04 予期せぬ事態 2
2人は私達の所に来て、私は椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「クリスティーナ嬢、あれから気分はどうだろうか?」
シヴァルラスはオレンジ色の瞳を
「はい、おかげ様でだいぶ気分が良くなりました。見苦しい姿を見せてしまい、申し訳ありません」
私がそう言うと、気まずい沈黙が流れた。周りも固唾を飲んでこちらを見守っているのを肌で感じる。
シヴァルラスも私にこれ以上なんて声を掛けて良いのか分からない様子だった。
このどうしようもない空気を誰かなんとかして欲しい。
「殿下~、ファーストキスは何味だった~?」
わざと空気を読まないジェットがとんでもない野次を飛ばし、ヴィンセントが顔を真っ青にしてジェットの首を捉える。
「このバカタレーーーーーーっ!」
「痛い痛い痛いっ! ギブギブギブ!」
容赦なくジェットの首をホールドし、ジェットは笑いながらヴィンセントの腕を叩いた。
「お前! いくら王族でも言って良い事と悪い事があるぞ!」
「何言ってるんだ、ヴィンセント! こういうのはさっさと笑い話にするのが1番なんだよ~」
「笑い話になるか! すみません、シヴァ兄! コイツはきっちりオレが教育しておくんで!」
一部の女子から黄色い声が上がるが、私はそっとしておいた。
「あ、あのっ! ク、クリスティーナ様!」
イヴが割り込むようにして前に出た。その顔は罪悪感か、それとも恐怖からか青ざめており、手が震えているのが分かる。
それはそうだ。事故とはいえ婚約者候補の前で、それも王子にキスをしてしまったのだ。彼女も相当胸を痛めているだろう。
(ああ、イヴ! なんて健気なの! いいのよ、私は気にしてないの。むしろもっとやって! 事故ちゅー大歓迎! ゲームにない
しかし、私は悪役令嬢。いくら事故とは言え、ここはきっちり落とし前を付けさせるべきではないのか。いや、そもそもクリスティーナはそんなキャラではない。私は一体どうすればいいんだ。
オタクの自分とクリスティーナである自分の板挟みに合い、気付けば私はぶわっと目から涙が噴き出た。
「ク、クリスティーナ⁉」
「ク、クリス⁉」
ヴィンセントだけでなく、あのジェットもぎょっとして目を見開いていた。
(ああ、どうしよう……みんなが
しかし、何故か涙が止まらない。これが涙腺崩壊というヤツなのだろうか。公式(本人)からの思いもよらない供給に、自分は思っていた以上に嬉しかったのかもしれない。
しかし、私は悪役令嬢。泣いてはいられない。頑張るのよ、クリスティーナ・セレスチアル!
「べ、べ、別に私は気にしてい、い、いませんっ!」
私は声を震わせながらも精一杯声を張った。
「だ、だって、じっ、事故ですし!」
(大変美味しい展開でした!)
「そ、そ、それにっ……そ、そもそも私がっ、イヴ様の力量を見余って、魔法を教え、てっ、しまったのがっ……げ、原因、です!」
(図らずとは言え、ナイスだった私!)
「だ、だから、イっ、イヴ様は悪くありません!」
(本当に、ありがとうございました!)
(あぁっ! 誰か助けてー!)
私が心の中で叫びを上がると、頭の上に柔らかいものが乗った。
(え……?)
私は驚いて顔を上げる。
そこにはジェットが珍しく心配そうな顔をして私を見下ろしていた。
頭に乗っているのは5号だ。私を励ますように私の頭を撫でている。
私は頭に乗っていた5号を抱き寄せて心を落ち着かせる。ハンカチで涙を拭いていると、イヴが何やら言いづらそうに私とシヴァルラスを交互に見ていた。
ようやく決心がついたのか、真っ赤な顔をして私に向き直った。
「…………ん」
「え?」
「私達、キスしてません!」
学食中にイヴの声が響き渡るくらい、彼女は大きな声を張った。
「え? 口に当たらなくても、唇は顔に当たったでしょ?」
空気を読まないジェットが言及し、ヴィンセントが「また余計な事を」と小言を漏らす。
シヴァルラスが苦笑して「これが証拠だよ」と前髪を掻き上げた。
その額には見事に青く腫れ上がったたんこぶがあった。
「本当に……ごめんなさい、シヴァルラス様のお顔に傷が……」
イヴが手で顔を覆って謝り、シヴァルラスは「大丈夫、私は石頭だからね」と微笑み返していた。
(な、な、な、なんだとぉーーーーーーっ⁉)
まさかの真実に私は膝から崩れ落ち、抑えきれない感情を自分の拳に乗せて床に叩きつけた。
(推しとヒロインの事故ちゅーを見られたと思って浮かれてたら……何よ、私の勘違い⁉ でもいい夢を見せてくれてありがとう!)
ポンと肩を叩かれる。顔を上げると、にっこりと微笑むジェットの顔があった。
「良かったね、クリス」
「え、ええ……」
正直、良かったかどうかは分からないが、私は頷いておく。
シヴァルラスが私に手を差し伸べてくれ、私は彼の手を取って立ち上がる。
「と、取り乱してしまい……すみません……」
「いいんだよ。勘違いしてしまっても仕方がない。ジェット様もヴィンセントも君が倒れてしまったのを見て、すぐさま保健室に連れてってしまったからね。事情を話す暇もなかった」
シヴァルラスはそういうと、学食中にいる生徒達に目を向ける。
「というわけだ。みんな、食事中に騒いでしまって申し訳ない。食事に戻ってくれ」
彼の言葉をきっかけに、わだかまりが解けていつもの空気に戻った。私も思わずホッとする。
「さて、私も食事を摂るかな……ところでクリスティーナ嬢。その食べ物はなんだい?」
ぐちゃぐちゃになったラザニアにシヴァルラスの目が留まる。
「あ、そのそれは……」
「いひひひひっ」
5号が持っていたスプーンを咥えながら汚い笑い声を漏らす。
「近いうちになるはずだったお前の未来だよ、イヴ・ラピスラズむぐっ!」
「ただのラザニアです」
私は5号のチャックを閉め、淑女の顔で応じた。
私の料理イベントは起こし損ねてしまったし、推しとイヴの事故ちゅーは勘違いだったが、事態が収まったのでよしとしよう。これをきっかけにシヴァルラスとイヴの距離が縮まり、何事もなく過ぎて欲しいと願う。
しかし、私の考えは浅はかなものだった。
何事もなく過ぎてはいけないのだ。
推しとヒロインの事故ちゅー未遂事件から一夜が明け、ふと、冷静になった私は思った。
(私、悪役令嬢の仕事してない)
この学園に入学して早1か月。自分のイベントはジェットのせいで潰れ、大好きな料理イベントは自分のうっかりで忘れてしまっている。これは由々しき事態だ。
私が推しとヒロインのイベントを盛り上げるために、研鑽を積んできたあれやこれが全て無駄になってしまう。
(……やばい、このままでは悪役令嬢ではなく、ただのオタクだ!)
悪役令嬢として、そして完璧な淑女として、私は役目を全うせねば。
まず私は昔に書いたゲームの内容を新たに確認し、自分のイベントを自ら叩き起こすことから始めた。
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