやこれやと連れ回されて友人ではなく保護者になった気分だ。彼もそれなりにオレを友人として認めてくれているらしい。それは素直に嬉しかった。


 しかし、彼には大きな問題がある。


「おぉ~、さすが完璧な淑女ドール、速いなぁ~」


 それはクリスティーナ・セレスチアルに好意を持ち、さらには彼女を「クリス」と愛称で呼んでいることだ。


 一般的に愛称で呼び合うのは家族か恋人だ。彼はそれを理解してないはずがない。


(そもそも、幼馴染のオレどころか、シヴァ兄すらも呼んだことがないんだぞ……)


 おまけに、クリティーナが大事にしている人形と同じ名前、同じ容姿をしている。2人は偶然だと言っていたが、少し腑に落ちない。しかし、実際にジェットはこの国に来たのは今回で初めてなのだ。


(ったく、どうなってんだよ)


 オレは少しムッとした気持ちで隣にいるジェットに目を向ける……がいない。

 おかしい、さっきまで説明を受けていた時は隣にいたはずなのに。


「は? ジェット?」


 オレが周囲を探し始めた時だ。どんっと背後から肩に衝撃が走り、眼前に奴の満面な笑みが広がる。


「ばあっ!」

「ぎゃぁあああああああああああああああああっ!」


 柄にもなく叫び声を上げ、腰が抜けたオレは地面に膝を着いた。


「う~んっ! やっぱりヴィンセントの反応が1番楽しいや!」


 膝から崩れ落ちたオレは顔を上げると、ジェットはキラキラと眩しい笑顔を浮かべていた。


 鳴り止まない動悸を何とか抑えようとし、オレはよろよろと立ち上がった。


「お前っ……!」


 この1週間ジェットに振り回されてきたオレは怒りを込めた視線を送る。


 この男が隣国の王族である限り、対等な友人関係は望めないと思っていたが、対等な友人として接していないとこっちの身が持たない。簡単にいうと、オレの胃と心臓が死ぬ。


「ん~? なになに? びっくりした? もう、ヴィンセントったらビビりだなぁ~っ!」

「ビビってない! というか人の肩に乗るなよ!」

「いやぁ、ヴィンセントって背が高いし登ったら見晴らしも良さそうじゃない? 頑張るクリスを応援するにはピッタリの場所だと思ってさ! あ、また登っていい?」

「登るな! 猿かお前は!」

「あはははっ!」


 暴言とも言えるオレの物言いにもジェットは心底楽しそうに笑って受け止める。ジェットが寛容なのか、それともただのバカなのか。


 そもそもこの男はいつも笑っているが、その屈託のない笑顔と言葉には常に悪意が込められている。


 きっとコイツは自国に部下はいても友達はいない。友達が少ないオレがいうんだ、そうに違いない。


「ヴィンセントもボクに対して遠慮がなくなったね!」

「おう、まるで昔からの親友を得た気分だよ……!」

「え~、ヴィンセントってばボクの事をそんな身近に感じてくれてたの~? 嬉しいなぁ!」


 オレの皮肉をさらりと受け流し、ジェットはキラキラとした笑顔でオレの腕を引っ張る。


「ほらほら、並ばないと怒られるよヴィンセント~っ!」


 スキップするような軽い足取りでオレをスタートラインに連れて行く。男子は女子よりも走る距離が長く、さらに少し時間を空けておく。


「魔法を使うとは言え、女の子は6キロなのに男は12キロって長いよねぇ~」

「そうだな……」


 このジェットという男はつかみどころがない。言ってしまえばシヴァ兄と比べて王族らしさがないのだ。一個人として全力で学園生活を謳歌しているように見える。


 シヴァ兄も王族の公務に追われて学業との両立が大変だと愚痴を漏らしていた。彼の場合、遊学に来ているのもあり、ある程度の公務を免除されているらしい。堅苦しい公務から解放されて満喫しているのかもしれない。


(それにしても、コイツは気安いんだよなぁ……)


 ジェットはまるで昔からの知り合いかのように接してくるだけでなく、オレの性格を把握している。おそらく、クリスティーナと同等レベルだ。


「ねぇ、ねぇ、ヴィンセント~! ヴィ~ンセ~ント~っ!」

「イテテテテッ! なんだよっ!」


 オレの背中をバシバシと叩いてくるジェットを見下ろすと、ヤツは赤い瞳をいたずらに輝かせてオレを見上げていた。


(コイツ、なんか企んでるな!)


 大体こういう顔をしている時は、オレをからかってくる時だ。オレは少し身構えていると彼はニコニコしながら言った。


「走る前に君に話しておきたい事があるんだ」

「なんだ、それは? 今じゃないとダメなのか?」

「ほら~、魔法って感情に左右されることもあるじゃない? 君に隠し事をしたままだとボクも忍びないから先に話しておこうと思ってさ~!」

「子どもじゃあるまいし、お前が魔法を失敗するようなヤツには見えないけどな。一応聞こうじゃないか」


 オレがそう言うと、ジェットは天使のように愛らしい笑みを浮かべてこう言った。


「良い話と悪い話、どっちから聞きたい?」


 一瞬、オレとジェットの間に静寂が流れたような気がした。


 勿体ぶったヤツの言い方にオレの中で嫌な予感が過る。ニコニコしているジェットの裏が読めない以上、オレは平静を装う。


「……悪い話から聞こう」


 オレが慎重に選ぶと、ジェットは眉を八の字に下げて申し訳なさそうに両手を合わせた。


「実はさ、昨日ボクの靴箱に君宛のラブレターが間違えて入れられてたんだ」

「は……?」


 ラブレター?


 オレは意外な内容にきょとんとしてしまう。


「それでさ、中身見ちゃった。ごめんね」


 オレはそれを聞いて安堵を漏らす。


 思ったよりも悪い話ではなかった事に拍子抜けしてしまったくらいだった。


「何だ、そんな事か。別に気にしてない」

「そっかー、良かった~」


 ジェットは安心したのか、明るい顔がさらに明るくなった。ただでさえ笑顔が眩しいというのに、明るいを通り越して顔がうるさく感じる。


「それで、良い話は?」

「ああ、それなんだけど……」

「男子、スタートするぞー」


 教師が「位置について」と声を掛けた時、奴はタイミングを計ったように親指をぐっと立てた。


「口下手で素直になれない君の代わりに、ボクが返事を書いておいたよ!」


 ピーッと無情に鳴らされたホイッスルの音がやけに遠くで聞こえたような気がした。



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