04 推測
「じゃあ、今彼女はイベントが発生しているんですか?」
私、クリスティーナ・セレスチアルがそう口にすると、ブルースは「おそらく」と頷く。
「クリスティーナ嬢……オレはジェットの物語、この学園が始まる前の彼を全然知らないんです。彼が悪魔と名乗っていた理由、そして、どうしてクリスティーナに付き纏っていたのか、教えて欲しいんです……このままだと、彼はバッドエンドでイヴを殺します」
ナイトメアモードに切り替わると、本来のマルチルートが乗っ取られ、ジェットルートへ向かってしまう。プレイヤーを油断させるためか、その確定イベントで悪夢に襲われるのはシヴァルラスとなる。
ジェットルートには3つのエンディングが存在し、どれもバッドエンド。うち1つがグッドエンドに相当する。残りの2つのエンディングはあっさり過ぎる内容だった。
悪夢の箱のイベントが開始されると、イヴ、ジェット、シヴァルラスで放課後の校舎へ向かい、本来なら攻略キャラとともに悪夢を探すところを、3人で手分けして悪夢探しを始める。そこでイヴは誰かに襲われ、目の前が暗転しバッドエンドを辿る。これが1つ目のエンディング。
このエンディングでは彼の姿は見せない。
そして、もう1つのバッドエンド。
手分けして悪夢を探すところまでは同じだ。捜索中、誰かの気配を感じて振り返ると、ジェットが笑顔で立っているという。
彼はその天使のような笑みを浮かべ、こういうのだ。
『本当、君は悪魔みたいな女だね。さようなら』
そのセリフが終わると、画面が赤く染まり、タイトル画面へ戻されることになる。
本来のイベントでは、攻略キャラと悪夢を倒し、見つけた悪夢の箱をイヴの魔法で浄化し事件は終わる。
一体、この箱は誰が生み出したのか?
この2つのエンディングから察するに、ジェット・アンバーがこの箱を生み出し、それをどうにかできるイヴを殺害するのが目的であること。これが彼を攻略中のプレイヤー達の憶測。
しかし、SNSでネタバレに配慮した感想を見ると、意外な感想が返ってくる。
『試合に勝って勝負に負けた男』
『ちょっとまた周回してくる』
『これは悪魔も憤怒する案件』
イヴに同情するどころか、ジェットに同情するようなものばかりだったのだ。
彼のルート解放条件はクリスティーナに関わるものばかりだ。もしかしたら、クリスティーナとの思い出の中にエンディングのカギがあるのかもしれない。そう、ブルースは考えたらしい。
しかし、私は彼がイヴをバッドエンドへ陥れる理由が浮かばない。なぜなら、ジェットはおろか、私すらもゲーム本編が始まるまでイヴに出会ったことがない。それを仄めかすようなこともしてないはずだ。
ブルースに話せることも限られたものになる。
まず、彼の祖国では赤い目は悪魔の目だという伝承があり、そのせいで彼は公務に参加はしなかった。
そして、暇を持て余した彼は魔法を使って国内外を覗き見ていた。彼には人の心の色を見ることができ、そこで私の心の色に惹かれてセレスチアル家に足を運んだ
彼の話では魔法で分身を作り、セレスチアル家に送っていたらしい。悪魔の目をしているから悪魔だと偽り、私以外に彼の姿が見える人間はいなかった。
「人の心の色が見える……? それに分身を作るって……その時、クリスティーナ嬢はいくつだったんですか?」
「8歳です……当時は彼が悪魔だからと思って疑いもしませんでした……」
その時の彼の姿は12歳くらいの姿だ。当時の私より背が高く、大人びて見えた。さらに歳をとらなかったので、余計に疑うことなんてなかった。
彼は昼夜問わずセレスチアル家に出入りし、12歳辺りを境に、セレスチアル家から足が遠のいていき、社交界デビューの日にお別れをしたのだ。その理由が公務に参加するようになったからと聞いたのはこの学園に入学してから。そして、この学園に入学した理由は、向こうが暇すぎて、私とまた遊びたいがために会いに来たのだと。
「ジェットのヤツ、子ども頃から化け物染みていたんだな……」
ヴィンセントも信じられない顔で額に手を置いていた。
「ブルース、そのジェットの物語を見るための条件はクリスティーナが関わってるんだったか? 一体、どんな結末だったんだ?」
ヴィンセントがそういうと、表情を曇らせたブルースが私に目を向ける。
「クリスティーナ嬢は……ネタバレは大丈夫ですか?」
「え? ええ、大丈夫です」
「良かった、前世の姉はネタバレが嫌だったので……なら話しますね」
ヴィンセントに分かりやすいように簡潔に説明する。
まず、シヴァルラスルートのバットエンド。
ヴィンセントはイヴにクリスティーナはシヴァルラスに恋をし、嫉妬に狂ったヴィンセントとクリスティーナはイヴの心を奪う強硬手段をとる。そしてそれがバレて国外追放になるのだ。
そして、クリスティーナルート。イヴと仲良くなったクリスティーナは、悪夢の箱に触れてしまい、深い眠りに囚われてしまう。その夢の中で幼い頃から付き纏う悪魔の存在が明らかになり、悪魔がクリスティーナにイヴがシヴァルラスを横取りしようとしていると
