11 淑女、衝突する。
私、クリスティーナ・セレスチアルはお昼に購買でイチゴとホイップのクロワッサンサンドを買って正直、浮足立っていた。女子生徒の間で人気があるそれは、なかなか手に入らず、ようやく今日手に入ったのだ。
早く食べたい。
そんな気持ちが逸り、近道の校舎裏を使ったのが運の尽きだった。悲鳴と共に頭上に飛んできたバケツの水(使用済み)をもろに受けた私は、その騒ぎの下へ足を運んだのだった。
校舎裏、大勢の令嬢達、それを見れば、何があったのは皆目見当がついた。騒ぎの中心にいたのは、やはりイヴである。
「ク、クリスティーナ様……」
その場にいる皆が顔を引きつらせて固まり、私は淑女の顔を浮かべたまま、令嬢達の顔を見る。
その中にシヴァルラスの婚約者候補達の顔があったのを見てハッとする。
(あれ? これは、中間発表の衝突イベントでは……?)
好感度が1番高いキャラが選出され、クリスティーナと当て馬役の攻略キャラがヒロインの前に立ちはだかるのだ。そのきっかけとなるのは、イヴをいじめたり
シヴァルラスなら婚約者候補達。
ブルースだったら親衛隊、もといファンクラブのはずなのだが……
(人数多くないっ⁉)
シヴァルラスの婚約者候補達やブルースファンの令嬢の他にも顔見知りの令嬢達がおり、私は動揺で淑女の顔が崩れそうになる。
(お、落ち着け私。確か、この場に駆け付けるキャラが1番好感度の高いキャラ……)
そして、この衝突イベントはイヴにとって中間発表だが、私にとっても重大なイベントになる。
「イヴ!」
ヒロインの名を呼んでこちらに向かってきたのは、もちろんグレイムとブルースだった。
やっぱりこの2人か。シヴァルラスが選出されないかと米粒ほどの希望を持っていたが、予想が当たってしまい、嬉しいのやら悲しいのやら複雑な気持ちを抱えている。
しかし、こうなれば私はこのままイベントを起こすまでである。
「一体、これはなんの……」
「…………ぁああああああああああっ!」
「え?」
頭上から断末魔のような叫び声が聞こえたかと思うと、低い地響きと共に砂埃が舞った。
「やっほ~、クリス~っ! 何してるの~っ!」
飛び抜けて明るい声。
その声の主は大きな荷物を抱えて現れた。
「ジェ、ジェット様っ⁉」
そう、あの悪魔はシヴァルラスとヴィンセントを両肩に抱え、私の前に現れた。彼は抱えていた2人を降ろすと、ヴィンセントがすぐにジェットの胸倉を掴んだ。
「っんのバカっ! 3階から飛び降りるとか殺す気かっ!」
「身体強化してるんだから死にやしないって~っ! ヴィンセントってばビビりだなぁ~」
3階から降りてきたという3人を見た誰もが目を点にする。身体強化が得意なブルースすらもジェットの行動に唖然としていた。私も、彼らの登場に戸惑いが隠せない。
(攻略キャラが……みんな揃っちゃった……⁉)
「クリスティーナ嬢、どうしたんだい? そんなずぶ濡れで……」
ジェットがヴィンセントに散々怒られているのを背景に、シヴァルラスがそっと私にブレザーを差し出してくれる。
「そ、そんなっ、ブレザーが濡れてしまいます!」
「しかし、風邪を引いてしまう」
「ん? なんでクリス濡れてるの?」
まだヴィンセントにしこたま怒られているジェットがぱちんと指を鳴らす。すると制服や髪に含んでいた水分が全て足元に落ちた。体に纏わりついていた髪も制服もさっぱりと乾いており、シヴァルラスは「冷えただろうから」と私にブレザーを掛けてくれた。
「さて、これは一体何の集まりかな?」
シヴァルラスがゲームの時と同じセリフを口にして令嬢達を見回す。シヴァルラスは彼女達がイヴをいじめていたと気づいている。グレイムが婚約者候補と他の令嬢達の顔を見て「あ」と声を上げた。
