14 悪夢の箱(4)


 ジェットが言っていた通り、3階の西階段にジェット達がいた。私、クリスティーナ・セレスチアルは「イヴに手を出すなら、まずこの私を倒していけーっ!」と身を挺して彼を止める。もう淑女とか婚約者候補の体裁とか関係ない。私は何が何でもジェットを止めなければならない。


 私が彼のそばにずっといたのだ。ジェットのそばにいて、彼が私の邪魔ばかりしたり、ヴィンセントに悪戯したり、それはずっと彼の道楽だと思っていた。正直、彼と友達になって彼が本当に黒幕なのか疑う部分が大きい。ブルースに結末を聞くまで、もっと彼には幸せなエンディングが用意されていると思っていた。


(こんなエンディング、絶対に認めない! ジェットに人殺しなんて絶対にさせない!)


 私が泣きながら彼を抱きしめると、頭上でため息が聞こえ頭を優しく撫でられる。

 見上げると、ジェットは困った顔をして笑う。それがなぜか胸が痛くなった。


「クリスティーナ!」


 ヴィンセントがジェットのドラゴンと一緒に現れ、この場に『センチメンタル・マジック』のキャラクターが全員揃う。


「クリス、ちょっと離れてくれる?」


 そういうジェットに私は全力で首を振る。このまま彼を離したら絶対に後悔すると直感が告げていた。彼のドラゴンが肩に留まり、「離れろ」と言わんばかりに尻尾で私の頭を叩いてきても、絶対に離すもんかと私は手に力を込めた。

 ジェットは「仕方ないな」と私の頭をぽんぽんと叩くように撫でた後、赤い瞳をブルースに向ける。


「君がボクの物語を読んでクリスに話したんだってね? ずいぶん適当な話をしてくれたものだよ」


 彼の言葉の端々には棘が含まれ、あからさまな苛立ちを見せていた。


「適当な話? なら、なんで第1校舎にいるはずの貴方がイヴの前に現れたんです?」


 ブルースはジェットを睨みつけ、さらに続けた。


「クリスティーナに取り憑く悪魔、黒幕ジェット・アンバー」

「黒幕ぅ?」


 間延びした言い方でジェットは煽り立てる。


「原因も分からずにボクを黒幕扱いするなんてふざけた話だ。ボクの物語を途中まで知っているなら、黒幕のボクは何をしたんだ?」


 肌がピリピリと痺れるような空気の中、誰かが息を飲む音が聞こえた気がした。

 赤い瞳はブルースただ1人を見つめ、ブルースの額から冷や汗が流れる。


「まず、貴方はシヴァルラス様の物語で、クリスティーナ嬢とヴィンセント様を唆し、イヴの心を盗ませた。この学園で起きている悪夢の仕業だって、悪夢の箱を作った貴方の仕業のはずだ」


 そう、彼はクリスティーナに憑りつき、嫉妬に狂ったクリスティーナを唆した。その結果、クリスティーナとその計画に協力したヴィンセントは国外追放になっている。クリスティーナルートだって、彼がイヴは悪いやつだと唆しているシーンがあった。


 それを聞くと、ジェットは深いため息をついた。


「なるほど、君はも知っているわけか……」

「え……?」


 世界線?

 彼は一体何を言っているんだ?


 ジェットは私を見下ろし「クリスも知ってるのね……」と諦めたような口調で呟く。

 現段階で、この世界の人間である彼が、クリスティーナルートやシヴァルラスルートのバッドエンドを知るはずがない。


(どういうこと……?)


 ブルースはまさかと目を見開いた。


「ジェット様も転生者とか言いませんよね?」

「え、ジェットも⁉」

「そんなわけないでしょ」


 冷たく、そして呆れた口ぶりで否定する。


「まあ、君達が前世で見たっていうゲームブックの内容も、なんだろうね」

「さっきから貴方は一体、何を言ってるんですか……?」


 戸惑いが隠し切れないブルースに、ジェットは鼻で笑う。


「黒幕は黒幕らしく、ゲームブックのプレイヤーに答え合わせをしてあげようじゃないか」


 ぱっといつもの天使のような笑みに変わり、明るい声で重たい空気を吹き飛ばした。



「ボクはね、魔力が覚醒した6歳から20歳の間を何度も行ったり来たりしてるんだ」

「──え……?」


 まるで世間話をするように、あっさり告げられた内容に私は言葉を失う。


 一体どういうことだ。私が彼を見上げると、彼の瞳に悲しい色が浮かんでいた。

 予想だにしていなかった答えに、面食らっているのは私だけではない。この場にいる全員が、驚愕のあまり固まっていた。


「行ったり来たり? どういうことだ?」


 全員が思っているだろう疑問をヴィンセントが口にすると、ジェットは「そのままの意味だよ?」とかわいらしく首を傾げた。


「いわゆる時間遡行じかんそこうってヤツ。昔、ちょっと大きな過ちを犯しちゃってね。それ以来ボクは何度もやり直してるのさ」


「いや~、大変だったよ」といつもの調子で笑いながら語る彼が信じられなかった。


 時間遡行、そんなものが可能なのだろうか。もし、それが本当なら彼は一体どれだけの時間を生きているのだろう。


 そっと私は背中を叩かれた。ジェットが私の背に手を回し、落ち着かせるよう背を叩いていた。気づけば彼を掴んでいた手は震えており指先は冷たくなっている。思ったよりも強く握っていたのか、握る手が痛むがそれでも私は彼から離れなかった。


 ジェットはそんな私を見て、また悲し気な目をしていたが、その目はすぐに元に戻る。


「ボクは何度もやり直している間に、とある1人の少女を見つけたんだ」


 赤い瞳がグレイムとブルースの背に隠れるイヴを捉え、にっこりと微笑みかけた。


「ねぇ、イヴ・ラピスラズリ。君は孤児院時代からやっかみを受けていたらしいね? おまけに学園では令嬢達から言いがかりを掛けられ、いじめ紛いなことまで……ああ~、なんて可哀そうに」


 大げさに感情をこめて同情する言葉を口にしているが、その目は冷たく嘲笑う。


「でも、おかしいなぁ……人の心を癒す力を持っているはずなのに、なんでそんなことに巻き込まれるんだろう?」


 悪魔はにやりと口元を持ち上げられた。挑発めいたその笑みにブルースは拳を握りしめ、重々しく口を開いた。


「……何が言いたいんですか?」


 全員の目がジェットに向けられ、再び嫌な静寂に包まれる。

 彼の赤い瞳は1人の少女に向けられ、それはあまりにもあっさりと告げられた。



「結論から言わせてもらおう。その女に、人の心を癒す力なんてないよ」


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