第5話 騙される方が悪い?


 眼前には、これまで見たこともない程の美少女が居る。

 そんな美少女とエッチな交渉を取りまとめた最低なスバルは上機嫌だった。

 なんとも最低で最悪な脳みそ......いや精神だと言えるだろう。

 なにせ、何でも願いを聞くと言われた時点で、もう少し真面な要求をしても良さそうなものだが、どうやらこの見下げた根性は生まれ持ってのモノらしい。

 ところが、そんな最低男の前に立つ美しき少女も、スバルに負けず劣らず愚かだと言えるだろう。

 というのも、スバルの要求を条件付きとはいえ了承してしまったのだから。

 抑々、一回だけとか、中はダメとか、そんな条件が守られるほど世の中とは甘くはないのだ。

 故に、この少女も世間知らずと言う他あるまい。


 そんな世間知らずの少女がスバルに向かって口を開いた。


「では、私の願いを言います」


「ちょっと待った!」


 ところが、そこでスバルは右手を突き出して待ったをかけた。


 少女は暫しの間、スバルの言動に首を傾げていたが、その理由を尋ねてくる。


「どうしたのでしょうか?」


 彼女の疑問ももっともだろう。話を聞いて貰える約束を取り付けて、これから本題に入ろうとした処に待ったを掛けられたのだ。誰だって不思議に思う筈だ。


 そんないぶかし気な表情をする少女へ向けて、自慢げなスバルが口を開いた。


「俺は話を聞く約束はしたが、願いを叶えるとは言ってないぞ」


 この時、スバルは勝負に勝ったと確信した。そして、己が策を自画自賛していた。

 そう、スバルは骨のずいまで彼女をしゃぶり尽くすつもりなのだ。

 本当に最低最悪な男である。いや、世の中の女性の敵だと言っても過言ではなかろうか。


 そんな最低な言葉を突き付けられた少女は、その意を悟って再び顔をしかめたかと思うと罵声を浴びせかけてきた。


「本当に最低ですね。いえ、性の悪魔ですね。じゃ、何がお望みですか? 二回でいいですか? それとも中がいいんですか? ......まさか、はらますつもりでは......」


 しかしながら、この少女も考えがそこへ行き着く辺りが、スバルと同レベルだと言わざるを得ない。


「そうだな。じゃ、俺の女になれ。一回とか二回とか面倒だ。俺の女になって毎晩のようにやろうぜ。うちの両親みたいにな」


 どう考えても悪役の台詞としか思えない。


 それでも、スバルは平気だった。

 その理由は分からない。新薬の所為なのか、それとも元々心中にそんな悪心があったのか、今となっては分からないことだ。

 ただ言えることは一つだ。

 そう、最低な男だということだ。


 ところが、眼前の少女は更にそれの上を行った。


「分かりました。一回も二回も三回も百回も同じです。好きなだけ孕ませてください。ただ、認知はしてもらいます。いえ、父親として威厳いげんのある行動をって頂きます」


「威厳......い、いいぜ。じゃ、それで頼むわ」


 勝者の笑みを見せつつ、スバルは彼女と誓いの儀式を行う。

 そして、それが間違いだったと気付く。


「私の願いは、この国を救って欲しいというものです」


「な、なんだとーーーーーーーーー! そんな話、聞いてね~~~!」


 勿論そうだろう。彼女も今初めて口にしたのだから。


 彼女の願いを聞いたスバルが絶叫するが、眼前の少女は涼しい顔をしていた。

 そう、勝負に勝ったと思っていたスバルは、まんまと彼女にしてやられたのだ。

 いや、抑々願いも聞かずに叶えることを約束する方が愚かであり無能だと、彼は今更ながらに気付くことになった。


 ――な、なんてこった......早まったぜ......くそっ! 何故だ! 何故......美少女を我が物とすることに目がくらんでしまったのか......


 いやいや、頭が悪いからなのだが、浅はかなスバルにはその答えに至る知能が欠落していた。

 あの賢かった昴の成れの果てがこれとは、草葉の陰で両親も涙を拭っていることだろう。

 ああ......消えたのは昴であって、両親は健在だった......