「お前ら、イヴに言い掛かり付けてたヤツじゃねぇか。またイヴをいじめてんのかよ?」
「こんな薄暗い校舎裏でランチをしていた感じでもなさそうだ。申し開きがあるなら聞こう」
シヴァルラスもそう言って微笑んで見せるが、目が笑っていない。それもそうだろう。イヴとの好感度が上がってないとしても、自分の婚約者候補達が1人に言い募っていたのだ。それも他の令嬢達も含めてだ。私もこれがゲームのイベントでなければ、再びお人形ごっこをしていただろう。
令嬢の1人が前に出てスカートを捌いて礼をする。
それは婚約者候補の1人でシヴァルラスとは親戚筋の令嬢だ。
「フローラ嬢、なんだろうか?」
「はい。シヴァルラス様。いくら校則で身分差別を禁じでいるとはいえ、ラピスラズリ嬢は殿下達との距離も近すぎると思います。シヴァルラス様、ジェット様、そしてヴィンセント様も尊き御方。もう少し身分を弁えるべきかと。社会を学ぶ、それはこの学園で学ぶものだと私は考えております」
確かにもっともらしい意見だ。そう言われてしまうと、シヴァルラスも低く唸る。そこで彼が違うと言えば、王族としての立場がない。ジェットは陰で「別によくない? どうせ学校だし」と小声で適当かつ他人事満載な言葉をもらし、ヴィンセントに怒られていた。
確かに彼女達の言うように、事実上学園は貴族の社会の縮小版。社会性を学ぶ為に学園があると私も思う。
さすがのシヴァルラスも悩みどころだろう。早く話を済ませてしまえば、「集団で1人をいじめるのは社会勉強ではなく私刑だ」の一言で終わるが、それでは彼女達も納得せずまた同じことの繰り返しだろう。
「勝負……なんてどうですか?」
そう話を切り出した人物に全員の目が向けられる。それはブルースだった。
「これじゃあ、双方納得しないでしょう。確かに我が
平民出身の養女のせいとはいえ、それはラピスラズリ家としても不味いだろう。特にラピスラズリ家は地道に地位を築いてきた一族だ。地位や権力に固執している。軽視されるようなことはあってはならない。ブルースもイヴと一緒にいながら、そのような原因を作ってしまった事を咎められるだろう。
「それでもし、イヴと勝負をしてイヴが負ければ、ラピスラズリ家の教育が悪かった証明にもなりますし、勝てば貴女方も納得するでしょう?」
ブルースの空色の瞳が私を捉え、にっこりと微笑んだ。
「そして、クリスティーナ嬢、貴女が彼女達の代表になってイヴと勝負をしてくれませんか? 高嶺の花、淑女の中の淑女とも言われている貴女が代表になれば、どちらに軍配が上がっても彼女達は納得する。」
それを聞いて、令嬢達がざわつく。
「そうね、クリスティーナ様が代表なら……」
「彼女なら手を抜くことなく、公平に、全力で向かってくださいますわ」
これは衝突イベントとして正しい流れだ。私は大きく頷く。
「分かりました。勝負はどうするのですか?」
本来なら、この場に居合わせたキャラで勝負内容は決まる。
シヴァルラスとヴィンセントならダンス。
グレイムとブルースなら魔法だ。
この場には全員が揃ってしまっている。しかし、このままブルースが話を進めれば……
「そうですね……勝負内容は……」
ぐぅーぎゅるるるぅー
間抜けな音がブルースの言葉を遮り、その音の主に全員が目を向ける。その先にはまだヴィンセントに怒られていたジェットがお腹を擦っていた。
「ごめん、まだ昼食を摂ってなくて」
ジェットがそう言って恥ずかしそうに笑った後「あ、そうだ」とひらめいたように手のひらを叩いた。
「ボク、クリスの手料理食べてみたい」
