七章 悪魔付き令嬢と悪夢の箱

01 ルート確定



 ジェットの指示通り私はブルースとグレイムを連れて、シヴァルラスが運ばれた保健室へ向かうと、彼に怪我はなく元気な姿を見せていた。

 あの後、王族であるシヴァルラスとジェットはヴィンセントが連れてきた保険医とともに職員室行きとなり、残された私達は寮に戻されることとなった。


(明らかに確定イベントよね……)


 何故、中間発表のその日にそれが起きたのか分からない。

 おそらく、イヴが見たという黒い靄。それは生徒の心を奪っている悪夢だろう。


 シヴァルラスが倒れたという話は瞬く間に広がり、翌日の朝にはその話題で持ち切りだった。


 王族であるシヴァルラスが襲われたことで、午後の授業は中止。全校集会が開かれ、学園は一時休校の報告があった。学園に魔物が侵入したかもしれないと話され、寮からなるべく出ないように注意された。


 確実に悪夢が暴れ始めている。私は学園長の話を聞きながら不安に駆られる。


 無事にシヴァルラスとイベントが発生したのは嬉しい。だが、正直あの確定イベントも腑に落ちない部分が大きい。


 ストーリーの進行度も、好感度もグレイムやブルースの方が上のはずだ。もちろん、それでもシヴァルラスと一緒にイベントを進める方法がある。



 マルチルートだ。



 一定以上の好感度に達しない、もしくは他のキャラと好感度が同じだった場合、マルチルートで進行し、悪夢の箱イベントの相手役はパッケージで中央にいるシヴァルラスになる。実は、彼には王子の他に生徒会長という肩書もある。事件を解決するために、生徒会長としてイヴの力を頼りに行くのだ。他のルートでは「イヴだけじゃ心配だ」と攻略キャラも一緒に付いていくことになる。


 そもそも、確定イベントは中間発表からもう少し間が空き、恋愛イベントが発生してから起きるはずだ。


(それに……黒幕であるジェットが何もしていないはず……)


 見る限り、彼が怪しい行動をしている様子はない。今までの彼の行動を思い返しても、彼が私の秘密を暴こうとしたことはあったが、クリスティーナルートの時のように私をそそのしたり、ヴィンセントをおとしめるようなことはしていない。シヴァルラスが襲われた日だって彼は私と一緒にいたのだ。


(ジェットは黒幕じゃなかった……?)


 そんなはずはない。各ヒーローのルートでは悪夢の箱事件の後、まだ何か真相が隠れている事を臭わせて終わっている。さらにクリスティーナルートでは、幼い頃から彼女に悪魔が付きまとい、嫉妬にられる彼女を唆し続けていたことが明らかになる。これで、事件の真相を握る黒幕の存在が結び付けられた。


(でも……あのジェットが本当に黒幕なの……?)


 私は隣にいるジェットを見上げると、彼は大きなあくびをしながら目をこすっていた。

 こちらの視線に気づいた彼は、にっこりと笑いかけてくる。


「どうしたの?」

「い、いえ……何でもないです……」


 私はそう言って俯き、5号を抱え直した。

 マルチルートに入ったのなら、私の破滅は確実に回避が成功したと言える。しかし、ゲームとは違うイベントの流れに安心はできない。


 私が浮かない顔をしているからか、ジェットは小さく首を傾げたあと、5号を私からひょいと取り上げて頭の上に乗せた。


(クリス、大丈夫だよ)


 彼は口を開いていないのに彼の声が耳に届いた。

 私は驚いて彼を見上げると、彼は口元だけ笑って見せる。


(確かに殿下が襲われて怖いのも分かるけど、ボクやヴィンセントがついててあげるから、心配しないで?)

(あ、ありがとう……)


 彼の意外な励ましに私は目をぱちくりさせ、戸惑い気味に礼を言うと5号ごと私の頭を掻きまわした。


(まあ、君の秘密はまた今度暴かせてもらうよ)

(あ、ちょ、髪がぐちゃぐちゃになるでしょ!)


 私が彼に手を伸ばそうとした時、ヴィンセントがジェットの後頭部をスパーンとひっぱたき「お前はそうやってちょっかいを出すんじゃない」と低い声で制した。

 ジェットは「なんだよ、ヴィンセントのくせに」と唇を尖らせ、集会の間、5号を弄んで暇を潰していた。


 集会が終わり次第、ホームルームで「1人で行動しないこと」や「変なものを見たら報告するとこ」と伝え、すぐに下校となった。


 私達3人は寮に戻るとすぐ食堂で昼食を摂ることにした。カルボナーラを選んだ彼はウキウキした顔でフォークを手に取った。


「明日がお休みなんて嬉しいな~」


 シヴァルラスも襲われたというのに、のんきな事を言うジェットにヴィンセントが呆れてため息を漏らす。


「あのな……シヴァ兄だって大変なことになったっていうのに、お前は何言ってんだよ?」

「だって、勉強をしなくていいんだよ? 最高じゃないか! ねぇ、ヴィンセント、今日は君の部屋で夜更かししようよ! ボク、友達とお泊り会をしてみたかったんだ!」


 彼は目を輝かせながら隣に座るヴィンセントの肩をつかんだ。


「濃いめの紅茶とお菓子を用意して、トランプでしょ? チェスでしょ? それから、それからーっ!」

「あー、分かった分かった! つか、トランプなんて2人でやってもつまらないだろ?」

「じゃあ、ブルースとグレイムも巻き込んで……あ、クリスもやろうよ!」


 誘われたのは嬉しいが、私は首を横に振った。


「同じ寮ですが、異性の部屋には行けませんよ?」

「えーっ! じゃあ、談話室! 談話室で遊ぼう!」


 諦めきれない彼は私の弱点である上目遣いで「お願い、クリス?」と両手を合わせる。なんだか、セレスチアル家で一緒に夜遅くまで遊び倒していた昔を思い出し、くすりと笑ってしまう。


