第99話 不毛地帯?

 心配そうにする由華とナナに見守られる中、スバルは小一時間ほど苦しんでいたが、それが終わると気怠げに身体を起こした。

 そして、額にびっしりと掻いた汗を拭いながら安堵の声を漏らす。


「ふ、ふ~っ、死ぬかと思ったぜ......」


「スバル、大丈夫? めっちゃ、心配したのよ!?」


 正常に戻ったスバルを見て、由華は涙を浮かべながら抱き着く。


「どこも問題ないのですか?」


 由華と同じようにスバルに縋りつき、ナナが涙をポロポロと零しながら容態について尋ねる。

 そんな二人の様子から、心配させてしまったことを申し訳ないと感じたのだろう。スバルはすぐさま二人に頭を下げる。


「すまん、すまん。心配かけたな。でも、苦痛なら新薬の時の方がキツかったぞ。てか、今はすこぶる好調だ。なんでだろ!? てか、あの苦痛はなんだったんだ?」


 謝りつつも首を傾げるスバルだったが、由華は何かを思いついたのか、直ぐにそれについて言及する。


「ねえ、スバル。もしかして、ネズミの時の......」


 どうやら、由華はスバルがネズミに犯された時のことを言いたいらしい。


「ああ、そういえば、そんなこともあったな......あの時は、ネズミに噛まれて能力感染が起きだんだっけ......って、もしかして、皇主の血か? うえっ!」


 スバルは自分の身体を嫌そうな顔で確かめる。

 そう、皇主を倒した時に血を浴びたことを思い出したのだ。


「あれ? どこにもついてない?」


 確かめては見たものの、どこにも血痕がないことに、スバルは不思議がる。


「そう言えば、ダーリンが苦しんでる間に、皇主の血が全部消えたのですね」


 自分に血痕がないことを訝しむスバルに、ナナが己が目で見たことを説明した。

 それを聞いたスバルは、透かさず周囲に心眼を向けた。

 そして、そこで不自然なものを目にして声を上げる。


「えっ! この干物みたいなのが皇主か?」


「そうなのよ。なんか、みるみる干乾びちゃって......気持ち悪かったわ」


「ですね。なんか早送りを見てるみたいで、目がおかしくなりそうだったのですね」


「そうだったのか......てか、サクラ達は大丈夫なのか?」


 殆どミイラのような状態となった皇主の姿を眺めながら、由華とナナの説明を聞いていたスバルだったが、そこで他のメンバのことを思い出したようだ。

 しかし、由華とナナも、それについて忘れていたようで、スバルの言葉で焦り始める。


「うわっ、忘れてた......」


「いっけない......サクラの容態が......拙かったのですね」


「サクラがどうしたんだ!?」


 焦る由華とナナの話を聞き、スバルは慌てた様子で問い質す。

 すると、眉をハの字に下げた由華がおずおずと口を開いた。


「今すぐ命に係わる訳じゃないけど、サクラの傷が深いのよ」


「彼女も優れた能力者だけど、恐らく治癒に一か月以上かかると思うのですね」


「マジか!?」


 サクラの状態を知ったスバルは、急いで彼女が居る場所へと駆け出す。

 ただ、その速度はこれまでの速度を遥かに超えており、ナナは勿論のことながら、由華でさえも全く追い付けないほどだった。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっ~、前よりも速くなってるわ」


