第66話 帝都での出来事?


 時は一日遡り、スバルが帝国大学付属中学の体育館へと赴いたころ。


 ――何をトチ狂ってこの状況で総理官邸襲撃なんだナ~?


 スバル、由華、ナナの三人と決別したミケは、そんな事を考えながら揺れる車の中に隠れていた。

 ただ、隠れていると言っても、保冷車の荷台の中に造られた座席に腰を下ろしているだけだ。

 勿論、保冷車は見た目だけであって、荷台の中が寒くて堪らないなんてことはない。


 ――だが、総理官邸襲撃を成功させれば、由夢の救出も可能だろうナ~。そうなると、由華やナナが戻ってくる可能性もあるし......いや、奴等は由夢よりも男を取るだろうナ~。


 スバルに誑かされた由華とナナのことを考えていると、ミケの向かいに座る壮年の男が端末を閉じて囁いた。


「そろそろ検問所だ。手引きができてるから問題ない筈だが、一応は警戒しておけよ」


 黒い戦闘服を身に纏ったその男は山神五郎太やまがみごろうたといい、自由の翼の構成員であり、関東地区でも指折りの部隊である『解放戦隊』のリーダーだ。

 その注意深そうな眼つきもさることながら、色黒で彫りの深い顔付きは、只者ではない雰囲気を醸し出していた。


「なあ、解放戦隊は、今回の任務をどう聞いているんだナ~?」


 以前にも顔を合わせることがあって、山神と多少は面識のあるミケが、今回の不可解な任務について尋ねた。


「さあな。オレにもよく解らん。ただ、上の奴等も尻に火が点いてるんだろ。片っ端から名前が挙がってたらしいからな。それで今も指名手配中で逃げ回ってるし......ああ、お前の親父もそうだろ?」


「否定はしないナ~。それにしても急ぎすぎだと思うんだけどナ~。上手くいく気がしないナ~」


 ニヤリとする山神からの視線を浴びて、ミケは少しバツが悪そうにするが、それでも今回の作戦に反対の姿勢を見せた。


「その気持ちは分からんでもない。でも、上の者達が捕まり始めたら、完全に手遅れだからな。それはそうと、東条と小山内はどうした? 奴等の働きに期待してたんだが......」


 ミケしか居ないことを不可解に思ったのだろう。山神は由華とナナについて尋ねてくる。


「ちょっと、盛っちまってさ......今回は不参加だナ~」


「おいおい、盛るのはお前の専売特許だろ?」


「山神さん、頬に引っ掻き傷でも刻んで欲しいのかナ~?」


「じょ、冗談だ! 冗談! てか、検問所だ」


 ミケが適当に――事実を答えると、山神が皮肉ってくるのだが、どうやらそれは禁止用語だったようだ。

 ゆっくりと手を上げるミケに、山神は焦った様子で誤魔化そうとする。しかし、そこで車が止まったことで、検問所だと気付いたようだ。


 誰もが武器を手に、息を殺して後ろの扉に視線を向けている。

 武器を手にしていないミケも同様に息を潜め、何時でも戦えるような姿勢を取る。

 周囲の者の脈拍が上がり、高鳴る心臓の鼓動が、高性能なミケの耳に伝わってくる。

 その所為か、戦闘慣れしているミケでさえも、平常時よりも幾分か鼓動が速くなる。

 しかし、そんな緊張した者達を嘲笑うかのように、車が再び動き始めた。それに釣られるようにして、保冷庫の中で息を潜めていた者達の呼吸も普通に戻る。いや、大きく息を吐き出していた。


「ふ~ぅ。なんとか問題なく切り抜けたようだな」


「というか、手引きしてたんだよナ~?」


「そうだが、現状を考えると、どこで情報が洩れるかなんて、分かったもんじゃないからな」


「まあ、確かにそうだナ~」


 安堵の色を見せる山神の言葉に、ミケは尤もだと頷く。


 こうしてミケと自由の翼の解放戦隊は、帝都にある総理官邸へと向かうのだった。







 窓もなければ扉もない。

 そこは、まさに箱だった。

 寝台がある訳でも無く、トイレすら存在しない。いや、良く見れば、薄っぺらなマットが置かれ、部屋の隅には半径三十センチくらいの丸い筒が設置されていた。

 恐らくは、それが寝床とトイレなのだろう。


 そんな牢屋さながらの部屋で、サクラはあまりの悪臭に目を覚ました。


「く、くさい......ここは......あっ!」


 あまりの悪臭に鼻を摘まんだサクラだったが、直ぐにここが知らない場所だと気付く。更には、どうしてここに居るのかも思い出す。


 ――拙いわ......諸久もろひさに怪しまれていたのね......迂闊だったわ......というか、再洗脳とか言ってたわ......どうしよう。


 自分の身体を両手で弄り、武器の有無を確かめるが、物の見事に没収されていた。いや、それどころか、下着以外は布切れ一枚で作られた貫頭衣しか身に纏っていなかった。


 ――どうしよう......武器も無いわ。逃げ出せそうなところは......


