第26話 バカップル?


 目の前には不機嫌な表情の少女が、まるで敵を葬るかのように食べ物を左手のホークで押さえ、右手のナイフで切り刻んできた。

 それでも、つい先程までよりはかなりマシな状況だろう。

 というのも、数分前までは鬼のような形相で苦言を垂れ流していたからだ。

 ただ、可愛いというのは恐ろしいものだ。少なからず、怒っていてもみにくくなる事は無いからだ。


 さて、そんな怒りをにじませる少女を内包したデパート倒壊の元凶ともいえる凶悪犯罪者達は、少女の文句に耳を塞ぎながら帝都へと向かっていたのだが、途中でお腹が飯を食わせろと主張してきたこともあって、適当なレストランで腹ごなしをすることになったのだ。


 そこでボックス席に座った凶悪犯罪者達なのだが、いつまでもクドクドと文句を垂れ流す由華を無視して食事を進めていた。

 というか、スバルは久しぶりの普通の飯を腹ペコ猫よろしくむさぼり食べていた。


「ダーリン、これも美味しいのですね」


「ああ、おっ! 本当だ! うめ~~!」


 なぜか無心に食べていても、長い髪をツインテールにしているナナこと菜々子の言葉は聞こえるようで、スバルは勧められた料理に舌鼓を打つ。

 恐らく、食べ物に関する言葉のみ耳が受け付ける仕組みとなっているらしい。


 ――この世界に来て食べたものといえば、自動販売機のパンと由華の作る丼物だけだったからな。やっぱり普通の料理も食べたいよな。てか、うめ~~~。


 別に由華の作る丼物がダメだという訳ではないのだと思うが、この世界で偏った食事事情となっていたスバルは、まるでサイクロン掃除機のように目の前の料理を口に入れていく。

