第25話 召喚者?


 そこには風変わりな香と藺草いぐさが混じり合った匂い立ち込めていた。

 それだけなら、純日本家屋にありがちなものであったが、その部屋はそれとは違ったおもむきがあった。

 五十畳はあろうかという広間の三方には御簾みすが下ろされ、人の声がヒソヒソと聞こえてくる。

 それは、まるで平安時代の皇族の住家を思わすような居間なのだが、その薄暗い部屋に一人の男が正座していた。

 そう、若者を食い物にしていた外道そとみちが首をすぼめた状態で部屋の真ん中にポツンと座っているのだ。


「忙しいところを呼び出してすまぬのう」


 尋常ではないほど額に汗をにじませている外道を枯れた男の声がねぎらった。しかし、それは労いというよりは、唯の前置きなのだろう。

 その証拠に、その声色には相手を気遣う雰囲気は全く感じられなかった。

 それでも、嫌な顔をすることなく外道は差支えのない言葉で答える。いや、へりくだっていると言った方が適切だろう。


「いえいえ、ここへ参るのは一番の務めでございます。お気にされませんように」


 外道は心にもない事を口にする。

 年若い色男と合体中だったところを呼び出されたのだ。他の者なら間違いなく九文くもん餌食えじきとしたに違いない。


「そうか。それなら良いのだが」


 御簾に影を映すその声の持ち主は、外道の言葉を軽く受け止める。

 こちらも、呼べば来るのが当たり前だと考えているのだろう。その想いがありありと声色に滲み出ていた。

 そんな声の持ち主へ、外道はおずおずと話し掛けた。


「それで、本日は呼び出しとは......」


「ふむ。実を言うとな。うちの者が気になる卦を出してしもうてな。なにかしら異変が起こらんとしておるやもしれぬ」


 枯れているが故に年寄りに感じるその声は、上目遣いでビクビクと問い掛けてきた外道に悪いことが起きるかもしれないと告げた。


 ――気になる卦? 何が起こるか分からなければ、対処のしようもないのだが......


 外道はその言葉を聞いて心中で悪態を吐くのだが、御簾の向こうに座する者は、それを知ってか知らずか、全く声色を変えることなく続けて口を開いた。


「何であったかな? のう、寧々ねねよ。其方が見た卦は何であったかな?」


「はい。皇主様こうしゅさま。わたくしが立てた卦ではこうありました。現身うつしみの星おつるとき、この世のことわりが塗り変わらん。その星、合わせ鏡の世から生まれいずれば、災いと変革を産み落とすと。恐らくこの国に何らかの大事が起こると思われます」


 皇主と呼ばれた正面の御簾の者が尋ねると、左側の御簾から少女らしき声が、占いの結果を口にした。


 ――おいおい、この声からすると小娘ではないか、そんな子供の与太話を信じているのか? 皇主もとっくに耄碌もうろくしてのではないのか? さっさと退位すべきなのでは?