 自分の状態を確認し終えたサクラは、室内に視線を巡らせる。

 しかし、どうやって入れられたのか解らないが、人間が出入りできる扉すらないのだ。


 ――ちょっ、四方だけじゃなくて、天井と床も鉄製なの? これじゃ、私の能力でも、どうしようもないわ......それに、この状況だと外に出される時も麻酔薬とかを部屋に流し込むんでしょうね......万事休すだわ......


 視線を巡らせた後に、床や壁を確認したサクラが絶望的な状況に、力無く座り込むと、ガックリと肩を落とす。



 そんなサクラを監視カメラでモニタする存在がいた。いや、複数のモニタには、サクラだけではなく、蘭の姿も映っていた。


「なあ、あの二人ってさ、あの時の......」


「そうね。こんなところで巡り会うなんて、皮肉なものね」


 モニタを眺めていた御堂岡みどおかがコソコソと話し掛けると、隣に座って作業を進めている朋絵ともえがチラリと視線を向ける。

 というのも、後ろには黒影から派遣された者達が、偉そうに立っているのだ。


 ――さ~て、どうしたもんかな......あの時、見逃してくれたし、助けてやりたいのはやまやまだが、こう見張りが厳重だと、どうしようもね~よな。


 御堂岡は後ろの者達を気にしながら、サクラ達を助けてやりたいと考えるのだが、どうやら監視が厳重で、どうにもならないようだった。


 二進も三進もいかない状況に、諦めの表情を浮かべた御堂岡が、チラリと朋絵に視線を向ける。

 すると、朋絵も打つ手なしとばかりに眉毛を八の字に下げてみせた。


「いつになったら始めるんだ?」


 モタモタとする御堂岡と朋絵を見て、黒影の者が苛立ちを見せ始めた。


「下準備があるんですよ。急かさないでください」


「ちっ、これだから研究員はクズなんだ」


 毒を吐く黒服の男達は、実の処、サクラと蘭に付き従っていた四人のアンナンバーズなのだが、日頃の恨みとばかりに、冷やかな視線でモニタを睨みつけていた。


 ――お前等が他人のことを言えるのか? なあ~人間のクズ達さんよ。新薬を投与されたことは同情してやるが、やってることがクズなんだよ! ふんっ、まあ、お前等もここで洗脳されたんだけどな。クククッ!


 口に出すことは無いが、横柄な態度で毒を吐くアンナンバーズの男達を、御堂岡は心中で嘲笑う。


「麻酔の用意ができました」


「さっさと、投入しろ!」


「はいはい」


「なんだ! その態度は!」


 朋絵が麻酔の準備完了だと口にすると、アンナンバーズの一人が偉そうに急かしてくる。

 それが気に入らなかったのだろう。朋絵はついつい横柄な態度を執ってしまう。

 そうなると、自分達の方が上だと考えているアンナンバーズの者達が切れ始めるのだが、運が良いことに、そのタイミングで悪魔が現れた。


「なんじゃ、騒がしいのう。召喚者が運ばれてきたと聞いたんじゃが、お前等は何なんだ? 邪魔じゃ! 出ていけ!」


 いつの間にか、モニタルームに入室していた九文が罵声を浴びせかける。

 すると、さすがに九文相手では分が悪いのだろう。アンナンバーズの一人が驚きを露にしつつも、態度を改めておずおずと口を開いた。


「も、申し訳ありません。ですが、洗脳の結果を見届けろと言いつけられてます」


「はぁ? ワシに逆らうのか? ふむ。新しい試験材料ができたようじゃな。二回目の投与でどうなるか、久しぶりに試すことができそうじゃ」


 ――おしっ! いいぞ! もっとやれ! 苦悶、そこだ!


 これまで偉そうにしていたアンナンバーズの男達がタジタジになるのを見て、御堂岡は心中で喝采の声を上げる。

 そんな御堂岡の気持ちが通じたのか、九文は容赦なく追い打ちを掛ける。


「よし、新薬の用意じゃ。この四人は喜んで受け入れるらしいぞ」


「わ、分かりました。直ぐに用意します」


 九文の命令に、御堂岡は喜んで返事をすると、即座に立ち上がった。


「ま、待ってください。我々は上の命令で――」


「うるさい! 出ていくのか!? それとも新薬の実験材料になるのか!? さあ、どっちじゃ!」


「し、失礼します」


「う、うわ」


「た、助けてくれ」


「ひぃーーー!」


 必死に抵抗するアンナンバーズだったが、九文の執拗な脅迫に負けて、一目散に逃げだした。


 ――ざま~! さっさと消えて無くなれ!


 尻尾を巻いて退散するアンナンバーズの男達を見て、御堂岡は満面の笑みを零すのだが、そこで悪魔が悪魔たる所以を露呈させた。


「さあ、新薬の用意じゃ」


「はぁ?」


「はぁじゃない。こんな機会は滅多にないんじゃ。さっさと用意するのじゃ」


「もしかして、あの二人に投与するのですか?」


「何を今更、勿論じゃとも。それ故に、あの邪魔な奴等を負い出したんじゃからのう」


 ――おいおい、それって、洗脳よりも質が悪いじゃね~か......


 九文の本心を知った御堂岡は、モニタに映る二人の少女に視線をむけつつ、この世に神など存在しないのだと、今更ながらに絶望的な気分になるのだった。


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