 というか、既にリスかハムスターのような頬になっていた。


「ぐほっ! こほっ! ケホケホケホ!」


「ほら、もっと落ち着いて食べるナ~」


「はい。ダーリン、お水ですね」


「くは~っ! 死ぬかと思ったぞ。ナナ、サンクス!」


 慌てて食べ物を詰め込んだ所為でのどを詰まらせたスバルに、ミケこと美香子が呆れた様子でそれ見た事かと告げると、ナナが素早く水を差しだす。

 ナナから受け取った水を飲み干して、生き返ったスバルは素直に感謝の気持ちを伝えていた。


「そんなことより、あんたの所為でデパートが崩壊したのよ! というか、あれじゃ、まるで私が壊したように見えるじゃない!」


 そんな新婚夫婦のようなスバルとナナの姿を見ていた由華が、なぜか怒りを再発させたようだ。


「壊したように見えるじゃなくて、由華が止めを刺したのですよね?」


 先程までは反論を自重していたナナがツッコミを入れる。


「そ、それだって、スバルが私に遣れって言ったんじゃない」


「責任転換は良くないのですね。というか、デパートを崩壊させたくらいで騒ぎ過ぎなのですね」


「崩壊させたくらいでって......ナナ、あなたね~。それにスバルもなに頷いてるのよ!」


 ナナの反論に唖然あぜんとなる由華だったが、幼女の隣で頷いているスバルに向けて怒りの炎を撒き散らす。


 そんな由華へ、空気を読めないスバルは更にまきをくべる。


「起きたことをとやかく言っても仕方ないじゃないか。というか、人的被害がないんだから問題ないだろ?」


 スバルの言葉には語弊ごへいがある。いや、言葉が足らないと言った方が良いだろう。


 そう、スバルは一般市民に被害が無かったから問題ないと告げているのだ。

 そんな事実と違う言葉を聞いて、由華が透かさず反論しない訳がない。


「何言ってるの。沢山死んでるじゃない」


「それに何か問題があるのですか? 死んだのは襲撃者ですよね」


 烈火の由華が捲し立てると、どうやらナナは異なる考えを持っていたようで、すぐさまその言葉に異議を唱えた。


「ちょ、ちょ、ちょっと、ナナ。あなたまで過激になってない?」


「いや、ナナは初めからこうだナ~」


 ナナの物言いに、由華がいぶかし気な表情で疑問を口にすると、それまで携帯端末を操作していたミケが割って入った。


「なに!? ミケまでスバルとナナの肩を持つの!?」


 隣から湧いた言葉に、由華は冷たい視線を猫耳少女へと向けたのだが、そこでも反論を食らってしまう。


「由華、少しおかしいナ~? さっきから肩を持つ持たないなんて言ってるけど、ウチ等は仲間じゃないのかナ~? なんでそんなにこだわるかナ~?」


「そ、そんな事を言ってるんじゃないのよ。やってることが過激すぎるって言ってるだけよ」


 ミケの反論に対抗する由華だったが、いい加減にウンザリとしてきたスバルがそこで自分の考えを告げた。


「なあ、由華。もし襲撃者の命を助けたらどうなる? また襲ってくるだろ? そこで痛めつけても止めを刺さなければ、また躍起やっきになって襲ってくるぞ? そうすると最後は俺達が死ぬしかないんだが。それでいいのか? 俺は嫌だね。やられるくらいなら、遣ってやるさ。とことんな」


「そ、そう、そうだけど......でも、殺す事は無いじゃない。痛めつければ諦めるかもしれないし......」


 どうやら、心優しい由華にはスバルの考えが分からなかったようだ。

 それ故に、スバルは再び自分の気持ちを告げる。


「それじゃ、自分の大切な者は守れないぞ? いつも敵が自分よりも格下だとは限らないんだ。生きるか死ぬかの戦いをしてるんだぞ? 奴等は俺達を殺そうとしてくるが、俺達は不殺というのは、敵にとって都合が良すぎないか? まあいい。別に由華が遣らなくても俺が遣るからな」


「......」


 スバルの言葉を聞いて由華は押し黙ってしまう。

 それは納得した訳ではないのだろう。

 それを言い表すかのように、彼女は不満な表情を見せていた。

 ただ、スバルの言葉に何かを感じたようだ。


 ――大切な者が守れないか......そうなのかもしれない......でも......


 スバルの言葉を聞いた由華が、思考と感情の狭間で思い悩む。


「やっぱり駄目だナ~」


 目の前で食事を再開させた少年の言葉を聞いて、由華が心中で自問していると、先に食事を済ませたミケが頭をきながらボヤキ声を漏らした。

 それが気になった由華は即座に尋ねる。


「如何したの?」


「いや、さっきから親父おやじにメールを送ってるんだけど、なぜか届かないんだナ~」


「もしかして、帝都へ行くことを連絡するの?」


「うむ。一応は連絡を入れないと心配するからな。特に由華の父親がな」


「うぐっ!」


 首を傾げるミケに問い掛けた由華だったが、返ってきた言葉に声を詰まらせた。

 というのも、由華の父親は過保護なのだ。

 それは、由夢を連れて行かれてから更に顕著けんちょになり、誰が如何見ても溺愛と表現するほどになっていた。

 それ故に、ミケの言葉に思わず首をすぼめる勢いで縮こまってしまったのだが、それを気にすることなくスバルが口を開いた。


「ぷっは~~~! 満腹満腹! 大満足だ。久しぶりに満足な食事だったぞ。この世界の食べ物も悪くないな。てか、俺達の世界と殆ど変わらのはなんでだ? まあいいか、それよりも......」