 左側の御簾から聞こえてきた声と話の内容を聞いて、外道は思わず心中で罵声を吐き出すのだが、それを表に出すことなく皇主へ問い掛けた。


「凶兆であるのは分かりましたが、無知な私ではそれをどう受け止めれば良いのか......」


 いささか失礼な言葉ではあったが、皇主は機嫌を損ねることなく告げてきた。


「それは仕方あるまいな。この内容だけで何が起こるかなど誰にも解らぬ。ただ、鏡の世というのが気になってのう」


「鏡の世ですか?」


 外道がオウム返しで尋ねると、皇主はそのまま話を続けた。


「うむ。鏡の世じゃ。余は並行世界の事を意味しているのではないかと考えておるのじゃ。聞けば、其方は異世界とやらから人を呼び寄せておると言うではないか」


 ――ま、拙いな......もしかして、召喚を止めろとか言い出すのではないだろうか。


 皇主の言葉を聞いた外道が、汗を滴らせながら心中で焦りを募らせる。

 なにせ、召喚者の変異成功率は抜群なのだ。それ故にかっぱえびせん並みに止められない止まらないのだ。

 あれは食べ始めると、袋が空になるまで手と口が止まらなくなるのだ。って、まったく関係ない話で申し訳ない。


「それでのう。申し訳ないのだが、其方が行っている召喚を止めて貰いたいのだ。この国のためじゃ。勿論、嫌だとは言うまい?」


 皇主は外道が危惧きぐした内容をそのままを告げてきた。


 こうなると、総理大臣である外道でも拒否の言葉を口にすることは出来ない。

 なぜなら、この国を陰で握っているのは、この者達なのだから。


「も、勿論です。召喚については、直ぐに取りやめることに致します」


 外道は内心とは裏腹に、額の汗を畳に染み込ませる勢いで平伏する。

 すると、御簾の中から皇主が少しだけ感情の籠った声を上げた。


「そうかそうか、それは良かった。ふむ。これで安泰あんたいじゃのう」


 その声を聞いて、外道はホッとする。

 というのも、これまでの召喚者を差し出せと言われたら大問題だと考えていたからだ。

 しかしながら、不運とはどこまでも続くものだ。まるで、外道の心を読んだかのように皇主が問い掛けてきた。


「其方、召喚した者を如何しておるのじゃ? というか、なにゆえ召喚などという行為をしておるじゃ?」


 その言葉に、外道は平伏せたまま凍り付く。

 まさか、薬漬けにするために召喚しているなんて口が裂けても言えないからだ。しかし、何も答えな訳にもいかない。故に、曖昧あいまいな言葉で場をにごすことにした。


「異世界での知識がこの国の役に立つかと思いまして......」


 それはかなり苦しい言い訳だった。

 レベルで言うなら、小学生のみんなやってるレベルの言い訳だ。

 それでも、皇主はそこらの親のような対応を執る事は無かった。


「ふむ。異世界の知識とな。それが日本帝国の繁栄につながるのだな?」


「は、はい。勿論で御座います」


 外道は必死に額を擦り付けて脂と汗で畳を汚す。


「それなら良かろう」


 その優し気な声を聞いて、顔をうつむけたまま安堵あんどの息を漏らす外道だったが、皇主は続けて望みを口にした。


「その者達が国に貢献こうけんしていると言うのであれば、余も会ってみたいものじゃな」


 なんらかの思惑があってか、唯の興味本位かは解らないが、突然の申し入れに外道は必死に断る理由に思考を巡らせる。


 ――拙いぞ! まずい、まずい、まずい! 何と言って断るべきか......いや、抑々断れないのだ。だから、何とかして興味を無くして貰うしかない。


 再びガマガエルのように油を滲み出させている外道は、苦肉の言い訳を口にする。


「皇主様の願いなれば、直ぐにでも連れて参りたいのですが、未だ有益な知識を持つ者を召喚できておらず、皇主様のお目を汚す者ばかりで御座います。それ故、私もお連れして良いものか憂慮ゆうりょしております」


 色々と難しい物言いだが、要は見せるほどの者ではないと言っているだけなのだ。

 

 塩を掛けられたナメクジのように縮こまっている外道は、その言葉が新たなる要求を生み出さないことを切に願っていた。

 しかしながら、皇主はその言葉で興味を無くしたらしい。


「そうか、なれば会ってみる必要もなかろうな」


「は、はい。そのように愚考しますです。は、はい」


 己の望みをひるがえした皇主の言葉に、外道は舌をもつらせながら同意する。

 すると、皇主は疲れたと様子で告げてきた。


「取り敢えず、其方の行っている召喚を暫く止めて貰おう。本日の要件は異常じゃ」


かしこまりました。それでは失礼いたします」


 召喚を行えなくなったことは残念だったが、召喚者を横取りされなかったことを喜びつつ、外道は平伏したまま部屋を出て行った。


 外道が退席した後、暫しの沈黙が訪れる。しかし、外道から見て右側の御簾から少し気の強そうな女性の声がその沈黙を打ち破った。


「皇主様、あの者は嘘の塊で御座います。いつまで野放しにされるのですか?」


「くくくっ! まあ、良いではないか。今の処は上手くいっておるのじゃ」


 皇主は笑い声を漏らしながらも外道を庇う。

 それが気に入らなかったのだろう。右側の御簾の声は少し不機嫌そうに告げてきた。


「召喚者についても嘘ばかりで御座います。やつは異世界から召喚した者を薬漬けにしておりますれば......」


「もうよい。それも知っておる。心配せずとも使えないと思ったら即座に首を刎ねてやるのだから、多少は大目に見てやるものじゃ」


「皇主様がご存じなのであれば、これ以上は申しませんが......」


「うむ。度が過ぎれば何時でもげ替えは出来るのじゃ。そんなに目くじらを立てることもあるまいて。それよりも見たか、あのガマガエルっぷりを。に不細工な生き物よのう。あははははは」


 皇主は物言いを退けると、外道のその醜悪な見た目と態度を思い起こして高らかに笑い声をあげるのだった。







 まるで滝のような水が降り注ぐ。

 いつもなら、この身を凍らせるような水の冷たさに飛び退すさるのだが、この時ばかりはこころよく降り注ぐ水を受ける。


 ――訓練の後のシャワーは格別だわ。この水の冷たさがとても心地よいのよね。


 そう、何一つ身にまとうことのない少女はシャワーを浴びていたのだ。

 この近くにスバルが居れば由々しき問題となるのだが、幸運にもその気違いに刃物は、このシャワー室を覗ける場所には居ない。


 ――それにしても、あの夢は本当にリアルだったわ。この世界とは違う日本という平和な国で楽しく暮らしていた。あっちが本当の世界ならいいのに......