「案外、力を吸収したという結論が事実かもなのですね」


 由華とナナの驚きを他所に、光の如き速さで移動したスバルは、陥没した地に横たわるサクラを見つけ、急いで下へと降り立つと、即座に意識の無い彼女の容態を確かめ始めた。


「こりゃ、ひで~ぇ」


 血染めの服を纏っているサクラを見て、スバルが思わず声を漏らす。

 というのも、赤く染まった血染めの服の所為で、その青白く容態の悪そうな顔色がより浮きだっているのだ。

 そんな痛々しい姿を晒すサクラに、スバルが表情を歪めていると、申し訳なさそうな面持ちで寧々ねねゆいが頭を下げてくる。


「能力者の中には治癒を得意とする者も居るのですが、私達では......」


「私には無理です......」


「いや、お前等が謝る事じゃないさ。守れなかった俺の責任だ」


 首を横に振りながら、スバルは彼女達を宥める。

 しかし、次の瞬間、自分の中に閃くものを感じ取った。


 ――もしかして......これって......物は試しだ。


 何を思いついたのか、スバルは徐にサクラの手を取り、何かを念じ始めた。

 その途端、寧々と結が声を上げた。


「えっ!? 顔色が......」


「もしかして、治癒能力ですか?」


 スバルが何をしたのか理解できない寧々と結だったが、サクラの血色が良くなるのを見て腰を抜かす。

 その時だった。サクラがゆっくりと瞼を上げた。


「あ、あれ? 新藤君? 皇主は?」


「ああ、あれなら土に還ったぞ」


「そうですか......良かった。というか、とても気分が好いんですが......あれ? あれ? なんで?」


 スバルの言葉に安堵を見せたサクラだったが、自分に起きた異変を感じ取ったのだろう。突然、素っ頓狂な声を漏らした。


「どうしたんだ? てか、体調はどうだ?」


 意味不明の言葉を発するサクラに、スバルは真剣な顔色で問い掛けるのだが、彼女はそれに答えることなく、すぐさま立ち上がった。


「あれ? 痛くない......えっ!? どうして?」


 サクラは不思議そうな表情で声を漏らすと、身体のあちこちを調べ始める。

 しかし、そこで由華とナナから驚きの声が上がる。いや、それはクレームと言った方が良いかも知れない。


「さ、サクラ! な、何しているのよ! もしかして、スバルを誘ってるの!?」


「あざといのですね......その乳を切り落としてやりたいのですね」


「えっ!? あ、あっ、あぅ......」


 二人のクレームに、サクラはそこで気付いて必死に衣服を直そうとする。

 しかし、必死に隠すサクラだが、皇主の攻撃を喰らって穴だらけとなった衣服は、既にその役目を果たせない状態だった。

 というのも、スカートはズタズタになってパンツがチラチラと見え隠れするわ、下乳がモロに見えているわで、スバルの好みからすれば、全裸よりも欲情的だったのだろう。

 何よりも、その破壊力のほどは、スバルの鼻の下と下半身が物語っていた。


 そんなあられもない姿のサクラなのだが、何を考えたのか、顔を真っ赤に染めつつも、スバルに微笑みかけた。


「あぅ......恥ずかしい......でも、新藤君なら......」


「ま、マジ? いいのか?」


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっ~、なに居直ってるのよ。ダメよ! ダメ!」


「恐ろしい女なのですね。由華よりも女の武器を使いこなしているのですね。でも、ダーリン、時と場所を選ぶのですね」


 サクラの甘い誘惑に引き込まれるスバルの前に、由華とナナが毒を吐きながら慌てた様子で立ち塞がる。


「わ、分かってるって、こんなところで欲情したりしね~よ。それよりも......」


 スバルは必死に弁解しつつ、二人の間をゆっくりと割る。

 すると、由華とナナはその言い訳を全く信じていないという表情で、視線をスバルの下半身に向ける。


「こ、これはちげ~って、身体が勝手に反応してるだけだ......別に嫌らしいことなんて考えてね~」


 二人の視線の後を追い、己が下半身を見たスバルは、慌てた様子で誤魔化し始めたのだが、全く以て信じるに値しない。

 それでも、スバルが何かを試そうとしていることに気付いたのか、由華とナナはゆっくりとサクラへの門を開いた。


 ――えっと......きっと、これで直るよな? 復元!


 自信なさげにサクラの肩に手を乗せると、彼女がビクリとするのだが、それを無視して能力を発動させる。


 その途端、サクラの服に開いた穴がみるみるうちに塞がっていく。


「えっ! 服が直った!?」


「凄い......」


「まさに神の所業です」


「こんな能力、初めて見た」


 サクラの服が修復されるのを見て、本人のみならず、由華、寧々、結が感嘆の声を上げる。

 しかし、ナナだけは驚くことなく当たり前だと言わんばかりに、己が考えを口にする。


「ダーリンの能力を考えたら、当たり前の結果なのですね」


 そんなナナの言葉に頷きつつも、スバルは少し落ち着かない雰囲気で己が気持ちを吐露する。


「まあ、そうなんだが、失敗したらどうしようかと思ったよ」


 どうやら、その様子からして、スバルは割と冷や冷やだったようだ。

 ただ、その失敗の結果が気になったのか、由華が首を傾げつつ問い掛ける。


「失敗したらどうなるの?」


 スバルはその問いに口籠ったのだが、その理由を理解したのか、ナナがそれに答える。


「多分......由華の時のように、素っ裸になるのですね」


「えっ!? 素っ裸? 全裸? ここで? あぅ......」


 失敗の結果を聞いて、せっかく血色の良くなったサクラが顔を青くする。


 ――まあ、ここで素っ裸は恥ずかしいよな......


 その雰囲気からして、サクラは何かに怯えているようなのだが、それに気付く能力を持ち合わせていないスバルは、彼女が裸を見られることを恥ずかしがっていると誤解したようだ。

 ところが、そこで実状を知っているナナがニヤリと嫌らしい笑みを作る。


「サクラ、心配しなくても蘭から聞いたのですね。あなたも由華と同じで私の仲間なのですね」


「えっ!? まさか、由華も......」


「ん? 何のこと?」


 ナナがとある実状を仄めかすと、サクラは思いっきり動揺するのだが、どうやら由華はピンときていないようだ。

 勿論、スバルも何が何やら分からない様子で首を傾げている。

 しかし、その疑問を無視できなかったのだろう。


「ナナ、いったい何の話だ?」


「フフフッ。サクラは由華と同じで、パイパ――」


「だめーーーーーーーーーー!」


 不満が溜まりに溜まっていたナナは、自分同様にサクラが無毛種であり、彼女の下半身が不毛地帯であることを暴露しようとする。

 そして、戦闘を終えた静かな皇居に、ナナの暴露を阻止しようとするサクラの高らかな叫び声が、どこまでも鮮明に響き渡るのだった。

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