「もう……消灯時間までですよ?」

「やったー!」


 ジェットが大喜びをして声を上げて談話室で遊びたい事を列挙しだし、ヴィンセントはまるで遊び盛りの弟の相手をするように適当に頷いていく。

 私はそんな彼らを見ながらサンドウィッチを口に運ぼうとした時だった。


「やあ、お三方、お揃いで」


 そういって私達の下に来たのは、ブルースとイヴだった。


「あ、ちょうどよかった! ブルース!」


 ジェットが早速ブルースを誘おうとしたとき、彼が「ちょっと待った」と制した。


「実はオレ達、クリスティーナ嬢に用事があって、今お時間いただいてもよろしいですか?」

「え? 私ですか?」

「ええ、できればヴィンセント様も」


 ブルースは私の隣にいるヴィンセントに目を向けるが、まさか自分が呼ばれるとは思わず、ヴィンセントは首を傾げた。


「ここで話せばいいだろ?」

「そーだよ! ボクだけ仲間外れなわけ?」


 1人除け者にされて頬を膨らませるジェットの顔には「嫌いなものを食べても減らない呪いをかけてやろうか」とありありと書かれている。


「すみません、家庭事情の相談ごとなもんで……」


 申し訳なさそうにブルースが言うと、ジェットは納得いかない様子で赤い目をイヴに向けた。


「じゃあ、話し相手に君の義妹を置いていってよ? 家の事情を話すなら1人で十分でしょ?」


 ジェットの言葉にイヴが不安そうにブルースを見ると、彼は静かに頷いた。


「はい、では僭越せんえつながらお相手をさせていただきます!」


 緊張した面持ちでイヴが背筋を正すのを見てクリスは苦笑する。今度はもっと優しくマナーを教えてあげようとひそかに誓った。


「じゃあ、クリスティーナ嬢、ヴィンセント様、こっちに」


 そういって、ブルースが私達を案内したのは寮の談話室だった。寮には談話室がいくつか設けられている。寮母に話しておけば貸し切りにもできる。ブルースは使用中の札を下げて、私をヴィンセントに向き直った。


「食事中にすみません」


 申し訳なさそうに言うと私達は首を横に振った。


「大丈夫です。お話って前に言っていた家出の話ですか?」


 以前、ブルースが家出をし、イヴとグレイムを保護してほしいという相談をしていた。グレイムルートが潰れたのだ。何か進展があったのか、それとも切羽詰まったことでもあったのかもしれない。

 ブルースは何かを考えながらじっと私を見つめ、ため息をついた。



「クリスティーナ嬢、失礼を承知で聞きます。貴方、でしょう?」



 ブルースの言葉を聞いて、私の呼吸が一瞬止まったような気がした。絶句する私に、ブルースは小さく嘆息を漏らしながら「やっぱりそうなんですね?」と呟いた。


 私が言い淀んでいると、ヴィンセントがすかさず私の前に出た。この中で唯一ブルースの言っていることが理解できていないヴィンセントは静かに眉を顰める。


「転生者? お前、何の話をしているんだ?」

「ヴィンセント様にもちゃんとお話ししますね。オレ達、前世の記憶があるんです」


 ブルースは次の事を簡単に説明した。

 まず、私とブルースが前世の記憶あること。

 そして、彼はゲームを自動でページをめくり、映像を出す魔法のゲームブックと説明し、前世で遊んだ乙女ゲームの話の内容がイヴを中心に繰り広げられる恋愛物語で、私やヴィンセント、ジェット達も登場し、今現在起きていることが書かれていることを伝えた。


 ヴィンセントはそれを聞かされて、信じられないと言った風に私を見つめた。


「本当なのか?」


 彼が私を見下ろす目は問い詰めるというより私を心配しているようにも見え、私はゆっくりと頷いた。


「ずっと黙っててすみません……」


 気軽に話していい内容ではないとはいえ、この場の空気になんとも言えない居心地の悪さを覚える。そんな私を察したのか、ヴィンセントは軽く私の頭を小突いた。


「……謝らなくていい。正直、聞いてすぐに信じられる内容じゃないしな……んで、お前は、オレとコイツに何の用なんだ?」


 警戒の色を強めて見やるヴィンセントに、ブルースはまっすぐに私達を見つめる。


「これから起こることに御二人にも協力していただきたいんです」

「これから起こること?」

「学校が休校した理由……悪夢の箱の事ですよね?」


 首を傾げるヴィンセントの為に、私は補足するように言うと、ブルースは静かに首を横に振った。


「いえ、それ以上の問題です。クリスティーナ嬢は今誰の物語で動いているか知っていますか?」

「マルチルートですよね?」


 私がそう答えるとブルースは首を横に振る。


「じゃあ、クリスティーナ嬢は……まだ全ルートクリアしてないんですね……?」

「ええ……私、まだ全員プレイしてなくて……ジェットの存在を知ったばかりに死んだんだと思います」

「なるほど……どおりであの悪魔と一緒にいて危機感を感じないわけだ……」


 彼は重く息を吐きだすと、ゆっくりと顔を上げた。



「今、進んでいる物語はマルチルートじゃありません……ジェットルートです」



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