 冷水のシャワーを浴びながら、夢の内容を思い起こす。

 それは彼女にとってとて幸せなひとときだった。

 なぜなら、日本という国で小学校へ行き、中学校に通っていた夢だった。

 更には、人には言えない楽しみもあったりした。


 ――夢なのに名前まであるなんて......でも、彼は夢の存在なのよね?


「冷て~! なんだサクラ、また冷水を浴びてんのか? お前、アホだろ!」


 サクラと呼ばれたその少女が、夢の中の彼を思い起こしていると、仕切りの向こうから抗議ともいえる同僚の声が聞こえてきた。


「あら、ラン、いつの間に来たの? というか、気持ちいいわよ! あなたも冷水にしたら?」


「何言ってるんだ! それを気持ちいいなんて言うのは婆さんになってる証拠だぞ」


 サクラが抗議の声に反論すると、簡素な仕切りの向こうに居るランと呼ばれた者が悪態を吐く。


 ――婆さん......やめてよね。私はまだ十五なんだから......


 ランの言葉に抗議しようとしたのだが、彼女は続けて真面目な話をしてきた。


「それよりも、聞いたか? 出動要請が来ているらしいぞ?」


「えっ!? 私達が出張るほどのことなの?」


「さあな。ただ、一般兵では太刀打ちできないって話だ。すでに三百人近くがあの世行らしい」


「三百......それは、さすがに尋常じゃないわね。今度の悪鬼は凶悪そうね」


 ラン、国の精鋭部隊である『黒影こくえい』の同僚である彼女からの情報を聞いて身を震わせる。

 そんなサクラにランが告げた。


「まあ、あたい達に掛かれば、どうってことのない相手さ。まずはアンナンバーズに当たらせよう。あたい達ナンバーズはそれを見て対応ということで問題ないだろう。相手の力量も見極めたいしな」


「そうね。行き成り私達が出向いて足元を救われれば、由々しき問題になるものね」


 目をつむってシャワーを浴びつつ、サクラはランの言葉が妥当であると告げるのだが、その彼女は軽い調子でツッコミを入れる。


「何を言ってるんだ!? ナンバーズのトップが謙遜けんそんか? それよりも......」


「きゃっ! もう、何やってるのよ!」


 ランは仕切りの上から手を伸ばしてサクラの豊かな胸を揉んだのだ。


 なんて羨ましい――あ、いや、きっとスバルならそう思うだろう。


 目を瞑っていたサクラはそれに驚きを見せたのだが、ランはそれを見て更に驚きの表情を作った。


「おいおい、如何したんだ? いつもなら軽くかわす癖して......って、またデカくなりやがったな! こんちくしょう! 少しはこっちにも分けやがれ!」


 サクラの半分にも満たない盛り上がりを持つランが恨めしそうに悪態を吐く。


「う、うるさいわね! 望んで大きくなってる訳じゃないわよ。てか、貴方は牛乳を飲むか、男でも作って揉んでもらうのね」


 それを半眼で眺めるサクラは、胸を揉まれた腹いせに嫌味を利かせる。


「ぬぬぬ! その二つのロケット弾は男に揉まれた成果なのか......」


「こらこらこら、ロケット弾ってなによ! ボインミサイルじゃないのよ!? というか、なに勘違いしてるのよ! まだ誰にも触れさせてないわよ!」


 嫌味をおっ被せた筈なのだが、ランから逆襲を食らってしまい、サクラは声を荒げて処女性を叫ぶ。

 すると、ランはクスクスと笑い始めた。


「ちょ、ちょっと~、何が可笑しいのよ!」


 彼女の態度が気に入らないサクラは、憤慨の様相で抗議する。


「いやいや、お前が男嫌いかと思うほどに近寄らせないのは知ってるさ。初めは百合かと思ったほどだしな」


「ななななな、な、何言ってるのよ。私はノーマルよ」


「くくくっ! 分かってるって! 夢見がちな少女はこれだからいけね~。夢の王子様が忘れられないんだよな」


「ばばばばばか! ち、違うわよ!」


 正常性を主張していたサクラだが、続けて告げられた言葉を耳にして、抗議の声を上げながらもシャワー室の中を見渡す。

 そんなサクラは二人以外の誰も居ないことを確認すると、ほっと一息吐きながら愚痴を吐き出した。


「もうっ! ランなんかに教えるんじゃなかったわ」


 そう、サクラは夢の中で出会った男子に恋していたのだった。

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