05 大人数の大富豪は楽しい



「あはははははははっ! ふふっ、何そ、れっ………あははっ……死ぬ、笑いすぎて酸欠で死ぬっ、あはははははっ!」


 食堂で話す内容ではないと判断した私達は食事を手短に済ませ、談話室へ移動した。もちろん、ブルースとイヴも一緒だ。

 前世の話はぼかし、事情を説明すると彼は目に涙を浮かべながら腹を抱えて大笑いしていた。


「なに……ブルースの相談を受けてる時にたまたまボクの話になって……ふふ、ボクが家族から不遇な扱いを受けて、助けを求める為にこの国に遊学に来たって? あは、ははっ! 全然違うよっ!」


 彼はひーひー言いながら、涙を拭う。


「もう……クリスはボクがこの国に来た理由知ってるでしょ?」

「で、でもっ! それは事情を誤魔化すためかと思うじゃないですか!」


 正直、彼は隠し事が得意だ。実際に私は8年もの間、悪魔だという嘘をつかれているのだ。彼はようやく笑いが収まったのか、息を整えると緩んだ頬を両手で抑えた。


「あのねぇ、確かにボクはこの目のせいで周りから色々言われてきたけど、家族仲は至って良好だよ? もし不仲なら家族が様子を見に来たりしないよ」

「で、でもジェット様を観察に来たかもしれないじゃないですか!」

「なら、シヴァルラス様に確認してみなよ? もし不仲だったら家族からもらったお菓子をみんなに食べさせずに、すぐ処分してるって」


 言われてみればそうである。たとえ、彼が劇物を食べても平気な胃を持っていたとしても、笑顔でゴミ箱に投げ捨てるだろう。いや、中身がクッキーなら食べているかもしれないが。


「じゃあ、本当にお前は向こうでいざこざがあって逃げてきたわけじゃないんだな?」


 ヴィンセントが尋問をする刑事のような目を向け、ジェットは左胸に手を当てて、空いた手を上にあげる。


「何ならこの心臓を賭けた上で、祖国で崇拝される賢者に誓ってもいいよ? ボクはこの国に逃げてきたわけでもないし、この国に自国の問題を持ち込みにきたわけじゃないさ」


 口調と態度はふざけているせいで、彼の本心は分からない。


 ヴィンセントは少し納得できない目をしているが、これ以上追及するつもりはなさそうだ。ジェットはそれを悟ってか、「あ、そうそう」と手の平を打った。


「今夜、談話室でお菓子を持ち込んでトランプとかチェスとかで遊びたいんだけど、ブルースは強制参加だからね!」

「人の予定も聞かずに即決ですか⁉」


 どうせ断っても、寮にいれば彼に捕まることはブルースも分かっている。彼がしぶしぶ頷くと、ジェットはイヴに目を向ける。


「君は? 女の子はクリス1人しかいないけど、一緒にどうかな?」

「え、あ……」


 イヴは戸惑い気味にブルースを見上げる。ジェットを警戒しているイヴにはこの誘いを受けていいのか悩みどころだろう。


「イヴ、別にオレの意見は気にしなくていいよ。好きにするといい」


 ジェットの相手はブルースがするのだ。それなら彼女がいてもいなくても問題ない。さらに、私やヴィンセント、グレイムだっているのだから。


「じゃ、じゃあ……その……お邪魔したいです……大勢なら賑やかそうですし、あんなことがあった後なので部屋に1人でいるより、安心できますし……」


 目の前でシヴァルラスが襲われているところを見ている彼女はそう答え、ジェットはにっこりと微笑んで頷いた。


 そして夕食後、私達は談話室を貸し切りにし、お菓子を持って集まった。もちろん、昼間にいたメンバーとグレイムも一緒である。


「ねぇ、ねぇ、大富豪やろうよ!」


 ジェットがトランプを掲げながら提案し、ブルースが呆れた顔をする。


「ジェット様、大富豪知ってるんです? 俗世の遊びですよ?」

「ブルースは知ってるの?」


 ジェットは私がヴィンセント、シヴァルラスにやり方を教えて、それを見て覚えている。他にも私はドボンやダウトも彼に教えていた。


「伊達に遊び歩いていませんよ? あと強いですよ、オレ」

「へぇ~、そうなんだ。ちなみにルール知らない人は?」


 そうジェットが言うと、グレイムとイヴが手を上げる。はじめ特殊ルールは革命だけで始めることにした。


 ジェットは手際よくカードを配り、ブルースはイヴを、ヴィンセントはグレイムに教えながら始めた。

 次第に慣れてきた頃、8切り、階段、7渡しのルールを混ぜていく。そして、イヴもグレイムも教えてもらわずにゲームを楽しめるようになってきた頃だ。


「革命」


 ブルースがそう高らかに宣言し、6を4枚出す。

 彼の手札は残り1枚。このまま誰も出さなければ、次の番で彼が1番で抜けになる。イヴ、グレイム、ヴィンセント、私と順にパスしていき、ジェットがにっこり笑う。


「はい、革命返し」


 4を4枚出して、場のカードを流す。


「はい、7渡しであがり。ブルースにあげる」


 笑顔で最後の1枚をブルースに手渡し、その絵柄を見たブルースがげっと顔を歪める。


「ちょっとーっ! オレがようやく上がれると思ったのに、よりにも寄って最弱のカード渡すってどんな神経してるんですか!」

「君が強いっていうからさ。ボクも敗北を知りたくて……本気出したよね?」

「あなたって人はーっ!」


 笑いが巻き起こり、そのゲームでは結局ブルースが大貧民となった。


「さぁ、大貧民のブルースく~ん? さっさとカードを配って大富豪様であるボクに強いカードを献上しなよ~」

「くっ、この悪徳大富豪めっ!」


 悪態をつきながらもブルースはカードをシャッフルしていく。

 時計を見ると、もうすぐ消灯時間だった。そろそろ自室に戻らなければならない。男子組はこれからヴィンセントの部屋で夜通し遊ぶらしい。


「じゃ、オレはクリスティーナとイヴ嬢を女子部屋の前まで送るわ。先に部屋に行っててくれ」


 ヴィンセントがそういって立ち上がり、ジェットに部屋の鍵を投げ渡すと、彼は唇を尖らせる。


「えーっ! ボクが送りた……」


 ジェットがそう言いかけた時、がしっと力強くブルースがジェットの肩を掴んだ。


「ジェット様、そういって勝ち逃げするつもりでしょ……それは許しませんよ……!」


 ブルースの目が完全に据わっている。


「次は都落ちとイレブンバックと階段革命とシバリも入れますからね!」

「え、何それ⁉ そんなルール知らないんだけど!」

「ローカルルールですよ! ほら、行きますよ!」

「ちょ、え、まっ!」


 逃げられないようにブルースはジェットを小脇に抱えて談話室から出ていく。遠くから「クリス~っ!」と私を呼ぶ声が聞こえたが、聞こえなかったことにした。


 イヴと私の部屋は1階と3階で分かれている。ヴィンセントと階段までイヴを見送ると、「今日は楽しかったです。おやすみなさい」とイヴは言って階段を上って行った。彼女の姿が見えなくなったのを見計らって、ヴィンセントは私を見下ろした。


「クリスティーナ、ちょっと話がある」

「……はい」


 きっとジェットのことだろう。私はそう思い頷くと、ヴィンセントは少し疲れたように肩を落とした。


「ついでに、談話室に忘れ物をしたから付き合え」

「ええ? 分かりました」


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