「えっ……⁉」
「はぁっ⁉」
私とヴィンセントが思わず声を上げた。
ジェットは私の料理の腕前を知っているはずである。このタイミングでそんな提案をすると、ブルースは考えるように口元に手をやり「いいですね」と呟いた。
「イヴは料理が得意ですし、完璧な淑女のクリスティーナ嬢なら、料理なんて簡単ですよね?」
(コ、コイツ……)
絶対に煽ってきている。貴族の娘が料理をする習慣がないことは明白だ。私はたまたま前世の記憶があったから料理をしてみようと思ったが、普通の令嬢はしようとも思わないだろう。
「おい、ブルース。お前、それは本気で言っているのか?」
私の手料理の最大の被害者であるヴィンセントが、剣呑な目でブルースを見やる。常識的に考えてもブルースが言っていることは無茶ぶりと言っても過言ではない。
しかし、彼は当然のように頷いた。
「何を言ってるんですか、ヴィンセント様。クリスティーナ嬢は完璧な淑女ですよ? 礼儀作法、ダンス、そして勉学に魔法まで完璧にこなす淑女の中の淑女。たかが料理。それも平民出身のイヴごときに負けるわけないですよね?」
かちん。
ほう、そうかそうか。
私は対社交界用淑女の顔を貼り付け、優雅に微笑んで見せた。
「そうですね、たかが料理ですものね。その勝負、受けて立ちましょう」
「クリスティーナ! お前、正気かっ⁉」
「ええ、ヴィンセント様。私は正気です。たかが、料理ですもの。そのぐらい簡単にこなしてみせます」
私の淑女の顔を見て、ヴィンセントも私の本気具合が伝わったのだろう。諦め交じりのため息を漏らして、額に手をやる。
「……分かった。オレは止めないが……」
ヴィンセントの鋭い瞳が、ブルースに向けられた。
「おい、ブルース。審査員はどうするつもりだ?」
「もちろん、ボクがやりますよ? グレイムも巻き込むつもりです」
さらっと巻き込まれたグレイムが「はぁッ⁉ お前、ふざけんなよ!」と声を荒上げるが、ブルースは華麗に聞き流した。
「でも、こちらの身内ばかりで、それはそれで不公平かなって思うんですよね~」
わざとらしくそう言い、ちらりとジェットにも目をやる。
「あ、もちろんボクも参加する」
言い出しっぺのジェットはウキウキした顔で手を挙げる。そんなウキウキなジェットの顔が料理の食べたさではなく、私がどんな生物兵器を生むのか楽しみで仕方ないという顔だった。
「それじゃあ、私も参加しよう」
そう言って手を挙げたのは、シヴァルラスだった。
さすがの私もヴィンセントもぎょっと彼を見てしまった。
「シ、シヴァ兄……そ、それはちょっと……シヴァ兄は王族だし……手料理なんて……」
「何言ってるんだ、ヴィンセント? 王族が2人もいるんだから、もちろん毒見役も用意するだろう? なあ、ブルース」
それを聞いて、ヴィンセントもシヴァルラスが言った事を理解した。
「そうだよな……王族がド素人の手料理を口にするんだ。もちろん、責任を取って毒見役をやるんだろうな、ブルース?」
「そうですね、してくれますよね。ブルース様?」
私、ヴィンセント、シヴァルラスの目がブルースに向けられるが、彼は怯むことなくさわやかに笑って見せた。
「ええ、毒見ならオレがやりますよ?」
「よし、分かった。言質は取ったぞ、ブルース」
これはいい。毒見役がブルースなら私も思う存分に腕を奮える。
勝負は明日の放課後。
イベントは意外な方向へ行ってしまったが、この戦いに私は絶対に負けられない。私は完璧な淑女としてヒロインに勝つ。
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