06 誠意が伝わらない男、ヴィンセント



 オレ、ヴィンセント・レッドスピネルは今、非常に困っている。


 オレの国では貴族の子どもは14歳になる年に国王に挨拶をする儀式がある。その儀式に参加して晴れて社交界デビューとなる。この国の成人は20歳だが、昔は14歳で成人として扱われてきたらしく、その名残らしい。だいたいこの年齢で婚約話やお見合いなどの話がでるのはおかしい話ではない。


 もちろん、オレは公爵家の嫡男であるため、婚約の話が波のように押し寄せている。公爵家と繋がりたい家はたくさんあるだろう。特にレッドスピネル家は王族と従兄弟なのだ。


 しかし、オレには昔から婚約したい相手がいた。


 クリスティーナ・セレスチアル。父の古い友人の娘だ。


 出会いこそは最悪だったが、彼女と交友を深めていって、オレは彼女の事が好きだと気づいた。


 そもそもオレは口も目つきも悪く、オレの言葉の裏に隠れた気持ちを読み取ってくれるのは彼女だけだ。正直、オレには彼女しかいない。


 積極的にアタックをしているのだが、「ヴィンセント様、私は告白の練習台ではありませんよ」と流されてしまう。


 最近、彼女はオレの扱いが雑になっているような気がする。昨日なんて「女性はロマンチックな方が好きなので、もっとときめく告白がいいですよ」と言われ、「今のは100点中何点だ?」と聞けば、容赦なく「2点」と切り捨てられた。


 多分、彼女はオレを男として見ていない。彼女よりも背が高くなって、声変わりもしたというのに。


(そろそろ、時間がないんだがな……)


 従兄弟である第3王子シヴァルラスはまだ婚約者が決まっていない。もう16歳になったというのに、まだ婚約者がいないのは珍しいことだった。父の話では、そろそろ婚約者の候補が決まるらしい。きっとクリスティーナも候補として名が挙がるだろう。


 彼女はお茶会でも淑女として素晴らしい立ち振る舞いで話題になっている。他の貴族の子息達は彼女を高嶺の花と呼ぶほどだ。


(まあ、中身は高嶺の花とは程遠い性格だがな……)


 どちらにせよ、婚約を申し込めるのは今日が最後だろう。なんとか返事をもらわねば。


 セレスチアル家に着くと、彼女は準備をしているようで、いつもの客間に通された。


 紅茶と菓子を出され、オレは1人で待っていると、目の前のソファに見慣れたものが目に入った。


「これは……」


 確か、クリスティーナが大事にしている人形だ。彼女がジェットと呼んでいるこの人形は、彼女の初めての友達らしい。


(初めての友達が人形だなんて、可愛いらしいところもあるんだな……)


 オレの初めての友達はクリスティーナだが、彼女もきっとこの人形を除けば、オレが初めての友達だろう。


(本当、綺麗にしているな……)


 人形を手に取ってよく見てみると、糸のほつれも、生地がれてしまっている所もない。オレから見ても大事に扱っているのがよく分かる。


 人形の赤い瞳に自分の辛気臭い顔が映り、オレはため息をついた。


「いいよなぁー、お前は……アイツに大事にされて」


 オレがどんなに望んでも、今の彼女には友人以上の感情はないだろう。


「お前が羨ましいよ、ジェット……」


 無条件に彼女に愛される人形がとても羨ましい。


「ヴァェ……ヴェ……ェァアアア……」


 人形から変なうめき声が聞こえたような気がしたが、オレは無視をした。


 昔からこのジェットは普通の人形にない存在感がある。持ち主に愛された人形は魂が宿ると聞くが、この人形もまさか──


「ん?」


 ジェットのお腹辺りに何か不思議な感触がする。オレは人形の口を開けると、ポケット状になった口の中に小さな袋を見つける。


「なんだこれ……?」



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