 それはそうと、愚かなスバルは美少女の策にはまってしまった訳だが、それを仕込んだ少女はと言えば、鬼の首でも取ったかのような表情をしていた。


「では、約束を守ってもらいますよ。あ・な・た」


 そう、彼女は初めから己が身を捧げてスバルに願いを叶えて貰うつもりだったのだ。


 ――ちっ! しゃ~ね~、美少女を我が物とするにはそれなりの努力も要るということだ。


 一気に敗者へと転じたスバルは、舌打ちをしつつも己に言い訳がましい台詞を言い聞かせる。

 その姿はまるで、ターゲットを仕留めそこなった猫が顔を洗って心を落ち着かしているかのようだった。


 それでも、スバルは己が気持ちに整理をつけて、目の前の少女に尋ねる。


「抑々、お前は誰なんだ?」


「私はユメ、東条由夢とうじょうゆめ。あなたの妻となる女です」


「妻......」


 ユメの台詞を聞いて動揺を隠せなくなるスバルだったが、抑々の展開を全く理解していないことに気付き、透かさずその事を尋ねる。


「ゆ、ユメ、これは一体どういうことなんだ? 俺には何がなんやらさっぱり解からないんだが......」


「そうですよね。行き成り召喚された上に新薬に犯されているのだから、混乱するのも無理はありません。あまり時間がないのですが、簡単に説明します」


 スバルが質問すると、ユメは頷きながら同意してきたかと思うと、すぐさま説明を始めた。


「ここはスバルの知る日本ではありません。異世界です。そして、私はある組織に囚われの身となりってスバルの世界......日本の人間を召喚するように強制されているのです」


「な、なんだと! それじゃ、意識を取り戻しても直ぐにエッチ出来ないじゃないか!」


 彼女の言葉を聞いたスバルは、異世界にではなくエッチが出来ないことに絶叫した。

 全く以て最低だとしか言いようがない。


 ところが、ユメは先程と違ってスバルを罵る事無く、少し顔を赤らめると恥ずかしそうに告げてきた。


「だったら、早く私を助け出してください。そうしたら毎晩のように奉仕しますから」


 ――そうか......この美少女が毎晩のように奉仕してくれるのか......俄然やる気が出てきた。


 スバルは異様に軽かった。いや、軽薄だった。いやいや、この場合はお調子者と言うべきか。

 まあ、どちらにしろ、スバルは一気にやる気を出したのだが、肝心なところを見落としていたことに気付いた。


 ――ん? ユメを捕えてる組織って? てか、どうやって助け出すんだ?


 そう、どうやって彼女を助け出すかだ。

 力もなければ金もないスバルが、彼女を助け出すなんて至難の業だろう。

 そこで、ユメにそのことを尋ねる。


「ユメ、お前は誰に捕まってるんだ? どうやって助け出せばいい?」


「姉が居ます。由華ゆか姉さんの指示に従ってください。ああ、決して手を出さないように! 親子丼......いや姉妹丼なんて許しませんよ!」


 どうやら、ユメは想像以上にスバルの性質を理解しているようだった。


「そ、そんなこと......」


 スバルはユメのいいつけに口籠くちごもる。

 すると、ユメは透かさず脅しを掛けた。


「姉さんに限らず、他の女の人に手を出したら切り落としますからね」


「ちょ、ちょっ、そんな無体な......」


 いつの間にか立場の入れ替わったスバルは必死に懇願こんがんする。

 抑々、ユメと夫婦になるなら他の女性と関係を持つのは問題だと思うのだが、このスバルという人格は、そんな貞操観念を有していないようだった。


「まだ、結婚すらしてないのに、それはないだろ! それに異世界から有無も言わさず連れてこられて、更にはそんな無理難題を突き付けられて、もう少し報酬があってもいいだろ!?」


 いやいや、結婚を約束したのだから、婚約者がいるのと同じである。それどころか、報酬が女だけでいいのか?