 どうやら、スバルは食事に満足したようなのだが、その言葉に満足できなかった者も居たようだ。


「なによ! それじゃ私がロクなものを食べさせてないみたいじゃない」


 そう、これまで料理を担当していた由華が、不満をありありと見せながらスバルの台詞の途中に割り込んだ。


 すると、焦りを見せながら頭を掻くスバルが弁解をくちにした。


「いやいや、そうい意味じゃないんだ。由華の料理も悪くないし、日に日に俺好みになってるからな。ただ、丼物じゃなくて普通の料理が食べられたというだけの話なんだ」


「俺好み......まあ、いいわ。偶には外食も悪くないだろうし、今回は大目に見てあげる」


 何が琴線に触れたのかは分からないが、由華は一気に機嫌を直してしまった。

 ただ、それを見ていたナナが不機嫌な表情を作ると、小さな声でポツリと零した。


「駄目ですね。完全に術中にはまってますね。というか、由華って頭が悪すぎですよね」


 並外れた聴力を持っているが故にそれが聞こえたのか、ミケがニヤリとしていたが、彼女は直ぐに別の事を口にした。


「それにしても、お前の能力は異様だナ~。完全に不思議系の能力だナ~」


 スバルは直ぐにその聞き馴れない言葉に耳を傾けた。


「不思議系能力ってなんだ?」


「あ~、そんなことも知らないのかナ~」


 その言葉自体を不思議に思ったスバルが即座に尋ねると、ミケが面倒くさそうに頭を掻く。

 すると、代打は私よと言わんばかりに、なぜか完全に機嫌を直した由華が自慢げに説明し始めた。


「異能って大きく二種類があるのよ。一つ目は向上系能力。これは直ぐに分かると思うけど、人間の能力が強化されるタイプね。もう一つが不思議系能力。これは原因不明だけど、本来なら在り得ない超常現象が起こせるタイプね」


 ――ああ、なるほどな。身体能力が上がるのは向上系能力で、俺の融解ゆうかいや心眼は在り得ない力という訳だ。


 二系統の能力について理解したスバルは、それを自分に当て填めていると、隣のナナが口を開いた。


「でも、私の盗心とスバルの心眼は向上系なのですね」


「えっ!? なんでだ? 在り得ない力だろ?」


「それは、人として持っていたと考えられる力だからなの。というか、今の人間は退化した存在だと言われているのよ。太古の人間には盗心や心眼みたいな力を持っていたのではないかという学説があるのよ」


 ナナの思わぬ説明に驚いていると、由華が頬をポリポリと掻きながら説明してくれた。


 ――うむ。そういうことか、まあ俺の居た世界でもアーティファクトなんてあったし、恐らくそれと同じ考えなんだろうな。


 由華の説明で納得したスバルだったが、そこへナナが更に補足の話を付け加えた。


「それで能力は原型と拡張型があって、私のロックオンは拡張型なのですね。恐らく、ダーリンの透視も心眼の拡張型だと思いますね」


 ――ああ、拡張型とは副産物というか、原型を利用した用法の事なのだろうな。


 ナナの言葉で理解を深めるスバルだったが、そこにミケが割って入った。


「それで、その不思議系の能力なんだけど、発現している能力者が少ないんだナ~。今解ってるだけで、飛行や潜水なんて能力はあるけど、お前の能力は斜め上だナ~。それに、力を使っても副作用がないのが不思議だナ~」


「えっ!? 副作用? それってなんだ?」


 ミケの話に集中していたスバルだったが、副作用という言葉を聞いて即座に疑問を口にした。

 すると、ミケの横でそうそうと頷いていた由華が我先にと対応した。

 ただ、自分が説明したかったとばかりに、ナナが不満そうな表情を由華へ向けていた。


「これまでの実績から、不思議系の能力を使うと、使用後に副作用が起こることが分かってるの。例えば、意識を失うとか、暴力的になるとか、変わったものでは食欲が旺盛になるなんてものもあったわね」


「なんじゃそりゃ! それを副作用と呼ぶのか?」


 由華の説明を聞いたスバルが呆気にとられてツッコミをいれるが、それに今度は私の番だと言わんばかりにナナが答えた。


「笑えそうな副作用もあるけど......ただ言えることは、それが過剰に表われるので、本人からすると笑い事じゃないのですね。例えば、食欲旺盛をとって言うと、胃の許容量を超えても食欲が収まらないらしくて、地獄の苦しみを味わうらしいですね」


