八章 悪魔付き令嬢は黒幕と対峙する。

01 対悪魔会議


 ジェットに盛大に喧嘩を売った私、クリスティーナ・セレスチアルは生徒会室でジェットを除いた全員で机を囲い、紅茶を飲んでいた。



「イヴ、こっちにおいで」



 イヴだけは自分の魔法がどの程度まで影響されるのか分からないため、自ら部屋の隅に移動して、身を小さくしていた。

 無意識とはいえ、人の心を操作していた事実を知らされて落ち着いていられる人などいないだろう。


 酷く落ち込んでいる義妹にブルースが手招きをするが、彼女は大きく横に首を振った。


「だって、私が近づいたら魔法で心が操作されちゃうんだよ! 絶対だめ!」


 ジェットが「実はみんな心に影響を受けないように魔法をかけた」と言っていたが、それも試作だと言っていたので、何があるか分からない。ブルースは肩をすくめると、椅子を持って彼女の隣に移動する。



「ブ、ブルース⁉」

「安心して、イヴ。オレが姉さんを好きになるなんて、絶対にありえないから……未来永劫絶対に」

「それはそれでなんか傷つく!」

「…………」



 グレイムが無言でイヴの反対隣に椅子を置いて、ドスンと座る。



「グレイム?」

「別に、今までお前を心配してたのは、お前の魔法のせいでなんて思ってないからな」


 目つきの鋭いライムグリーンの瞳が不機嫌そうにイヴを見つめ、ぶっきらぼうに言う。

 そんな3人の様子を見て私は安堵すると、ヴィンセントが横でため息を漏らした。


「まさか、こんな事態になるとはな……」


 前世の記憶がある私達ですら知らなかった事実。

 イヴは自分の魔力を奪えばどうにかなるならと言ったが、正直私はどうにかなるとは思わない。


 彼が言う未来でイヴの魔力を奪っても彼はきっとやり直す。


 おそらく、『センチメンタル・マジック』のジェットルートでグッドエンドに相当するエンディングは、きっとメリーバッドエンドではないだろうか。何度もループするジェット・アンバーが行き着く未来、彼の自己犠牲からなる自己満足の未来。もし、そうなら私は止めないとならない。


「というか、お前あんな約束して大丈夫なのか?」


 結婚してと突拍子もない事を言い出したジェットだったが、私はどうしてあんな事を言ったのか、大体予想がつく。


「何言ってるんですか? あのジェットですよ? あんなの、私の反応が見たくて適当に言ったに違いません!」


 今まで数々の嫌がらせを受けてきた私は、自信を持って言える。あの悪魔なら絶対にやりかねない冗談だ。


 ヴィンセントは戸惑い気味に「お、おう……そうだな」と頷き、シヴァルラスは眉を下げてヴィンセントの肩を叩いた。


「しかし、クリスティーナ嬢。君は彼に勝つ自信はあるのかい?」

「正直、勝率は5分5分です」


 私がジェットに持ち掛けたのは隠れ鬼。私とジェットが昔よくやった遊びだ。


 参加するのは私、ヴィンセント、シヴァルラス、グレイム。ブルースとイヴはジェットが悪さをしないように終わるまで別室で待機してもらうことになっている。



「5分5分? ジェットが圧勝するような気がするが?」



 確かに、彼は天才的な魔法の才能がある。ヴィンセントが言った通り、ジェットが本気を出せば、私達を捕まえるなんて造作もないだろう。しかし、彼には致命的な弱点がある。


「ジェットには悪い癖があるんです」


 私がその癖に気付いたのは、前世の記憶が戻ってからしばらくしてからだ。ジェットがどんなキャラクターなのか知る為に彼を観察したのだ。


 彼は甘いお菓子が好きだ。特にクッキーと無糖の紅茶と一緒に食べる。

 彼は色や季節の移り変わりが好きだ。ガラスを光に透かした時に見える色彩や、風で揺れ動く木漏れ日が好きだ。そんな風に観察し続け、見つかるのは好きなものばかりで、苦手なものは見つからなかったが、ある日気づいたのだ。


「彼は、んです」

「長引かせる?」


 彼は手の抜き方が上手い。神経衰弱、ババ抜き、チェス、鬼ごっこ、かくれんぼ、隠れ鬼。どれも幼いクリスティーナを楽しませるために、わざと勝敗がつくギリギリまで遊びを長引かせようとする。


「ババ抜きで最後の2枚になった時、絶対に初手ではジョーカーを引きません。神経衰弱はわざと相手に取らせようとするし、かくれんぼは見つけてもわざと見逃します」

「ああ、だからなるほど……」


 それを聞いたブルースが大きく頷いた。ブルースも思い当たる節があるはずだ。彼は実際にジェットを夜が白むまでトランプをやっていたのだ。

 ギリギリで勝ちを持っていかれ、次こそは勝てると相手をその気にさせる。ジェットはパフォーマーなのだ。



「今回は時間制限付きの隠れ鬼です。言ってしまえば、彼はギリギリまで最後の1人を泳がせ続けます。そして、最後に狙ってくるのは、喧嘩を吹っ掛けた私です」



 昔の隠れ鬼の時もそうだった。

 彼は時々私を見つけても必ず見逃した。自分が逃げる側でも、相手が飽きる頃合いを見て捕まるのだ。


「おそらく、彼は最後の1秒まで私を泳がせます。その一瞬をつけば、勝てると思います」

「だから、勝敗が5分5分か……」


 この場にいる皆が頭を抱える。彼の才能は誰もが知っている。

 元より持っていた才能と何度もやり直して得た魔法の知識、そしてこの場にいる全員の癖を把握している可能性がある。特に私はもう把握されているだろう。


「なので、皆さんにちょっとした提案があります」


 私は椅子から立ち上がり、とんと靴先で床を小突いた。

 スカートの下から落ちたものを見て、全員が目を丸くした。

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