 突っ込みどころ満載の言い分に呆れ果てるのだが、どうやらユメは違ったらしい。もしかすると罪悪感を持っているのかもしれない。


 そんな彼女は溜息を一つ吐くと、聞き分けのない子供に対するがごとく告げてきた。


「仕方ないですね。同意の時のみ許可します」


 その浮気公認のようなセリフを耳にして、スバルは一気に元気溌剌げんきはつらつとなる。

 その様は、まさにほうれん草を食べたポ〇イのようだった。


 他の女との関係を許して貰ったことで、しかばねから生者へと復帰したスバルを目にしたユメは、両腕を腰にやりため息を吐くと、寂しげな表情でスバルへ再び話し掛けた。


「スバルがおかしな事ばかり言うから時間が無くなりました。私は暫く眠りに就きます。ご武運を!」


 ユメから発せられた突然の言葉に、元気溌剌だったスバルが凍り付く。


 それも仕方ないだろう。なにせ、まだ何も聞けていないのだから。


「ちょ、ちょっと、まだ何にも聞けてないぞ!」


 そのことに焦りを感じたスバルが慌てて声を掛けるが、ユメの姿はどんどん薄くなっていき、スバルの意識も遠のいていく。

 ただ、そんな薄れゆく世界と意識の中で、ユメの言葉が聞こえてきた。

 その言葉に何かのヒントがあるのかと期待したのだが、それはスバルに対するいましめの言葉だった。


「エッチなのも程々にしてくださいね。旦那様~」


 ――ちぇっ、もう女房気取りかよ......でも、まあいっか~。


 ユメの諫言かんげんを聞いて、スバルは舌打ちをしつつ愚痴を零したのだが、思いのほか悪い気分でないことに、少しだけ心癒こころいやされるのだった。







 実は昴に新薬が投与されてから既に三日の時間が経過していた。

 昴の横たわる寝台が置かれた部屋と強化ガラスをへだてられた観察室では、研究員が交代で昴の状態を監視していた。


「ちっ、これで三日目だぜ。もうダメだろ? 早く切り上げればいいのに」


 そのボヤキ声を上げたのは、そう、失敗確実だと言われた新薬を持ってきた御堂岡みどおかだった。

 そんな御堂岡に向けて、隣に座る女性の研究員が溜息交じりに言葉を零した。


「そうは言っても、まだ生きてるんだし、捨てる訳にもいかないでしょ?」


 そう、彼女の目の前にあるモニタに表示された情報では、昴が未だに正常に生きていることを示す値の数々が表示されていた。


 しかし、そんな彼女の言葉を聞き、御堂岡が更なる愚痴を口にする。


「一時は死んでたんだぜ? なんで息を吹き返したんだろうな。あのまま死んだ方が幸せだったろうに」


 勝手に人の幸せを決めるなと言いたいが、通常であれば彼の言うことが正しいのだろう。

 なにせ、失敗作の末路は死への一本道なのだから。

 それでも、未だその結果が分からない状態なのだ。彼の意見は早計だと言わざるを得ない。


 そう感じたのかは分からないが、女性の研究員が御堂岡の言葉を否定する。


「まだ分からないわよ。物凄い成果が出る可能性だって......」


 彼女はそう言いかけたのだが、投与した新薬の事を思い出したのか、そこで口を閉ざした。


「ねぇよ。抑々、三日も掛かって起きない奴なんて、これまで一人もいないぞ」


「それもそうなんだけど......あっ、噂をしたら起きたみたいよ。直ぐにマッド......九文博士を呼んでちょうだい」


 モニタを見ていた女性の研究員が、御堂岡の言葉に同意しようとした時だった。昴......スバルの意識が戻ったことを示す値に気付き、話の内容を変えてきた。


「ちぇっ、オレがか? しゃ~ね~」


 御堂岡は女性研究員からの指示に苦言を申し立てようとしたが、それを止めて九文を呼び出す。


 すると、通路を監視するモニタに、物凄い勢いで駆けてくる九文の姿が映された。


「はえ~! 呼んだばっかだぞ」


「それだけ、研究熱心なのよ」


「それはそれで最低だな」


「研究の内容を考えると、それを否定できないわね」


 御堂岡と遣り取りしていた女性研究員はそういうと、ゆっくりと席を立って九文が入ってくるのを待ち構えた。

 それを見た御堂岡も溜息を吐きつつ席を立つと、次の瞬間にはドアが壊れそうな勢いで開かれた。


「ど、どうじゃ? 目覚めたんじゃろ?」


 息を切らさんばかりの九文は、一息つくのも惜しんでそう問い掛けてきた。

 そんな、マッドドクター苦悶くもんへ女性研究員が告げる。


「バイタルは正常です。意識も回復している筈です」


「おお、そうかそうか。よし、さっそく問診するのじゃ。扉を開けるのじゃ!」


 人間の生命徴候を表すバイタルサインの情報を九文に伝えると、彼はすぐさま問診に取り掛かると言い始めたかと思うと、即座に実験室の扉を開けるように指示してきた。

 しかし、この段階で直ぐに実験室へと入るのは自殺行為だといえる。

 故に、女性研究員は九文におずおずと進言した。


「九文博士、この段階で試験体と接するのは危険です。遠隔確認にしませんか?」


 びくびくしながらの進言だったが、九文はそれをこころよく受け入れた。


「おお、そうじゃったな。この前はそれで殺されそうになったんじゃった。すまんすまん」


「いえ、では始めますね」


 こうして意識を取り戻したスバルを地獄へと下降する扉が開かれるのだった。


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