「マジか!? それはちょっと処か、かなり遠慮したい副作用だな。って、そういえば、俺には副作用なんて起きてないぞ? 融解を使っても普段と何も変わらないし」


「だから、疑問に感じていたんだナ~。なんでお前は力を使っても何も起きないのかと」


「ふむ。分からん......それよりも、そろそろ先を急がないか?」


 ナナの説明を聞いて胸焼けがしてきそうになったスバルへ、ミケが再び疑問だった内容を口にした。

 ただ、スバルはそれをいくら考えても解からないことだと判断して、帝都へ急ごうと告げた。


 その言葉で、四人の破壊者は食事を済ませて店を出ることになったのだが、そこで問題が勃発した。


「合計で一万八千五百六十円? ちょ、ちょ、ちょっ! あんた食べ過ぎよ!」


 テーブルに備え付けられた支払いシステムを操作していた由華が、そこに表示された金額を目にして、驚きつつもまなじりを吊り上げてスバルへ文句を言ってきた。


 ただ、それについては普通の出来事だと言えるだろう。

 問題はこの後に起こったのだ。


「あれ? あれ? なんで? おかしいな......」


 支払いシステムで認証をしていた由華が疑問の声を上げる。

 それを見たミケが透かさず問い掛けた。


「どうしたんだナ~?」


「う~ん! よくわかんないけど、認証が失敗するのよね。って、あっ、ロックされた......」


「食べ過ぎて指紋が伸びたんじゃないんですか?」


「くくくっ!」


「ナナ、あなたね~~~。しばくわよ! ちょ、ちょ、ちょっ、あんた、何笑ってるのよ!」


 ミケの問いに由華が上手く認証できないことを告げると、ナナが恐ろしい言葉を口にし、それがツボにはまったのか、スバルがくすくすと笑い始めた。

 それに憤慨する由華を他所に、今度はミケが認証を始めたのだが、やはり上手くいかなかったようだ。

 ただ、それでミケには何かを考え付いたのだろう。この辺りが由華と頭の出来が違うところだ。


「おい! 逃げるナ~! 急ぐナ~」


 ミケはすぐさま仲間に逃走することを告げた。


「ん?」


「ちょ、ちょ、ちょっ、無銭飲食する気?」


「デパート倒壊の犯人が無銭飲食如きで騒いでは名折れなのですね」


 ミケの台詞に、スバルが首を傾げ、由華が慌て、ナナは堂々としていた。

 しかし、ナナの言葉が気に入らなかったのだろう。由華は透かさず問い質す。


「ちょっ、それって私の事を言ってるの?」


「他に誰が居るのですか?」


「むっか~~~」


「くくくっ!」


 そこで、再び発生したムカ発言にスバルが笑い始めると、由華が狂乱し始める。


「何笑ってるのよ! あんた達、いい加減にしないさよ!」


 閻魔大王よろしく怒髪天となりそうな由華だったが、そこにミケが割って入る。


「そんな事を遣ってる場合じゃないナ~。さあ、行くナ~! スバル、そこの窓を溶かすナ~」


「おっ! いいぞ! 腹ごなしに暴れるんだな! おら~~~~~! 溶けちゃえ~~~! うひょ~~~!」


「さっすが~~~! ダーリン、かっこいい~~~!」


「駄目だわ。誰か、このバカップルを何とかしてよ!」


 ミケの言葉に喜び勇んだスバルがハイテンションでレストランの窓を溶かして外に飛び出すと、ナナが嬉々としてそれに続く。

 そんな二人の姿を見て、由華はどこで何が間違ったのだろうかと、思わず溜息を吐きながら後に続くのだった。

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