『クリスティーナ、君は騙されている。あの女は酷い女だ。すぐに君の大好きな人を
しかし、クリスティーナは首を横に振る。
『いいえ、彼女はとてもいい子です。もうこれ以上私を惑わさないで!』
こうして、悪い夢から覚め、悪魔の呪縛から解き放たれたクリスティーナは、本当の意味でイヴと友達になる。これがクリスティーナルートのエンディングだ。
「こう聞くと、あまり話が繋がってないようにも見えますね……」
そもそも、彼は悪夢の箱を生み出して何をしようとしていたのだろうか。
思い出やゲームの内容を振り返っても、何一つ彼の利益になることは見つからない。
ふと、ブルースが口元に手をやり、首を傾げた。
「そういえば、クリスティーナ嬢、彼って心の色が見えるってどの程度のことが分かるんですか?」
「えーっと、詳しくは教えてもらってないんですけど……人の善悪や恋の色って言ってました」
「恋心まで分かるのか、アイツは……」
ヴィンセントがそれを聞いて目を半分にし、頭を抱えるとブルースが「もしかして何ですけど……」と口を開いた。
「ジェット様はクリスティーナ嬢をシヴァルラス様の婚約者に仕立て上げたいとか……?」
彼の言葉に、一瞬静寂が起きる。そして、その静寂を破ったのは私で、思わずふっと笑ってしまった。
「まっさか~! ジェットに何の得があるんですか~!」
それこそ、彼には何にも利益がない。むしろ、私が婚約者候補になるのを妨害するかのように数々のいたずらを仕掛けていた。
「じゃあ、これならどうですか?」
ブルースは空色の瞳を曇らせておずおずと言った。
「オレみたいに複雑な家庭事情を抱えてて……この国の王族に助けて貰いたかったとか?」
ブルースの推測はこうである。
悪魔の目と言われる赤い目を持つジェットは、家族から不遇な扱いを受けていた。国は天才的な才能を持つジェットを捨てる事も出来ず、彼は逃げることも許されなかった。
そこでクリスティーナやヴィンセント、シヴァルラスを頼る為に遊学し、この国に亡命する手はずを整えるつもりだった。
仲の良いクリスティーナがシヴァルラスと婚約すれば、なお助力を頼みやすい。
しかし、シヴァルラスの心はクリスティーナに傾かない。心の色が見える彼なら分からないはずがないだろう。
それでも婚約する可能性はあるが、彼は何らかの形でシヴァルラスとクリスティーナが婚約しないことを知ってしまう。
そこで、シヴァルラスの心をどうにかする為に悪夢の箱を作り出した。しかし、イヴの力で悪夢の箱が浄化されてしまうことを知ったジェットはイヴを排除することを決意した。
(あり得る。十分にあり得る。あの悪魔ならやりかねない……!)
天才的な魔法の才能がある彼なら、悪夢の箱を作っても何も驚くことはない。
クリスティーナルートでイヴは悪い女だと唆したのも、彼女が悪夢の箱を浄化させられる力を持つからだ。
不揃いかと思われたピースが私の頭の中で1つ1つ嵌められていく。
「で、でも……! まだジェットは私が婚約者に選ばれないことをまだ知らないはず……」
「クリスティーナ、ちょっと聞いていいか……?」
私の言葉を遮るようにヴィンセントが口を開いた。
「お前はその前世の記憶というやつで、シヴァ兄の婚約発表がいつか知っているのか?」
彼の言っている意図がつかめず、私は首を傾げる。
「ええ、確かこの事件の解決後で……早くても1か月後くらいじゃないですか? うちに何にも連絡がないから、無事に婚約者から外れたと思います」
それを聞いたヴィンセントは静かに頭を抱えた。
「…………知ってるぞ」
「はい?」
彼はまるで、己の罪を独白するかのように言葉を紡ぐ。
「ジェットのヤツ……お前が婚約者に選ばれなかったこと……知ってるぞ?」
再びこの場に静寂が訪れる。
シヴァルラスの従兄弟である彼が婚約式の話を知らない訳がない。しかし、なぜジェットが?という考えはもはやどうでもいい。
その場にいる全員がさっと顔を青くする。そして、私とヴィンセントがその場を駆けだしたのはほぼ同時だった。
「ジェットォオオオオオ!」
私達がそう叫びながら食堂へ戻り、カルボナーラを食べているジェットの肩を掴んだ。
急に私達がすごい剣幕で現れたことに驚いているのか、目をぱちくりしながら私とヴィンセントを見上げていた。
「ど、どうしたの、うぉっ……⁉」
「ジェット様! 悩み事があれば私に存分に相談していいんですからね!」
「ジェット! お前、普段へらへらしてるくせに、大きな悩みとか抱えてるんじゃないだろうな! 今はそんなに力になれないかもしれないが、絶対に力になってやるから頼れよ!」
赤い瞳を大きく見開いて、完全に度肝を抜かれたという顔をした彼は、降参と言わんばかりに両手を上げた。
「ま、待って⁉ えっ、待って、何の話なの⁉」
「「
まるで思春期の子を持つ親のようなセリフが食堂全体に轟き、注目を浴びることとなった。
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